第18話 冒険者ギルドへ
翌日の午後、僕たちはライルと一緒に冒険者ギルドに向かった。ライルが約束通り案内してくれるということで、三人揃って神殿を出発する。メルナは相変わらず僕の手をしっかりと握っている。
「緊張するな」
ルシェルが小さく呟いた。確かに、冒険者ギルドという響きは僕たちには縁遠かった。もっと大きくなってから、孤児院を出た後にでも入るんだろうかぐらいに考えていた。しかし、今必要ならば行くしかない。
ギルドの建物は神殿ほどではないが、それでも街でも有数の立派な建造物だった。石造りの二階建てで、出入りする冒険者たちの姿が見える。皆、僕たちよりもずっと年上で、武器や防具を身に着けている。革と汗と獲物の血の臭い。酒場が併設されているようでお酒も交じり合った独特の匂いがする。
「まあ、子供が来るには場違いに見えるかもしれねぇが、実力があれば問題ねぇ」
ライルが苦笑いを浮かべながら言った。確かに場違い感はあるが、引き返すわけにはいかない。
建物に入ると、一階は広いロビーになっていた。壁には依頼書が貼られた掲示板があり、何人かの冒険者が内容を確認している。奥には受付カウンターがあり、そこに一人の女性が座っていた。
金髪をウェーブにした美しい女性で、青い瞳が印象的だった。年齢は20代半ばくらいだろうか。制服を着て、プロフェッショナルな雰囲気を醸し出している。
「あ、ライルさん。お疲れ様です」
受付嬢が笑顔で挨拶した。明らかにライルのことをよく知っている様子だ。
「よお、レイラ。ちょっといいか?」
ライルがカウンターに近づく。レイラという名前なのか。彼女は僕たちを見て、一瞬訝しんだ。
「ライルさん、この子たちは……?」
「奥で話せるか?少し込み入った話なんだ」
ライルは声を落として話した。
「分かりました。こちらへどうぞ」
レイラは席を立ち、カウンターの奥にある小さな応接室へと案内してくれた。扉を閉めると、外の喧騒が遮断される。
「こいつらは孤児院の子でな…。二人にギルドカードを発行してもらいたい」
ライルの言葉に、レイラの表情が変わった。そして僕たちを改めて見つめると、何かを察したような顔になった。
「まさか……神の試練を?」
「ああ。上の二人がチュートリアルをクリアしてる」
レイラの驚きは隠しきれなかった。驚きと、何か別の感情が混じったような複雑な表情だった。
「この子達がチュートリアルを……?信じられません」
「信じられねぇだろうが、俺も主神の目で確認してる。間違いねぇ」
「まぁ貴方が言うのであれば、チェック済みとして私の権限で通しましょう。それにそんな嘘をついてもすぐにバレますしね」
レイラは僕たちを改めてじっと見つめた。その視線には、ただの驚きではない何かが込められているような気がする。まるで僕たちの内面を見透かそうとしているような。
「分かりました。ではお二人の登録手続きを進めさせていただきます」
レイラは席を立ち、奥から書類を持ってきた。しかし、その対応にはライルに対するものとは微妙に違う、やや事務的な雰囲気があった。
「お名前をお聞かせください」
「ミオルです。こちらはルシェルです」
「ミオル様、ルシェル様ですね。年齢は?」
「僕もルシェルも6歳です」
レイラのペンが一瞬止まった。
「……6歳。史上最年少記録を大幅に更新ですね」
メルナが心配そうに僕の手を握りしめた。
「メルナも一緒に行ける?」
小さな声での問いかけに、レイラが優しい表情を向ける。
「メルナちゃんはお兄さんたちのお手伝いをしてくれるのね。でも、ギルドの正式な登録は試練を受けてからになります」
彼女は書類に記入を続けたが、時折僕たちを見る目に何か測るような表情があった。特に僕を見る時の視線が、ルシェルやメルナを見る時と明らかに違う。
「ギルドカードの発行には少しお時間をいただきます。その間に施設をご案内しましょう」
レイラが立ち上がり、僕たちを案内してくれることになった。ライルも一緒についてくる。
「こちらが依頼掲示板です。正式な冒険者になれば、ここから依頼を受けることができます」
壁一面に貼られた紙には、様々な依頼内容が書かれていた。魔物討伐、護衛任務、物品運搬など、多岐にわたる。
「ただし、依頼に関しては個々人の適正に合わないと受付が判断した場合は受けられません。私達はそのために各冒険者の情報を調べる権限と受付拒否の裁量があります。いくら強くて魔物討伐ができようが、貴重な物品の運搬を任せられるかどうかは別ですので」
「また、私達に相談頂ければその冒険者に最適な依頼をご提案することも可能ですのでご検討ください」
レイラが続ける。
「それから、冒険者としての資格を維持するためには、1ヵ月に最低一回は依頼を受ける必要があります。1ヵ月間全く依頼を行わないと冒険者資格が失効してしまいますので、ご注意ください」
「こちらが図書室です」
レイラが案内してくれた部屋には、こじんまりとしていたが天井まで届く本棚がずらりと並んでいた。薬草図鑑、魔物図鑑、魔法理論書、罠や鍵の構造書、各地の地理書など、冒険者に必要な知識が詰まった本が無数にある。
中央には閲覧用のテーブルと椅子が置いてあった。
「冒険者になれば、ここは自由に利用できます。本の持ち出しは禁止です。知識は冒険者にとって生命線なので是非ご利用ください。お金を掛けてる割になかなか使ってくれる人は居ないんですけどね」
これだ。これこそが試練が僕たちに必要だと突きつけたものだ。冒険に対する体系的な知識。
「すげぇ本の数だろ?俺も昔はよく通ったもんだ。上に行ったやつでここで勉強してないのはいねぇからな」
ライルが誇らしげに言った。
「奥に訓練場があります。大一つに小二つがありまして、大訓練場は共用、小訓練場は貸し切りが可能です」
レイラが建物の奥を案内してくれる。大きな扉の向こうに、広い訓練場が見えた。数人の冒険者が剣術の稽古をしている。
レイラが別の扉を示す。
「小訓練場はこちらです。扉を閉めれば中は見えません。冒険者は誰しも他人に内緒の切り札の一枚や二枚持つものですから」
レイラが意味深に続ける。
「悲しいことですが、冒険者崩れが野盗になることも珍しくありません。手の内を全て見せるのは危険なのです」
確かに理にかなっている。生き残るための技術を他人に簡単に見せるべきではない。
「なあ、レイラ。俺がこの子たちに稽古をつけてもいいか?小訓練場貸し切りで」
ライルが突然提案した。
「貴方が稽古を?」
「ああ。せっかくの逸材だ。俺が剣術を教えて、もっと伸ばしてやりたい」
レイラはちらりと僕を見て少し考えてから答えた。
「ライルさんがそう仰るなら……問題ないと思います。ただし、安全には十分注意してください」
なぜかレイラの答えには、僕に対する警戒のようなものが含まれているような気がした。まるで僕が何か危険な存在であるかのような。
「あの、謝礼の件ですが……」
僕が口を開くと、ライルが手を振った。
「あー、気にすんな。俺も昔は色んな人に世話になったからな。恩送りってやつだ」
「でも……」
「それに、お前らみたいな逸材を育てるのは俺にとっても勉強になる。それが報酬だと思ってる」
ライルは神妙な顔でそう言いながら、内心では別のことを考えていた。
(こいつらは間違いなく最高に知名度のある冒険者になる。神の目観戦マニアとしての俺がそう言ってる。最年少記録の話題性に顔の良さ、こういっちゃ何だが孤児院から這い上がる物語性も良い。世界はまだこいつらを知らないが、いずれ主神の目で必ず注目される。俺がプロデュースしたこいつらを世界に見せつけられると思うと楽しみでたまらんわ)
レイラも口を挟む。
「ライルさんは祝福Ⅱの剣士ですからね。その方に指導していただけるなんて、本来なら大金を積んでもお願いしたいところです」
「よし、それじゃあ決まりだ。午前中は図書室で勉強、午後は俺が空いてれば剣術を教える。空いてないときは午後に神の試練だ。後忘れんように1ヵ月に一回は町中の依頼を受ける。どうだ?」
ライルの提案は魅力的だった。知識と実技、両方を学べる環境が整う。
「それで良いです。ありがとうございます」
僕が答えると、ライルは満足そうに頷いた。
手続きが完了し、僕とルシェルはギルドカードを受け取った。薄い金属製の板には名前、生年、髪色、目の色、性別、そして数字の羅列によるID番号が刻まれている。
僕のカードには「ミオル・253年・茶色・青・男・ID:00472639」、ルシェルのカードには「ルシェル・253年・銀色・紫・女・ID:00472640」と記載されている。253年というのは星辰歴253年のことで、この国の建国時に改められた暦だ。これで正式に冒険者として認められたということだ。
メルナは少し寂しそうにしていたが、僕が頭を撫でると笑顔を見せた。
「メルナも大きくなったら一緒にね」
「うん!」
「それでは、明日からよろしくお願いします」
レイラが丁寧に頭を下げたが、やはりその表情には何か複雑なものがあった。
ギルドを出た後、ライルが嬉しそうに話しかけてきた。
「いやー、楽しみだな。お前らみたいな逸材を育てるなんて、滅多にない機会だ。俺も燃えてきたぜ」
どうやらライルは、僕たちを一人前の冒険者に育て上げることに本気のようだ。
どういった理由でかは分からないけど、利用できるものは何でも利用してやろう。今の僕たちに手段を選ぶ余裕は無いんだから。
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