不合理の共依存
ペシィ
日高璃奈編
再会と拒絶 1
「あれ?
真琴じゃん?
久し振り、元気してた?」
まず始めにその声を聞いたとき、わたしの脚は無意識に止まった。同時に冷や汗が流れ出る。
「……人違いだと思います」
しかしすぐに歩くのを再開させたわたし、
「え? え?
真琴でしょ、声も背丈も全く変わってないし。
うちのこと覚えてない?」
早歩きをする理由は明白、覚えていたからだ。
逃げるついでに、ちらりと後ろに目を向ける。
そこに居たのは記憶の中の彼女よりも大人になった
だからわたしは逃げる。関わりたくなかったから。
「ねぇ、待ってってば!
真琴!」
ふと、ガラス張りの建物が視界に入った。
思い切って買った、二つほど大きなサイズを着ているわたし。歩くたびに靡くパンツが尾を引くように脚に纏わりつくのが少しだけ鬱陶しくも感じるが、おしゃれをするためには気にすることでもないと思っていた。とはいえ今はそれが仇となるのだが。
「うげっ」
上着も同様に大きいため、背後から伸びる細い指に布を掴まれすぐにわたしの逃亡劇は終わりを告げた。距離にして一〇メートルほどだろうか。我ながら足が遅いなと思う。
「なんで逃げるの?
ちょっとだけ感じ悪くない?」
「人違いです。離してください、日高さん」
「覚えてんじゃん。傷つくなぁ、同級生に声をかけただけで逃げられるなんて」
あぁ、今日は厄日だな。なんてことを考えながらわたしは空を見上げた。
スマホはついさっき落として画面にヒビが入ったところだし、今朝買った珈琲にはガムシロップが付いてなかったのだ。つくづく、運のない一日。
快晴とは程遠い灰色の雲が流れる空。一雨はいずれ降るのだろうが、おそらく今すぐ降ることはないだろう。あれはそんな雰囲気を持っている。
まるでわたしの心情を写し出したかのような、そんな空を眺めて。
「傷つけるつもりはありませんでした、ごめんなさい。それでは失礼しま――」
「じゃあ、お腹空いたし。お話ついでにあの喫茶店寄ろっか」
――わたしは逃げることすら、許されなかったのだった。
不合理の共依存 ペシィ @tsupe-shi
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