第35話 炎の森

 外壁近くの宿泊用としてあてがわれた家で、僕は目を覚ました。


 昨夜は疲労困憊で、この家のわら布団に倒れ込むように眠った。壁のない部屋に数人の冒険者が雑魚寝している。隣ではルシェルも眠っている。

 窓から外を見ると、外壁の上に松明の明かりが揺れている。壁の下では非戦闘員たちがゴブリンの死体を焼却し、使用済みの矢と石を回収しているはずだ。炎の明かりと煙が立ち上り、夜明け前の空を赤く染めていた。


「ミオル、起きた?」


 ルシェルが声をかけてきた。彼女も目を覚ましたばかりのようだ。赤い髪が少し乱れているが、表情は昨日よりすっきりしている。


「うん。ルシェルは眠れた?」


「うん、疲れてたからぐっすり眠れたわ。メルナの無事を確認できたおかげもあるかも」


 昨夜、一時的に神殿へ戻り、避難しているメルナの無事を確認できた。安心して眠りにつけたのはそのおかげだ。


 東の空が白み始める。新しい一日が始まろうとしている。


「起きろ!ゴブリンどもが姿を見せたぞ!」


 外から騎士の声が響いた。


 僕とルシェルは装備を整え、外壁へ向かった。遠くの森から、再びゴブリンの大群が姿を現していた。昨日ほどの数ではないが、それでも千は優に超えている。


「いつ終わるのかしら…」


 ルシェルが短剣を握り直した。僕も両手のナイフを確認する。


「行こう」



 夜が明けると同時にシルヴァン様の指揮の下、昨日と同じ戦術が展開された。

 魔術師団が壁直下に集中砲火で穴を開け、精鋭騎士たちと冒険者が交互にロープで降下する。命令系統が異なるため、騎士はシルヴァン様の指揮下、冒険者は冒険者ギルドマスターの指揮下で動く。壁沿いに進軍し、敵を殲滅してから撤収する。このサイクルを繰り返す作戦だ。


「次は冒険者が降下するぞ!準備しろ!」


 低く冷たい声が響いた。声の主を見上げると、壁上に灰色の髪を結んだ男が立っている。細い眼鏡の奥の鋭い目が冒険者たちを見下ろしていた。

 冒険者ギルドマスターのグレン――噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。知的で冷徹な印象を放つその姿は、レイラさんが語っていた通りだった。


 グレンの号令で、僕たちも降下地点へ向かった。


 事前の作戦会議で、僕は着地地点の確保を任された。風纏と身体強化があれば、ロープなしで降りられる。一番乗りして周囲を制圧し、続いて降下する冒険者たちが安全に着地できるようにする――それが僕の役割だ。


 魔術師団の攻撃が終わり、穴が開いた瞬間――僕は壁から飛び降りた。

 風纏を全身に纏い、衝撃を殺す。同時に身体強化で脚を強化し、着地の衝撃に耐える。


 ドン!


 地面に着地。衝撃が風の膜に吸収され、そのまま駆け出す。他の冒険者たちがまだロープで降下している中、僕が一番乗りだ。

 周囲のゴブリンが襲い掛かってくる。最小限の動きで回避しながら、両手のナイフを振るう。首を斬り、喉を裂き、心臓を貫く。

 周囲を駆け抜けながら着地地点を確保する。


 精鋭の冒険者たちが次々と降下し、壁下での戦闘が始まる。ライルやルシェルも一緒だ。僕は壁から離れて敵陣に突入し、蜂鳥の目で状況を確認しながら壁下の冒険者への圧力が上がり過ぎないように調整する。

 壁下を移動していき冒険者がロープで撤収すると、次は騎士団が降下する。交互に降下を繰り返し、休むことなく敵を削っていく。昨日も行ったルーチンだ。


 午前中の戦闘は順調に進んだ。敵の数は確実に減っていく。


 しかし――


「ん?」


 違和感を覚えた。倒したゴブリンの装備が、徐々に昨日より良くなってきている。


 革鎧を着た弓兵――アーチャー。鉄の剣と鎧を持つ戦士――ソルジャー。ナイフを持つ暗殺者――アサシン。大盾を持つ盾兵――シールダー。


 装備を持ついわゆるが増えてきていた。


「ミオル、見て!あっち!」


 ルシェルが指差す森の方を見ると、ほとんどが何らかの装備を付けていた。


「装備が良くなってる……」


『まるでダンジョンのように、装備も含めて生成されているのか…』


 森の中にあんな量の装備が落ちている訳が無い。

 スタンピードの際の魔物のは生物の生殖的なものではないらしい、ということは本に書いてあったがダンジョンと同様に装備も含めて生成されるもののようだ。


「矢が弾かれるぞ!」


 壁上から弓兵の一人が叫ぶ。革鎧を着たソルジャーに矢が当たったが、致命傷にならず弾かれていた。

 魔術師団のファイアボールも、シールダーの盾に阻まれる。直撃しても倒れず、盾で防ぎながら前進してくる。


「くそっ、面倒な!」


 近くで戦っていた冒険者が舌打ちする。剣がソルジャーの鎧に阻まれ、十分なダメージを与えられていない。

 冒険者たちの間に動揺が広がり始めた。


「ルシェル!」


 ライルさんの声が響いた。


「高温で革鎧ごと貫いてしまえ!フレイムエンチャントを使え!」


「分かった!」


 ルシェルが短剣に手を当てる。


「炎よ、わたしの剣に宿れ――フレイムエンチャント!」


 短剣が赤く輝き始めた。炎が刀身を包み込む。


「燃え尽きろ!」


 ルシェルが革鎧のアーチャーに向かって突きを放った。


 赤熱した剣が、装備を無視して敵を貫く。


 次の瞬間――


 ゴォッ!


 刺さった箇所から炎が吹き上がった。内側から燃え上がり、ゴブリンがと化す。断末魔の叫びも上げられず、一瞬で炭化した。

 周りのゴブリンまで巻き込まれて火で付き、転げまわっている。


「なんつう火力だよ……」


 周囲の冒険者たちが息を呑む。


「ルシェル、その調子だ!装備持ちを優先的に狙え!」


 ライルさんの指示に、ルシェルは頷いた。

 次々と装備の良いゴブリンに突きを放っていく。赤い炎の剣が敵を貫くたび、火柱が上がる。

 剣技もそこらの冒険者より優れるルシェルは盾持ちもあっさりと崩し、燃料に変えていた。

 まるで戦場が炎の森のように変わっていき、敵の足が止まった。


 敵が怯んだ隙に僕も所々で武器強化を駆使し、引き続き敵を撃破していく。

 冒険者全体の動きが活発になり、装備ゴブリンを次々と倒していく。


 戦況が再び傾き始めたかと思ったとき、遠方から一際大きな影が近づいてきた。

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