第25話 踊るナイフ

 三か月。僕とルシェルは神の試練を一時休止し、ライルの指導のもとで身体強化と武器強化の訓練に専念していた。


 冒険者ギルドの訓練場で、僕は刃を潰した訓練用ナイフを構える。

 魔力を体に通し、筋肉の動きと同調させる。もう何千回と繰り返した動作だ。自分の体の中を観察しながら、魔力の流れを完璧に制御する。


 シュッ!


 訓練用の的に向かって踏み込む。以前なら三歩かかった距離を、身体強化により一歩で詰める。ナイフが的に触れる瞬間、武器強化の魔力を流し込む。


 ザクッ!


 硬い木製の的が、まるでバターのように切り裂かれた。切断面は滑らかで、潰した刃で切ったとは思えないほど綺麗だ。


「はい、合格」


 ライルが呆れたような声で言った。


「お前ら、本当に三か月で完全にマスターしちまうとはな。俺の二年はなんだったんだよ」


 隣ではルシェルが短剣で同じように的を切り裂いている。彼女も身体強化と武器強化を完璧に習得していた。


「いくら元々魔法が使えたからってよぉ…。そりゃねぇんじゃねぇのか?」


 ライルは頭を掻きながら続ける。


「まあ、合格は合格だ。お前らはもう身体強化も武器強化も実戦で使えるレベルに達してる。もう戦闘力だけなら中堅並だわな。依頼はほとんどやってねぇけど」


 僕たちの異常な成長速度にライルは慣れたと言いつつも、未だに驚きを隠せないでいる。


「ところでミオル」


 ライルが僕の手元を見ながら言った。


「お前、そろそろ武器を方がいいんじゃねぇか?」


「武器を…増やす、ですか?」


「ああ。ルシェルの短剣はまだいいとしてもよ、お前のナイフは身体強化で振るうには軽すぎる。かといって武器を重くすると身体強化を使ってないときの取り回しに難がある。威力は武器強化でカバーできるがよぉ、身体強化で上がった力を持て余してるようだったら武器を増やせば手数が増えて攻撃力が上がるぜ」


 確かにその通りだった。身体強化により動きは格段に速くなったが、ナイフが軽すぎて違和感を感じ始めていた。


「お前の戦闘スタイル的には超インファイトの間合いになりやすい。だから武器自体はナイフのままでも良い。だが手数を増やすためにナイフをもう一本増やした二刀流ってのはどうだ?お前は器用だから、両手を別々に動かすのも難しくねぇだろ」


 ライルの提案は理にかなっていた。今までの戦いでは観えているのにナイフを握っていないもう一本の手は完全に遊んでいた。

 その間に二刀流だったら攻撃でも防御でも有利になったことは多いだろう。


「分かりました。追加のナイフを買いに行ってきます」


「おう。俺の贔屓の鍛冶屋を紹介してやりてぇところだが、あそこはナイフですら金貨五十枚はするからな。お前らには高すぎる。自分で探してきな」



 街の武器屋街を歩き回る。ルシェルとメルナも一緒だ。

 いくつかの店を見て回ったが、どれも似たり寄ったりの品ばかりだった。良い物は高すぎるし、安い物は品質が心配だ。


「この店はどう?」


 ルシェルが指差したのは、路地裏にある小さな武器屋だった。看板も古びていて、あまり繁盛しているようには見えない。

 店内に入ると、埃っぽい匂いが鼻を突いた。壁には様々な武器が並んでいるが、どれも長いこと売れていないのか年季が入っている。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から中年の男性店員が顔を出し、ぶっきらぼうに挨拶した。


「ナイフを探しているんですが」


「ナイフか。こっちだ」


 店員に案内された棚には、十本ほどのナイフが並んでいた。その中で、一本だけ妙な値札が付いているものがあった。


『成長するナイフ 金貨三枚』


 普通のナイフでさえ金貨二枚から五枚、魔法効果付きなら二十枚以上はする中で、何らかの効果があるにしては明らかに異質な安さだった。

 手に取ってみると、片刃の武骨なナイフで、刃渡りは僕が使っているものより少し長く肘から先ほどの長さがある。重さのバランスも悪くない。ブレードは黒一色でエッジだけが銀色だった。

 僕の今使っているナイフも片刃のナイフで、こちらはブレードも銀色のため二刀流にするとバランスも見た目も良さそうな感じだった。


「それに興味があるのか」


 店員が苦笑いを浮かべた。


「これ、どういうナイフなんですか?」


「ああ、それは王都から流れてきた錬金術の失敗品でな」


 店員が説明を始める。


「『ダンシングソード』って魔物を知ってるか?」


「アンデッドの一種ですよね。剣だけが浮いて飛んでくる」


「そうだ。まあ、剣自体に強度がないから、大体一撃で叩き折られてさして強い魔物じゃないんだが」


 店員は棚からそのナイフを取り出した。


「王都の錬金術師が、そいつの再現を目指したらしい。アンデッドの特質である『殺したものを食らって強くなる』ってのを抽出してな。戦ってるうちに敵の血や魂を啜って、最終的には名剣になるまで成長させようってコンセプトだったらしい」


「物騒だけど面白い発想ですね」


「ところがだ」


 店員は肩をすくめた。


「技術力の都合で、ナイフ大の大きさにしか作れなかった。ナイフだと戦闘で使い続けるのが難しいのに、成長させる前に強度の問題で数か月使うと研ぎで削れて折れちまう。元の魔物の強度がないからな。完全な失敗作さ。だから金貨三枚って訳だ」


 僕は話を聞きながら、あることに思い至った。


(あれ?でももし戦闘ごとに完全に回復する状況なら?)


 神の試練では、持ち込んだ装備は使ったアイテム以外は回復する。だから僕たちは武器の研ぎをやったことが無い。つまり、このナイフがどれだけボロボロになっても、試練が終われば元通りになる。


 しかし、それを店員に言って値段を吊り上げられても困る。僕は平静を装いながら言った。


「面白そうですね。失敗作でも、形が気に入りました」


「は?こんな失敗作を買うのか?しかも見た目も地味なのに?」


 店員は首を傾げた。


「はい。金貨三枚ですよね」


「ああ、それでいいけど…成長なんて期待するなよ。普通に使ってたら折れるだけだからな」


「分かりました。はい、代金です」


 僕は金貨三枚を取り出した。安い買い物だ。もし本当に成長するなら、将来的には素晴らしい武器になるかもしれない。


「物好きな奴だな」


 店員は呆れたように言いながら、ナイフを包んでくれた。

 その後、サブ武器として投げナイフも数本購入しその店を去った。



 孤児院に戻ると、僕たちしかいない部屋の中で早速新しいナイフを取り出してみる。

 見た目は普通の片刃のナイフだが、持ってみると微妙に重心が違う。これは慣れが必要だろう。


 ルシェルが興味深そうに言った。


「成長するナイフか。本当にそんなことできるのかしら」


「試してみないと分からないね」


 僕は両手にナイフを構えてみる。左手にいつものナイフ、右手に新しく買った成長するナイフ。自分の姿を観察して、二刀流の構えとして自然なものになるように調整する。今までずっとナイフを使っていただけあって、そこまで苦労はしなさそうだ。


「明日は久しぶりに神の試練に行って使ってみよう」


 新しいナイフがどんな風に成長するのか、正直楽しみだった。もしかしたら、とんでもない武器に化けるかもしれない。


「でも、血を吸わせるってちょっと怖い…」


 メルナが心配そうに言う。


「大丈夫だよ。神の試練の中での話だから」


 明日からまた神の試練に挑戦する。新しい武器と、完全に習得した身体強化・武器強化。これなら、疑似迷宮の五階にも挑めるはずだ。

 窓の外では夕日が沈んでいく。オレンジ色の光が、新しいナイフの刃を照らしていた。

 僕は次の戦いを楽しみにしながら、ナイフの手入れを始めた。このナイフがどんな風に成長していくのか、想像するだけでわくわくする。


 客観視で見る自分の顔は、珍しく少し笑っていた。

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