第27話 門外
神の試練を順調にクリアし続け今日も訓練後に挑もうかと考えていたところ、孤児院の世話係のお姉さんが僕たちを呼び止めた。
「ミオル、ルシェル。ちょっといいかしら?」
メルナも一緒だったが、彼女の視線は主にルシェルと僕に向けられていた。
「はい、何でしょうか」
「あなたたち、毎日外に出ているわよね。神殿に」
「そうですね」
僕は淡々と答える。実際、ここ最近は毎日のように外出していた。神の試練に行くかギルドで訓練を受けるか。孤児院に居る時間の方が短いくらいだ。
「それなら、薪拾いもお願いできないかしら。門前の林まで行って、枯れ枝や落ちた木を集めてきて欲しいの」
「薪拾い、ですか」
「ええ。そろそろ孤児院の仕事を頼みたいんだけどあなたたちは放棄民だし、他の子たちとあまり馴染めていないでしょう?だったら、外での作業の方が向いているんじゃないかと思って」
建前としては配慮だが、実際は疎外の結果だろう。僕は客観視でその意図を理解しつつ、表面上は頷いた。
「分かりました。メルナも一緒で構いませんか?」
「……そうね、三人で行くなら安全でしょう。気をつけてね」
◇
翌日、僕たちは薪拾いのための背負子を持って孤児院を出た。
街の外壁には大きな門があり、門番が出入りを管理している。通常は商隊や冒険者が主な通行者だが、薪拾いのような作業をする人も多いため子供の通行も珍しくはない。
「おい、坊主たち。見ない顔だな。何の用だ?」
門番の一人が声をかけてきた。僕は背負子を見せる。
「薪拾いです」
「そうか。孤児院の子か。あまり遠くまで行くなよ。魔物が出ることもあるからな」
「はい、気をつけます」
門をくぐると、そこには広大な草原が広がっていた。遠くには森の影が見える。
この街では、森の木を勝手に切るのは領主の許可が必要で厳しく制限されている。木材は貴重な資源であり、伐採権は利権として管理されているからだ。
しかし、落ちている枯れ枝や倒木を拾う「薪拾い」は住民の権利として認められている。生活に必要な燃料を確保する手段として、古くから保障されてきた慣習だ。
通常、薪拾いは門のすぐ近くにある管理された林で行われる。そこは定期的に見回りがあり、魔物も出ないため子供でも安全に作業ができる。
だが、僕たちは少し違う目的もあった。
「行くよ。メルナ、おぶるから」
「うん!」
メルナを背負子に乗せ、身体強化を発動する。魔力が体中を駆け巡り、身体が軽くなったように感じる。ルシェルも同様に身体強化を発動している。
「じゃあ、行こう」
踏み込んだ瞬間、景色が流れ始めた。身体強化による高速移動で、草原を一気に駆け抜ける。メルナが僕の背中で嬉しそうに声をあげる。
「速い速い!」
「しっかり掴まっててね」
草原を抜け、森の入り口に到着する。普通の子供なら歩いて三十分はかかる距離を、僕たちは数分で移動した。更にそこから森の深くまで踏み込む。
「ここなら誰も見てないね」
ルシェルが周囲を確認しながら言った。この深さまで来る子供はほぼ居ない。大人でも魔物を警戒して近寄らない場所だ。
「薪拾いと一緒に、採取もしよう。冒険者ギルドに納品できる薬草がこの辺りには生えているはずだ」
「了解!」
◇
僕たちは森の中を進みながら、薪と薬草を同時に集めていった。来る人が少ないせいか薪は多く見つかりあっという間に背負子一杯になる。
しかし、身体強化のおかげで大量の荷物を持っても重さを感じなかった。
枝を避けながら森の中を進んでいると、僕は奇妙な違和感を覚えた。
(……何だ、これは?)
風纏も蜂鳥の目も使っていない。なのに、自分の周りの状態が少し観えるのだ。
今まで客観視は純粋に自分の内面を観察する能力だった。魔力の流れ、体の動き、思考のパターン。全て自分の内面の話だった。
魔法で魔力を外側に広げたときにはそれを応用して観えるようになっていたが、言ってしまうとそれは「そういう魔法」なのだ。
だが今は、魔法も使わずにほんの少しだけ――指の長さ程度だが――自分の外を観ている感覚がある。
背中や足に触れようとした草木が触れる前に分かるのだ。しかも、外から中を見ることもできるらしい。
『拡張客観視、とでも呼ぶべきかもしれない』
今まで魔法に頼っていた空間把握が、祝福だけで部分的にできるようになった。
魔力を使わないということは常時使えるということだ。つまり、訓練中にもずっと使えるということになる。
「型稽古とかに便利そうだな…」
僕は小さくつぶやいた。
◇
たっぷりと薪と薬草を集めた後、僕たちは冒険者ギルドに立ち寄ることにした。薪は孤児院に納品する前に、薬草を先にギルドで換金したかったからだ。
ギルドの窓口にはレイラさんが居た。薬草を納品できるか確認する。
「ええと、薬草が……はい、計算しますので少々お待ちください」
僕は頷いて待つ。今日の収穫は神の試練に比べれば大したことは無いはずだが、ギルドの実績にはなる。
その時だった。
「どけ!ガキども!!」
乱暴な声と共に、僕の肩が強く押された。よろけながら横を見ると、体格の大きな男が窓口に割り込んできた。筋肉質な体に傷跡、粗野な雰囲気。冒険者というより、荒くれ者の印象だ。
レイラさんの表情が一瞬で氷のように冷たくなる。
「順番をお守りください。今こちらのお客様の対応中です」
声に一切の感情がない。淡々としているが、その冷たさは明確な拒絶を示していた。
「あぁ?ガキの相手なんざ後回しでいいだろ。俺は急いでんだ」
男は窓口に乱暴に手をついて、レイラさんを睨みつける。しかしレイラさんは全く動じない。
「割り込みは規則違反です。お並びください。従えない場合はギルドから退出していただきます」
その目は非常に冷たく、まるで害虫を見るかのような視線で男を見ていた。周囲の視線が集まり始め、男は気まずそうに舌打ちをして僕たちの方を振り返った。
「チッ……つーか、ガキがギルドで何してやがる。お遊びか?」
男の視線が、僕たちを値踏みするように上から下まで眺める。明らかに八つ当たりの対象を探している目だ。
「僕たちは正規の登録者です」
僕は淡々と答えた。レイラさんに恥をかかされたんで、弱そうな子供に腹いせをしようとしているんだろうな。
「はぁ? ガキが登録者? 笑わせんな。どうせ親の付き添いかなんかだろ。大人しく外で待ってろよ」
「それはできません。受付中ですので」
「あぁ? 生意気な口きくじゃねえか。とにかくどけよ。ガキが出しゃばってんじゃねえ」
男が一歩前に出て、僕たちを威圧する。周囲の人々は見ているが、誰も止めに入ろうとはしない。
僕たちがライルさんに鍛えられていることを知っている人が多く、状況を見ているようだ。どの程度強いのかの品定めなのかもしれない。
「……どく理由がありません」
「……チッ。口の減らねえガキだな。いいか、ガキがギルドに勝手に入って迷惑かけた罰だ。その薬草は没収だ。置いていけ」
男が窓口の薬草に手を伸ばそうとする。
「それは僕たちが正当に採取したものです。渡せません」
「あぁ? ガキのくせに――」
男が僕の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。その瞬間、僕は半歩下がって躱した。身体強化で反応速度が上がっているため、男の動きは遅く見える。
そして、男の足元に自分の足を滑り込ませ――
「うわっ!」
体重移動と同時に足払いをかけると、男は派手に転倒した。大柄な体が床に叩きつけられ、周囲の視線が一斉に集まる。
男は頭を打っているようで、悶絶している。
「行こう」
僕はルシェルとメルナの手を引いて、窓口から離れた。レイラさんが慌てて声をかけてくる。
「代金は後で受け取りに来てください!」
「分かりました。後で来ます」
僕たちはギルドを出て、人通りの多い通りに紛れ込んだ。男が追ってくる気配はない。蜂鳥の目で確認しても周囲に危険はなさそうだ。
「……今までは、大体ライルさんが一緒だったから大丈夫だったんだね」
ルシェルがぽつりと言った。確かにその通りだ。今まではライルさんが一緒に居ることが多かったし、そもそも依頼も月に一回程度しかやっていない。
その時でさえ配達や掃除の報告だけで窓口に居る時間も短かったため、目をつけられることは無かった。
だが今日は子供だけで来ていて、薬草の鑑定と計算で少し時間がかかった。目立っていたのだろう。
「これからは気をつけないとね」
「でも、ミオルの足払い格好良かった!」
メルナが嬉しそうに言う。僕は少しだけ苦笑した。
「格好良いというより、必要だっただけだよ」
今後あの男に付きまとわれたら面倒かな、と一瞬思ったが、男の身のこなしを思い出して「まぁあの程度どうにでもなるか」と思い直した。
孤児院に戻る頃には拡張客観視をどのように使うのかを考えていて、あの男のことはもう意識すらしなくなっていた。
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