第5話 世論と崩壊

 判決が下った翌日。

 YouTubeに一本の動画が投稿された。サムネイルには《【緊急】冤罪をかけられました》と大きな赤文字が踊る。被告人席で勝ち誇ったように笑った男――Bのチャンネルだった。


 再生ボタンを押すと、Bは暗い部屋で深刻そうな顔をしていた。

「みんな、聞いてほしい。俺は何もしてないのに、同級生から突然襲われました。トイレから出たところを、いきなり殴りかかられて……ほんと、怖かった」


 一拍置き、Bは言葉を詰まらせるように目を伏せた。

「裁判でも無罪になりました。でも俺、正直まだ震えてます。俺の身に起きたことを、どうかみんなにも知ってほしいんだ」


 画面の端には、当日の乱闘を遠巻きに撮影した映像が挿入される。AがBを押し倒している場面だけを切り抜いた数秒の映像。

「ほら、これが証拠です。俺は何もしてない。襲われただけなんです」


 コメント欄は瞬く間に埋め尽くされた。

「ひどすぎる、Bくんがかわいそう」

「暴力振るったやつ最低」

「正義は勝つ!」

「応援してるよ、B!」


 わずか数時間で再生数は百万を超え、「#Bを守れ」というハッシュタグがトレンド入りした。



 Aは布団の中でスマホを握りしめていた。画面には同じ動画が映し出され、コメントが流れ続けている。

「……違う、俺じゃない……」

声を漏らしても、誰も聞いてはいない。


 裏垢に残された陰部の写真をスクロールする。

――これが俺だ。俺以外にありえない。

ホクロも、痕も、知っている。だがそれを証明するためには、自分の身体を公に晒さねばならない。羞恥と恐怖で喉が締めつけられ、指先が震えた。


 会社ではすでに噂が広まっていた。

「ネットで見たんだけど、あいつ加害者なんだろ?」

「ちょっと怖いよな、関わらない方がいいかも」


 職場の視線が突き刺さる。家族にさえ心配というより疑念の色が混じり始めていた。



 夜。

 Aは再びYouTubeを開いた。Bが生配信をしていた。画面の中で彼は笑顔を取り戻し、視聴者に語りかけている。

「やっぱり正義は勝ちます。これからも俺はみんなの期待に応えていきたいです!」


 チャット欄には「いいね」「応援」「信じてる」が途切れなく流れていく。


 Aは虚ろな目でその光景を見つめた。

声を上げることも、涙を流すこともできずに。


 十年前の同級生。ほんの一瞬の再会が、今や取り返しのつかない地獄を生み出した。

 スマホの画面だけが、暗闇の中でAの孤独を照らし続けていた。

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