第28話 孤児院の子供たち(別視点)

「信用度、品性に-1、人品に-2っと。うわ、これもう証拠有討伐依頼か現物納品依頼しか紹介できないじゃない。理解してるのかしらあの男……」


 頭を押さえながらギルドを出ていく男を見ながら、私はつぶやいた。

 つい先ほど、順番に割り込んできて子供たちに難癖をつけた挙句、転倒して頭を打った男だ。


 冒険者ギルドでは依頼達成データおよびにより、冒険者の評価を行っている。

 これは冒険者自身には知らされない冒険者の基礎データであり、これを元に受付嬢自身に設定された裁量の範囲で依頼を紹介することになる。

 「独自の方法」――それは各受付嬢が持つ個別の能力だ。私の場合は人品鑑定の祝福。人が善性に近いか悪性に近いかを見抜く力がギルドから高く評価され、この職に就いている。


 このため、著しく信用を損ねるような冒険者には「討伐証明のある討伐依頼」か「現物を納品して初めて受理される納品依頼」しか回ってこなくなるのだ。

 前者は倒し方に条件が付くために難易度が上がり、後者はいわゆる常設依頼であるので依頼料が安い。

 概ねこのような状態になった冒険者は無理をして死んだり、稼げず借金奴隷となったり、スラムや野党に堕ちたりなど大抵ろくでもない結果になっていた。

 これはある意味ギルドからの追放処理なのだ。


 信用できない冒険者に重要な依頼を任せれば、依頼主もギルドも損害を受ける。評価制度は必要なのだ。

 例えあんな男でも評価を下げる作業は気が重い。一人の人間の未来をことに変わりはないのだから。


「はぁ……」


 小さくため息をついて、私は次の書類に目を通した。



 それにしてもあの子たちは……


 私はふと、数ヶ月前の出来事を思い出していた。

 ライルさんが連れてきた三人の子供たち。ミオル、ルシェル、メルナ。

 6歳の二人がギルド登録を希望するという、前代未聞の申請だった。


 初めて会った時、私の能力を使ってみた。

 ルシェルとメルナはだった。明確な善性が感じられる。特にメルナは純粋な子供らしい善意に満ちていた。幼い子が持つ無邪気な優しさ、傷つきやすさ、それでいて懸命に生きようとする健気さ。

 ルシェルもまた、善性の高い子だった。ただし、彼女の善は少し違う。誰かを守ろうとする強い意志を感じた。おそらくミオルとメルナに向けられた、保護欲と献身の感情。


 しかし――


 ミオルだけは違った。


 私の人品鑑定は悪人は悪人として、善人は善人として、明確に判別できる。完全な善や悪の人は居ない。でもそれは善悪の比率で判断できることだった。

 しかし、ミオルから感じたのはだった。


 善でもない。悪でもない。無でもない。

 まるで人間性そのものが薄いような、不可解な感覚。


 普通なら、人は誰しも何かしらの色を持っている。欲望、野心、優しさ、憎しみ、嫉妬、愛情――そういった感情が混ざり合って、人間性を形作る。

 知性が低い訳ではない。むしろ彼は冷静に状況を判断し、的確に受け答えしている。歳に見合わない確かな知性を感じられる。


 それなのに、私の能力では

 初めての経験だった。


 あの時、私は戸惑いを隠しきれなかった。表面上は通常通りに手続きを進めたが、内心では警戒していた。

 得体の知れないもの。理解できないもの。それは本能的に恐怖を感じさせる。


 悪ではない。しかしあの子は感情を薄めて別の軸で動ける気がする。

 理由さえあれば殺人も平気で行えそうな危うさを感じるのだ。


 ギルドマスターにこのことを報告すると、彼はこう言った。


「非常に興味深いですね。注視して定期的に報告してください」



 それから数ヶ月、私は注意深くあの子たちを観察してきた。


 ミオルとルシェルは、ライルさんが居るときは毎日ギルドに来る。午前中は図書室で勉強し、午後はライルさんの指導を受けている。メルナは二人に付き添って、静かに見守っていることが多いらしい。

 依頼はギルド員の資格を維持するために申し訳程度に1か月に1度だけ行っているが、特に評判も悪くないようだ。


 それで珍しく常設依頼の納品に来たかと思えば今回の騒動だ。

 体重差のある大人の男を徒手でああも手玉に取るということは、恐らく身体強化はできるようになっているのだろう。

 身のこなしはあの歳にして既に中堅レベルまでは到達しているように見える。このままいけば大成するのは間違いないだろう。


 だが、ミオルがどんな人間になるのか、それはまだ分からない。

 でも少なくとも今回の騒動では、彼はルシェルとメルナを守ろうとしていた。

 二人を男から庇うような位置取りをしているのが見て取れた。

 それに男を過剰に傷つけることもしなかった。


 だから、私は彼らを信じることにする。


 完全には理解できなくても、信じることはできる。

 それが、私にできる唯一のことだから。


「道を踏み外さないでね、あなたたち」


 小さく呟いて、私は彼の人品に+1をしたギルドマスターへの報告書を書き終えた。

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