僕は自分が見えている

第36話 継戦

「あれ、ゴブリンなのか……？」

　人間以上の体格。鈍色の鎧を纏い、大剣を持った巨大なゴブリン。

「気を付けろ！ゴブリンジェネラルだ！」

　ライルさんが叫ぶ。

　ゴブリンジェネラルが姿を現した瞬間――

「グォォォアアア！！」

　ジェネラルが咆哮を上げた。

　その瞬間、周囲のゴブリンたちの動きが一変した。炎に怯えてバラバラに逃げ惑っていたゴブリンたちが、まるで魔法にかかったように動きを止める。そして――号令に応えるように、次々と隊列を組み始めた。

　大盾を持つシールダーたちが最前線に並び、壁を作る。その背後に革鎧を着たソルジャーが続き、さらに後方にはアーチャーたちが弓を構えた。散漫だった攻撃が、見る見るうちに統率されたものになっていく。

「せっかく崩したのに……立て直された！」

　ルシェルが悔しそうに呟いた。

　ジェネラルは最後方に陣取り、指揮を執り続けている。その姿はゴブリンのくせに、威風堂々としており自信と威厳を感じさせた。

『このままじゃまずい。指揮だけでもやめさせないと――』

「僕がジェネラルを止める！」

「えっ、ミオル！？」

　僕は風纏と身体強化、武器強化を最大出力にし、ジェネラルに向かって駆け出した。

　間のゴブリンは文字通りにスキップする。風纏を使い高くジャンプし、その頭や肩、盾などを足場にして更に飛ぶ。

　水切りの石のようにゴブリンの上を駆け抜けると、あっという間にゴブリンジェネラルの近くまで辿り着いた。

　後方ではルシェルが僕を追おうとしているのか、炎の柱と爆炎がひっきりなしに上がっている。

　駆け抜けた勢いで首を薙ごうとするとそれに合わせてジェネラルが大剣を振り下ろしてくる。速い！！

　僕は横に全力で跳んで回避するとともに、二刀のナイフを相手の大剣を流すような角度で振り抜いた。同時に風纏で全力展開してナイフへの衝撃を和らげる。

　ドォン！

　ナイフが大剣を受け流す。火花が散り、爆発するかのような音がし――気付くと何故か空が回っていた。

『吹き飛ばされてるぞ！立て直せ！！』

　頭の中で警鐘が鳴り響き、慌てて風纏で体制を立て直す。何とか着地体制を取り、地面を削りながら着地した。

　ゴブリンジェネラルから少し離れてしまったが、そのおかげで追撃は免れたようだ。

『まずいな…パワーと技量が同居している…』

　再び接近するが、今度は近づきながら投げナイフを顔に投擲する。

　相手が大剣で防御し視界が塞がれた瞬間に、懐に飛び込み脇腹に身体強化、武器強化、剣身延長を行ったナイフを突き立てる。

　ガキィン！

　鎧に阻まれた。武器強化しても貫けないなんて、この硬さはただの鋼鉄ではなさそうだ。困った…どうしたら――

　次の瞬間、ジェネラルの大剣が横薙ぎに迫る。

　これは避けられない――ナイフで受け止める！

　ガァン！！

　また衝撃で体が吹き飛ばされた。地面を転がり、なんとか受け身を取る。腕が痺れている。

　倒れた僕にジェネラルが追撃のために大剣を振り上げた。まずい、もうナイフでは受け止められない…

　その瞬間――

　キィン！

　金属音が響き、ジェネラルの動きが止まった。ジェネラルの剣を持つ手に、投げナイフが深々と刺さっている。ジェネラルは煩わしそうにナイフを抜き捨てる。

『一体どこから――』

　ナイフの飛んできた方向を見ると、遥か遠く、街壁上にギルドマスターのグレンの姿があった。

　そういえば聞いたことがある――ギルドマスターのグレンは元斥候で、投擲の祝福Ⅱを持つ投げナイフの達人だと。この距離から手を狙うなんて、噂以上だ……

　そして――後ろから聞きなれた足音が近づいてきた。

「お前突っ込み過ぎなんだよ！追いかけるのも疲れるだろうが！」

　ライルさんが到着した。彼の剣は青白く輝いている。身体強化、武器強化、そして剣身延長――全てを同時に発動してゴブリンを蹴散らし追ってきたようだ。

　その後ろから、ルシェルも追いついてきた。息を切らしながらも、短剣を構えている。

「ここからは見取り稽古の時間だ！」

　ライルさんがジェネラルに突進する。

　ジェネラルが大剣で迎え撃つが、ライルさんの剣がそれを受け流す。僕と違って火花すら散らず微動だにしない。傍から見ているとまるで大剣がすり抜けたような錯覚を覚える。

　技術も力もまだまだ及んでいないようだ。

　ジェネラルも慌てたように大剣を振り回すが、全てを紙一重で避け受け流していく。

　そして――

　青白く伸びた剣身が、ジェネラルを鎧ごと両断した。

　ジェネラルの体が真っ二つに切り裂かれ、地面に倒れ込む。

「……倒せた、の……？」

　ルシェルが不安げに呟く。

　地面に倒れ伏したジェネラルは、もう動かない。

　ジェネラルを失ったゴブリンたちが混乱し始める。統率が取れなくなり、バラバラに逃げ出す者も現れた。

「総攻撃だ！敵を殲滅しろ！」

　シルヴァン様の号令が祝福の影響で広範囲に響く。

　騎士団、魔術師団、冒険者たちが一斉に攻撃を開始した。混乱したゴブリンたちは次々と倒され、逃げる間もなく殲滅されていく。

　ゴブリンの群れが、次々と倒れていく。

　殲滅が終わりかけた頃――

　ドスン、ドスン、ドスン。

　遠くの森から、大きな足音が聞こえてきた。鳥たちが一斉に飛び立つ。

「どうやらまだ楽はさせてくれねぇみてぇだな……」

　ライルさんが森の方を睨む。

　戦いは、まだ終わっていなかった。