第17話 負け試練
新しい風纏と地返しを習得してからというもの、神の試練は格段に楽になった。
今日もいつものように三人で神殿に向かう。メルナは僕たちの戦いを見るのがすっかり楽し みになっているようで、小さな手を振りながら歩いている。
昨日の神の試練は『ゴブリン六体を倒せ』。徐々にスライムが棍棒持ちゴブリンに変わっていって、とうとう六体全てゴブリンになった。
今日は何が出るのだろうか?ちょっと傾向が変わりそうな気がする。
僕たちは倉庫から装備を取り出し、いつものように小伽藍に向かった。メルナを神の目の前 に座らせ、僕たちは神像の前に立つ。
「オルデアル神よ、我らに試練を」
転移の光に包まれる。だが、気がつくと僕たちは石造りの小部屋ではなく、見渡す限りの草 原に立っていた。
「え?」
ルシェルが驚いた声を上げる。確かにこれまでとは全く違う。青空の下、緑の草が風になび いている。のどかな風景だ。
目の前には石の台があり、羊皮紙が置かれていた。
『低級薬草二十束を収集せよ』
「薬草の収集か……」
戦闘ではなく、採集の試練。神の目で見たことはあるが、僕たちが挑戦するのは初めてだ。
「薬草って、どれのことかしら?」
ルシェルが辺りを見回す。草原には様々な植物が生えているが、どれが薬草なのかさっぱり分からない。孤児院の本での薬草についての記載は文字で大雑把な特徴が示されているだけだった。
『これは……困ったな』
僕たちは手分けして草原を歩き回った。僅かな知識を頼りに、それらしい植物を探してみる。
草原にはスライムや近寄ると突進してくる跳びウサギが居て、集中していると攻撃を受けそうになるため、ルシェルと交代で見張りをしながら対応した。
「これはどうかな?」
ルシェルが葉っぱがギザギザになった植物を手に取って言った。
それっぽいが確証が持てない。似た植物を20束集めてみたが何も起こらなかった。
時間だけが過ぎていく。太陽が頭上から西に傾き始めても、確実に薬草だと言えるものを一つも見つけることができなかった。
「時間がない……」
孤児院には日が沈む前に帰らなければ不審がられてしまう。でも、このまま適当な植物を集めても意味がない。粘ったところでどうにかなる気がまるでしなかった。
『撤退すべきだ』ともう一人の僕が結論を出す。
僕は決断した。
「これ以上やっても意味がないから降参する」
「え?」
ルシェルが驚いた顔をする。
僕は空を見上げて降参の意志を示した。
「オルデアル神よ、我らは降参いたします」
瞬間、草原の風景が消えて神殿の小伽藍に戻っていた。
「あー……」
ルシェルががっかりした様子でため息をつく。
「初めての失敗ね」
「うん。でも、仕方ない。薬草なんて知らなかったからね」
僕は肩をすくめる。勝てない戦いもある。それを学ぶのも大切なことだ。
小伽藍から外に出る。
「おい、お前ら」
見覚えのある男性だった。28歳くらいの剣士風の男性。以前神殿で見かけたことがある。
「俺の名前はライル。お前らのことを探してたんだ」
「僕たちを?」
「ああ。以前主神の目でお前らのチュートリアルを見たんだがな、最近全然映らねぇからどうしてんのかって思ってな」
どうやらチュートリアルでは主神の目に映る可能性が上がるらしい。
僕たちはそれ以降はスライムとかとの地味な戦いだし、映らなくてもおかしくないと思うけどな。
目立ちたくないので都合が良いし。
「毎日やってますけど…。地味な戦いが多いので主神の目に映らないんでしょうね」
僕が答えると、ライルの目が丸くなった。
「毎日!?嘘だろ?普通の人間は神の試練なんて、数週間に一回、長くて月一回程度しかやらねぇぞ?」
僕とルシェルは顔を見合わせた。
「どうしてですか?」
「神の試練ってのは、現在の自分の技量を基準に設定されるからな。常に精神的に追い詰められることになる。毎日なんてとてもじゃないができねぇ。大抵はしばらく訓練や仕事をやって、技量が上がったことをチェックするためにやるもんだ」
なるほど、それで僕たち以外の挑戦者をあまり見かけなかったのか。
「それに、報酬もそんなに良くねぇしな。普通に仕事した方が稼げることも多い」
「でも僕たちには、他に稼ぐ方法がないんです」
「ああ、まあお前らの年齢だとなぁ……。そもそも何で稼ぎたいんだ?」
どうしようか…。この人は口調は荒いけどそう悪い人では無いような気がする。メルナもそんなに怖がっていないし、さっきから通りがかる年配の人とも顔見知りっぽい感じで挨拶してたし。
僕はこの人に僕たちの現状を話すことに決めた。
「ちょっと…こちらで話して良いですか?」
再度人の居ない小伽藍に入る。そこでしばらく時間を取って、僕たちのことを話していく。
ライルが表情を曇らせる。
「そいつは…。はぁーまったく救いのねぇ話だな…まぁ金が稼ぎたい理由は分かったわ…。それで、さっき薬草がどうとか言ってたが、収集系で躓いたのか?」
「はい。薬草の見分け方が分からなくて」
「そりゃそうだ。薬草の知識なんて、専門の本で学ばないと身につかねぇからな」
ライルが苦笑いを浮かべる。
「それにしても、お前らが受けたのは『負け試練』だったんじゃねぇか?」
「負け試練?」
「ああ。神が挑戦者に足りないものを教えるために与える試練さ。戦闘はできても知識が足りない奴には探索や収集、特定の武器が極端に効きづらい敵との戦闘、そういう風にな。別に個人で全ての能力を備えろって訳じゃなくてパーティーで対応できれば良いって話だし、実際その能力が無いとどこかで全滅のすることになりかねねぇんだわ。そういう試練は現在の実力じゃほぼクリア不可能な内容になってる。だから降参しても、通常より経験の減少が少ないと言われてるな。降参・撤退の見極めを鍛えるためだ、とかも言われてるが」
なるほど、だから僕たちに薬草収集の試練が出たのか。今まで戦闘技術だけしか訓練していない危うさがここになって出て来た感じだね。それにしても何か神の試練のことになるとちょっと早口だなこの人。
ライルは顎に手を当てて考え込んだ。
「なあ、お前ら冒険者ギルドに加入することを考えてみねぇか?」
「冒険者ギルド?」
「ああ。ギルドには図書室があって、薬草や魔物、ダンジョンに関する資料が豊富に揃ってる。それに、先輩冒険者から直接教わることもできる」
「でも、僕たちはまだ子供ですが……」
「ギルドに入る条件は神の試練のチュートリアルを受けれる実力があること。これだけだ。年齢は関係ねぇ。それこそ神の認めた実力なんだから誰も文句付けたりなんて出来ねぇよ」
ライルが真剣な表情で続ける。
「冒険者ギルドに加入すれば、正式な依頼を受けることもできるようになる。神の試練より安定して稼げる…と思ったが毎日孤児院に帰る必要があるんだったな。悪い。忘れてくれ」
これは……成長するチャンスかもしれない。
「考えてみます」
「ああ。もし興味があったら、明日の午後にギルドに来てくれ。案内してやる」
そう言って、ライルは手を振って去っていった。
考えてみます、とは言ったものの僕たちはギルドに入る以外の選択肢は残っていないような気がする。
本もたくさんあるみたいだし、ちょっと明日が楽しみだな。
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