収集家の残響

びたふぉ

 ええと、これは……僕の体験談なんですがね。


 僕はここ数年、東京のあちこちを歩き回って、人から怪談を集めているんです。別に記者でも研究者でもない。趣味といえば趣味です。ただ、昔からそういう話を聞くのが好きで、気づいたら録音機を持ち歩き、インタビューみたいなことをしていました。


 その日、中野の裏通りにある小さな喫茶店に入りました。そこでは六十歳前後の男性が話に乗ってくれました。

「最近、妙な噂を聞きましてね。東京のあちこちを回って怪談ばかり集めている人間がいるようなんですよ」

 僕は思わず笑いました。まるで自分のことのようだったからです。けど、男性は真剣な顔で続けました。

「おかしいのはね、その人に会ったという人がやたら多いんです。新宿で声をかけられたという人もいれば、蒲田で同じ男に会ったという人もいる。どこで聞いても特徴が一致するんです。地味な格好で、眼鏡をかけて、人の話ばかり熱心に聞く男だって」


 心臓がどくんと鳴りました。自分の姿をそのまま言われたようで。


 その夜、録音を再生したんです。最初は昼間の会話がそのまま入っていました。ところが途中で、全く覚えのないやり取りが混じっていたんです。

「怪談収集家の男が来たんですよ」

「どんな男ですか?」

「黒縁の眼鏡で、地味な服装で……」


 声は確かに、昼間のあの男性でした。けれど僕は、そんな受け答えをしていない。録音機が勝手に“続きを記録していた”としか思えませんでした。


 僕は思わず巻き戻しましたよ。でも、何度再生しても同じ会話が入っている。録音の中の「怪談収集家」は、どう聞いても僕自身を指していました。


 それから数日後、高円寺の古本屋を営む女性に話を聞きました。古い本の匂いが漂う店で、彼女は本を棚に戻しながらこう言ったんです。

「あなたのことじゃないんでしょうけどね、最近よく耳にするの。怪談を集めて歩く変わり者がいるって。どこにでも現れるらしいわ」

 僕は苦笑いしながら、「似た趣味の人がいるんでしょう」と答えました。けど心の中では、身体の芯がどんどん冷たくなっていく感覚がありました。


 その夜、録音を聞き直すと、また奇妙な部分が混じっていました。

「その人ね、最後にこんなふうに笑ったんです」

 続いて流れたのは、僕自身の笑い声でした。録音中、笑った覚えは一度もないのに。まるで、もうひとりの僕がそこにいて、勝手に笑ったような……。


 以降、誰に取材しても必ず「怪談収集家」の話が出てくるようになりました。話す人物は変わっても、語られる内容は僕の特徴そのもの。そして不思議なことに、そのエピソードは僕の現実の行動に追いついてくるんです。昨日訪ねた場所、先週歩いた路地。

 僕がしたことが、そのまま「都市伝説」として語られていく。


 録音を再生するたび、妙な追加が増えていきました。知らない声が僕のことを語り、聞き覚えのある自分の声がそれに応じる。気づけば僕の生活そのものが、録音機の中で“怪談の素材”にされていました。


 ある夜、ついにこんな声を聞いてしまったんです。

「怪談収集家がこうして語りかけてきたんです」

 そのあとに続いたのは、紛れもなく僕自身の声でした。

『……ええ、僕は怪談を集めています。都内を歩き回って、人から話を聞いて……』


 僕が一度も口にしたことのない言葉。けれど確かに、僕の声で録音されていました。


 どうしてこんなことが起きるのか、わかりません。ただ確かなのは、録音機の中で「もうひとりの僕」が動き続けているということです。そしてそいつが語られるたびに、現実の僕も少しずつ飲み込まれていくような気がするのです。


 だから今もこうして話しています。

 ええ、この言葉もまた、どこかで録音されているでしょう。

 「怪談収集家が、最後には自分自身の話を記録してしまった」と。


 もしあなたがこの話を読んでいるのなら、その時点で僕はもう怪談の一部になっているはずです。


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