第5話 神の目

「十五歳……絶対に十五歳にならないといけないんですか!?」


僕は必死に食い下がった。


「最低限の技量が必要だからね。普通は十五歳くらいまで訓練を積んでようやく達するものなんだ」


神官は困ったような顔をした。


「もし、その技量があれば?」

「それは……でも、四歳の子供にそんな技量なんて」

「見学はできますか?」


僕は一旦話を変えた。

『ここで押し問答をしても仕方ない』ともう一人の僕が言っている。


「見学?」

「他の人が試練を受けているところを見たい」


神官は優しく微笑んだ。


「ああ、それなら『神の目』があるよ。みんな見取り稽古をしたり娯楽として楽しんでいるからね」

「神の目?」

「試練に挑戦している人の様子を、外から見ることができる神の奇跡だ。黒い石板のようなもので、そこに映像が映し出される」


『それだ』

『それを見れば、試練がどんなものか分かる。どんな技量が必要なのかも』


「見せてもらえますか?」

「もちろん。神の目は誰でも自由に見られるよ。さあ、こっちへ」


神官は僕たちを神殿の中に案内してくれた。

入ってすぐ、正面に大きな受付があった。そこには「試練受付・買取所」と書かれた看板が掲げられている。剣を持った人が何かの素材を見せて査定を受けていた。


「試練を受けたい人は、あの受付で登録してから小部屋で祈るんだ」


神官が説明しながら、僕たちを横の通路へと案内する。通路の両側には小さな扉が並んでいた。


「この小部屋は小伽藍しょうがらんと言ってそれぞれ違う神様の像と神の目があるんだよ。ここで神様に祈れば、試練を受けられる」


扉の一つを少し開けて見せてくれた。中には人が数人入れる程度の小さな礼拝室があり、神像と石板――神の目が置かれている。

神の目には鍛冶作業を行っている大人の男の人が映っていた。

カンカンカンと、ハンマーが金床を叩く音が聞こえる。


「音まで聞こえる」


僕は驚いた。


『でも、お金がないと鍛冶の技術は上げられない』


頭の中の僕が分析する。


『他の職人も同じだ。商人は元手が要るし、農家だって土地や農具が必要になる。今の自分が鍛えられるのは、棒切れでも素振りができる剣術ぐらいのものだ』


「まぁ今回は見学だから、主神の目がある主伽藍しゅがらんを案内しよう」


そう言って、神官は中央の大きな扉を開けた。

中は階段状の観覧席になっていた。まるで劇場のような造りで、既に多くの人が座って前方を見つめている。

最奥部には巨大な神像がそびえ立ち、その前の壁面に巨大な石板――主神の目が設置されていた。


「これが主神の目だ。主神の目は世界中の神殿と繋がっていて、他の神殿の人でも見れるんだよ」


神官が指差す先、石板には鮮明な映像が映し出されていた。洞窟のような場所で、冒険者たちが魔物と戦っている。


「すごい……」


ルシェルが息を呑む。

剣を振るう戦士。魔法を放つ魔法使い。傷を癒す僧侶。

みんな、必死に戦っている。


『この動き……』


僕は冷静に観察する。戦士たちの動きを記憶に刻み込むように。

足の運び。剣の振り方。体重の移動。呼吸のタイミング。

必死に覚えようとする。


『真似できるかもしれない』


そう思った。


「ミオル?」


ルシェルが心配そうに僕を見る。


「大丈夫。ただ、見てるだけ」


でも、ただ見ているだけじゃない。僕は学んでいる。

この神の目を使えば、本よりもずっと効率的に学んでいける。


「あの、ここには毎日来てもいいですか?」


神官は驚いた。


「毎日?」

「はい。神の目を見に」

「良いけれど、騒いだりしないようにね。神前だし、真剣に挑んでいる方も居るからね」

「ありがとうございます」


僕は深く頭を下げた。

帰り道、ルシェルが聞いてきた。


「ミオル、本気なの?」

「うん」

「でも、あんな風に戦えるようになるの?」

「なる」


僕は断言した。


「絶対になる。そして、神の試練をクリアして、お金を稼ぐ」

「でも、十五歳にならないとって——」

「十五歳まで待てない」


僕は立ち止まって、ルシェルの目を見た。


「六年しかない。その前に、絶対に何とかする」


ルシェルは少し黙ってから、小さく笑った。


「うん。わたしも一緒に頑張る」

「ルシェルも?」

「わたしの事でもあるし。それに、ミオルと一緒に居るためならいくらでも強くなれる」


その言葉が嬉しかった。

神殿から孤児院に戻る道、僕たちは手を繋いで歩いた。

フードで顔を隠しながら。

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