第16話 集団戦の答え
スライムの集団戦が始まってから、一ヶ月が経っていた。
今日もいつものように神の試練に挑む。転移の光に包まれ、石造りの小部屋に現れる。
テーブルの上の羊皮紙を確認する必要もない。もう見飽きた内容だから。
『スライム六体を倒せ』
「今日も同じね」
ルシェルが苦笑いを浮かべる。でも、彼女の表情には以前のような不安はもうない。この一ヶ月で、僕たちは確実に強くなっていた。
扉を開けて部屋に足を踏み入れる。天井に6体のスライムがへばりついているのを確認する。もはや見慣れた光景だ。
スライムたちが一斉に落下してくる。でも、もう動揺はしない。
「ファイアーボール!」
ルシェルが部屋に入ると同時に魔法を発動させる。彼女の火球は以前とは比べ物にならないほど大きく、熱量も桁違いだった。
ドオォン!
爆発音と共に、4体のスライムが一瞬で蒸発した。
「威力上がったなぁ……」
僕は思わず感嘆の声を上げる。一ヶ月前は一体を倒すのがやっとだった火球が、今では4体同時に処理できるまでになっている。
「えへへ。練習の成果よ」
ルシェルが嬉しそうに笑う。残るは2体のスライム。
「ルシェル、今度は僕一人に任せてもらえる?」
「え? 大丈夫?」
「うん。新しい風纏を試してみたい」
僕はナイフを構えて前に出る。2体のスライムが床に着地し、こちらに向かって跳ねてくる。
深く息を吸い、体内の魔力を循環させる。でも今度は背中から風を起こすのではない。
体全体を、薄い風の膜で包み込む。
まるで見えない鎧を纏うように、全身に圧縮した風を張り巡らせる。これが一ヶ月かけて完成させた、新しい風纏だった。
スライムが跳びかかってくる。僕は故意に避けようとしない。
その瞬間——
体を包む風が、まるで見えない手に押されるように僕の体を横にずらした。スライムの体当たりが僕の頬をかすめて通り過ぎる。
「おお……」
自分でも驚いた。風纏が自動的に攻撃を回避してくれた。
もう一体のスライムが側面から襲いかかる。またしても、風の膜が僕を押しのける。今度は後ろに一歩下がる形で回避した。
『これは……便利すぎる』
客観視の影響か、体を包む風がまるで僕の一部のように感じられる。風纏の内部で何が起こっているのか、全てが手に取るように分かる。
相手の攻撃により互いに近づこうとすると、相互に押しのけるように回避行動を自動的に取ってくれる。これなら目で見なくても、相手の動きが分かる。
僕はナイフを構えたまま、まるで踊るようにスライムたちの攻撃を避け続けた。右に、左に、後ろに。体が軽やかに流れるように動く。
十分に相手の動きを観察した後、僕は反撃に転じた。スライムが跳びかかってくる瞬間を見計らって、一閃。
一体目のスライムにナイフを滑り込ませる。その隙に飛び掛かってきたもう一体は風纏に任せるままに躱す。
それを繰り返し、片方のスライムが崩れ落ちる。
そうなったら後は残り一体に集中するだけだ。あっさりと二体を倒すことができた。
「やった……!」
僕は思わず拳を握った。初めて、二人とも完全無傷でスライム6体戦をクリアできた。
「すごいじゃない!動きが全然別物だったわ!!」
ルシェルが拍手しながら駆け寄ってくる。
「これなら……試練を超えられたんじゃないかな?」
部屋の奥に木箱と転移陣が現れる。箱を開けると、いつものようにスライム核が6個入っていた。でも今日は、疲労感がほとんどない。
転移陣で神殿に戻ると、メルナが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ミオル! 今日は全然痛くなさそう!」
「うん。新しい技を覚えたからね」
「すごい! ミオルかっこよかった!」
メルナの無邪気な笑顔を見て、僕も自然と笑みがこぼれた。
次の日。
文字通り祈るような気持ちで神の試練に挑んだ。もしかしたら、今度こそ新しい試練が始まるかもしれない。
転移の光に包まれ、いつもの小部屋に現れる。テーブルの羊皮紙に目を向ける。
『スライム四体とゴブリン二体を倒せ』
「……!」
ルシェルと僕は顔を見合わせる。ついに、内容が変わった。前に進めた。
「やったね、ミオル!」
「うん……でも、油断は禁物だ」
ゴブリンとスライムの混成。6体という数は変わらない。ゴブリンが入った分、難易度が上がっているのだろう。
「前回、余裕があったから……今度は僕だけで挑んでみるよ」
「え? 大丈夫?」
「新しい技をもう一つ試してみたい」
僕は風纏を発動させた状態で部屋に入った。
「うわあ…エグいなあ…」
ゴブリンは二体とも棍棒を持っていた。しかも、明らかにスライムと連携を取って包囲を縮めてきた。
間合いに入ると同時にスライムが下から跳ね上がる。同時にゴブリンが上から棍棒を振り下ろしてきた。タイミングのあった攻撃だ。
風纏で後ろに下がって両方の攻撃を避けることはできるだろうけど、それじゃあ攻撃には繋がらない。
相手の隙ができるまで様子見になってしまう。でも、今の僕にはもう一つの手がある。
足を踏みしめ、地面に魔力を込めた。
ズバンッ……!
石畳の床の上に腰の高さまでの土の壁が瞬時に形成された。
スライムの体当たりが土の壁にぶつかり、一瞬だけ足止めされる。その隙に、僕はゴブリンの棍棒を搔い潜った。
ゴブリンの懐に滑り込み、ナイフを心臓目掛けて突き刺す。
「地返し」
僕が密かに名付けた、もう一つの答えだった。
土の壁は脆く、すぐに崩れてしまう。でも、一瞬だけ敵を足止めして1対1の状況を作り出すには十分だった。
残ったスライム4体とゴブリン1体を相手に、僕は風纏で周囲を確認しながら立ち回る。
風纏があれば、複数の敵の攻撃も何とか躱せる。相手の動きを見ながらピンポイントで地返しで足止めし、攻撃できる隙を作り出す。
僕は安定した状況を維持することだけに集中する。この戦い方はインファイトが一番やりやすいみたいだ。
気付くと、いつの間にか全ての敵が倒れていた。
「はあ……はあ……」
さすがに一人で6体は疲れる。でも、やり遂げた達成感があった。
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そういえば、この魔法を覚えたときは使えないなと思ったんだよな。
集団戦が始まった頃、僕は風以外の魔法が使えないか調べていた。現状を変えるために、何であれもう一手が欲しかった。
神の目で見た様々な魔法を思い出しながら、魔力を操作して再現を試みる。火は全く感触がなかった。水も同様。光や闇も駄目だった。
でも、土だけは違った。微かに、魔力が反応する感覚があった。
神の目で見た土の魔法使いは「ストーンウォール」で巨大な石の壁を作り、敵の魔法攻撃を防いでいた。
僕も同じことを試してみたが、できたのは足に触れるほど近くに、脆い土を盛り上げることだけだった。
『やっぱり放出系は苦手みたいだ』
距離のある場所に土を作り出すことはできない。でも、その代わりに発動が早い。
そして後で分かったことだが、新しい風纏が発動している状態なら、風纏を維持している魔力を一部変換して一瞬に近い発動が可能だった。
今はまだ脆い土だけど、即座に使えるなら近接戦闘で足止めに使えるんじゃないだろうか。
集団戦で足止めできる。それだけでも、戦術の幅は大きく広がる。
その後、訓練で何とか腰ぐらいまでの高さまで壁を生成できるようになった僕は、それを「地返し」と名付けた。
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「一人で6体!ミオル!やったわね!!」
「何とかね。流石に一人は疲れるね・・・」
地返しを習得した時のことを考えているとルシェルに祝福された。
そうこうしていると部屋の奥に木箱と転移陣が現れた。箱を開けると、見慣れたスライム核が4個と小さな魔石が2個。
魔石は魔道具の材料になるもので、買取対象となっている。
買取のカウンターに行って売却すると今日の買取価格は8銀貨になった。2銀貨のUPだ。
孤児院に帰りながら、明日は更に上手くいきそうな予感がしていた。
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