第26話 強さの指標

「今日からしばらくライルさんは調査依頼で居ないってさ」


 昨日、ライルさんから聞いた話では、今日から大森林の深層調査で二週間ほど留守にするそうだ。


 ここヴェルディナ辺境伯領は国境となる「大森林」を抱えており、魔物が多い領だ。

 そのため冒険者が魔物狩りをして稼いでいるのだが、ギルドはある程度の魔物の分布を定期的に調査し冒険者へのアドバイスを行っていた。

 ギルド員の損耗を防ぎ、魔物狩りの効率を高め、スタンピードの兆候を掴み、そしてその情報を付近を通過する行商や領主へと売ることで投資分を回収する。それはギルドでも重要な業務となっていた。

 大森林の深層に潜るだけの力量と、間違いない分布図を作成するという信頼のある冒険者には調査の依頼が定期的に入る。ライルさんはその役割を担える数少ない人材だった。そのため、時折こうして調査で居なくなるのだった。


 「訓練も無いし、予定通り神の試練だね」


 「本当久しぶり!最近全然挑戦してなかったもんね」


 ルシェルが嬉しそうに声をあげる。隣でメルナも神の目を通して観る期待に目を輝かせていた。



 神殿はいつも以上に人で賑わっていた。通りがかった人に原因を聞いてみたところ、今日は「称号試練」が主神の目に映されたらしく、それが原因と教えてもらった。

 称号試練はクリアすると大きな褒美が得られ、それに加えて「称号」が与えられるという特別難しい神の試練だ。

 称号はその内容に応じた何らかの効果があるらしく、持っている人はほとんど居ない。国でも数百人程度らしい。

 当然超一流であったり、他に無い特徴がある人達ばかりであり、称号試練は非常に見ごたえがある。

 そのため始まった瞬間に大きな話題になり、見物人が集まるというのが神殿の常だった。


 しかし、本日あった称号試練はもう挑戦者の降参で終わってしまったそうで、人達も帰り始めていた。

 僕たちは残念に思いつつも脇の小部屋へと向かう。いつもの神像の前に立ち、試練の祈りを捧げる。


 「オルデアル神よ、我らに試練を」


 神像が光り、文字が浮かび上がった。


 『疑似迷宮五階を踏破せよ』


 三か月前、疑似迷宮四階で苦戦したことがまだ記憶に新しい。あの時はゴブリンナイトの鎧に苦しめられ、満身創痍でクリアした。でも、今の僕たちなら――


 転移の光に包まれ、見覚えのある薄暗い洞窟に降り立った。壁は薄っすらと発光し、湿った空気が肌にまとわりつく。

 通路の奥から感じる気配が以前より濃い。蜂鳥の目で確認してみると、前回と同じゴブリンの上位種らしき個体がパーティー構成で徘徊しているのが分かった。


 「密度が高い。最初からパーティー単位での戦闘になるみたいだ」


 最初に会敵したのは、ファイターとアーチャーとシールダー。全員革鎧装備のゴブリン上位種だ。


 「今回は魔法は使わずに行ってみよう」


 身体強化を発動。魔力が筋肉を駆け巡り、体が軽くなる。踏み込みと同時に、右手のナイフを振るう。ナイフが武器強化の魔力を帯びて白く光った。


 ファイターが剣で防御しようという意識を見せた。だが――


 スパンという音と共に、敵の胴が。どうやら反応が間に合わなかったらしい。


 「え?」


 あまりにもあっさりと倒せてしまい、拍子抜けする。血を吸ったナイフが、かすかに震えたような気がした。


 「次、私の番!」


 ルシェルがシールダーに向かって駆ける。身体強化で加速した動きは、敵の視界から消えるほど速い。短剣が閃き、敵が真っ二つになって宙を舞った。

 そのままの勢いでアーチャーに正面から突きを放つ、革鎧は全く意味をなさず背中まで貫通してしまった。


 「……なんか、弱くない?」


 「うん……ライルさんとの訓練の方がずっと大変だったよ」


 その後も次々と現れる上位種のパーティーを倒しながら進む。速度差と攻撃力の差がありすぎて、敵の前衛後衛の役割分担が成立していない。ただただ蹴散らしていくだけになっていた。


 三十分も経たずに、ボス部屋へと到達した。



 重い扉を押し開ける。広い空間の中央に、ある意味壮観な光景が広がっていた。


 ゴブリンナイトが二体。全身を鋼鉄の鎧で覆い、大剣を構えている。そして、完全武装した取り巻きが前回の倍、三十体は居る。革鎧のホブゴブリン、魔法を使うゴブリンシャーマン、弓を持つゴブリンアーチャー。


 『まあ、やってみよう』


 今までの流れだとかなり楽に行けるはずだ。数は多いが、一体に掛ける時間はほとんどない。恐らく問題ないだろう。


 「行くよ!」


 僕とルシェルが同時に飛び込む。


 身体強化で加速した僕たちに、敵の反応が追いつかない。ゴブリンアーチャーが矢を放つ前に首を刈り、シャーマンが詠唱を始める前に心臓を貫く。


 取り巻きたちが一斉に武器を構えるが、僕たちの速度についてこれない。右に左に、前に後ろに。風纏は使っていないのに、まるで風のように動き回りながら、次々と敵を斬り伏せていく。


 成長するナイフが敵の血を吸うたびに、刃が僅かに赤く輝く。両手の二つの刃で革鎧が紙のように切れる。


 ゴブリンナイトの一体が大剣を振り下ろしてくる。重い一撃だが、軌道は単純だ。身体強化で強化された脚力で横にステップし、がら空きになった脇腹に武器強化したナイフを突き立てる。


 鋼鉄の鎧が、バターのように貫かれた。


 「はあっ!」


 ルシェルももう一体のゴブリンナイトと対峙している。敵の大剣を紙一重で躱し、首の防具の上から短剣を突き入れる。武器強化の効果で、フルプレートの鋼鉄と鎖帷子を貫通して頸動脈を切断した。


 戦闘開始から、まだ十秒も経っていない。


 「……終わった?」


 「終わったね……」


 部屋には僕たち二人だけが立っていて、敵は全て倒れ伏していた。床は血の海と化している。

 報酬として、金貨が35枚も出現した。前回の25枚超えから、さらに約10枚の増加だ。


 「なんだか、狐につままれたような感じ」


 ルシェルが首を傾げる。僕も同感だった。三か月前は死にそうになりながら戦った相手が、今では赤子の手をひねるように簡単に倒せる。


 「うーん…。これは縛りを付けようか?」


 「縛り?」


 「そう。例えば、蜂鳥の目以外の魔法を使わないとか」


 「今回使ってなかったしね!そうすれば、報酬も大幅UPするわ!!」


 ルシェルも乗り気だった。よし、次からは魔法縛りだ。


 ちなみに成長するナイフは大して変わったようには見えなかった。

 数十匹程度では影響がないのかもしれない。



 次の日に再度神の試練に挑む。今度は疑似迷宮の六階だ。

 神像の前で、僕たちは宣誓する。


 「オルデアル神よ、我らは誓います。この試練では、蜂鳥の目以外の魔法を使用しません」


 神が僕たちの宣誓を聞き入れたのか、転移の光がいつもより強く輝いた。

 転移した先には、今度は少し開けた洞窟が広がっていた。天井が高く、松明の光が揺れている。

 いつものように蜂鳥の目を使う。少し離れたところに2体の反応があった。

 現れたのは犬の顔をした二足歩行の魔物。毛皮に覆われた体に、武器は持っていないが鋭い爪と牙がある。


 「コボルトだ、確かゴブリンより素早いんだよね」


 書籍で読んだ通り、コボルトたちの動きは機敏だった。四つ足で走ることもでき、跳躍力も高い。しかも鼻が利くのか、すぐに僕たちの位置を察知して、段々と集まってくる。いつの間にか十体にまで膨れ上がっていた。


 十体のコボルトが、僕たちを包囲しようと散開する。


 だが――


 「それでも、ライルさんより遅いよね」


 風纏なしでも、動きは読める。コボルトの爪撃を身を反らして避け、懐に潜り込む。横薙ぎの一撃を身体強化で高速移動し線にする、三体のコボルトをまとめて流し切った。


 速いといっても、ライルさんとの訓練に比べれば何ということもない。技巧もなく、防具もない。急所を狙えば一撃で倒せる。武器強化すら必要が無かった。


 ルシェルも同様に、魔法なしで戦っている。それでも、コボルトの殲滅速度はかなりのものだ。短剣が閃くたびに、敵が倒れていく。


 移動速度が速く匂いを感じて集まってくるので、普通は脅威なのだろう。

 でも僕たちは集まる前に倒し切れるし、そもそも集まっても何の怖さも感じなかった。

 ボス部屋まで淡々と進んでいく。


 ボス部屋には、コボルトチーフとその取り巻き二十体が待ち構えていた。他のコボルトより二回り大きく、鉄の武器を持っている。


 しかし、それも大した脅威にはならなかった。動きのパターンを読み、隙を突いて致命傷を与える。五分もかからずに撃破した。


 この階層もあっさりとクリアし、報酬として金貨40枚を得た。



 その後も試練を続ける。毎日のように神殿に通い、次々と階層を攻略していった。


 七階にはスケルトンが現れた。カタカタと骨を鳴らしながら迫ってくる。骨だけの体で、斬撃が通りにくい。

 頭の中にある魔石を破壊しないと完全には倒せず、頭蓋骨はそこそこ固い。剣士には厄介な敵だ。


 「頭の魔石を狙わないといけないんだよね」


 「そうだね。頭蓋骨は固いけど、武器強化なら貫通できるはず」


 ナイフに武器強化の魔力を込めて、スケルトンの眼窩から頭蓋骨内部の魔石を狙う。白く光るナイフが骨を貫通し、魔石を破壊すると、スケルトンはがらがらと崩れ落ちた。ボスのスケルトンナイトも、同じ方法で面頬めんぼおごと魔石を破壊して撃破した。報酬は金貨35枚。



 八階にはオークが出現した。


 「うわ、でかい」


 二メートルを超える巨体に、分厚い筋肉。手にした棍棒は僕の胴体ほどもある。豚の顔をした醜悪な姿で、唸り声を上げながら突進してきた。


 だが、動きは単調で読みやすい。大振りで隙だらけだ。


 力任せの一撃を紙一重で避け、がら空きになった首筋にナイフを振り下ろす。成長するナイフが、厚い皮膚を貫通した。


 オークの首が、ごろりと転がった。


 「……あれ?」


 思ったより簡単に倒せてしまった。オークは見た目ほど強くない。


 ボスはオークリーダーだった。

 体格が大きくパワーや防御力が上がっている上に、オークの身長以上の巨大な大剣を振り回す油断できない敵だ。

 それでも攻撃が通るためヒットアンドアウェイで対処することで十分程度で倒せた。

 報酬は金貨52枚。初めて50枚を超えた。


 神の試練で敵にバラエティが出て来た。専門で対策を施すと楽に突破できるらしいが、僕たちは力技で押しとおることで短期間に連続してクリアすることができていた。

 だが、そのせいで逆に自分達の強さが良く分からなくなってきた。


『基準がライルさんになってるからかもしれない。ライルさんあれでも上澄み中の上澄みだから』


 でも、それでいいのかもしれない。上を見続ける限り、成長は止まらないのだから。

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