第4話 神殿と神の試練
借金の話を聞いてから、僕は毎日考えていた。
どうやったら白金貨二十枚を稼げるのか。
『無理だよ』
頭の中の僕が言う。
『四歳の子供を雇ってくれる場所なんてない』
『それに、雇ってもらえたとしても、給料なんてほとんどもらえない』
そうだ。分析すればするほど、答えは一つしかない。
普通の方法では無理だ。
「ミオル、何考えてるの?」
ルシェルが心配そうに覗き込んでくる。最近、僕がずっと難しい顔をしているから。
「お金のこと」
「お金……」
ルシェルの顔が曇る。彼女も、あの話を聞いてから不安なんだ。
「ねえ、ルシェル」
「なに?」
「髪、切ってもらえる?」
「え?」
ルシェルは驚いた顔をした。彼女の赤い髪は、本当にきれいだ。でも——
「男の子みたいな髪型にして」
「どうして?」
「きれいすぎるから」
僕は正直に言った。
ルシェルの頬が薄く赤く染まった。
「きれいな子は、早く売られる。十歳になる前に」
赤かったルシェルの顔が青ざめていく。
「じゃあ、ミオルも……」
「僕も何か考える。でも、まずはルシェルから」
次の日、世話係のお姉さんに頼んで、ルシェルの髪を切ってもらった。
「どうして切るの? もったいない」
お姉さんは残念そうだったけど、ルシェルが「暑いから」と言うと、しぶしぶ切ってくれた。
ショートカットになったルシェルは、確かに男の子みたいに見えた。でも、やっぱりきれいだった。
「これじゃだめだ」
僕は考えた。そして思いついた。
「お姉さん、僕たちにフード付きのローブがほしい」
「フード? どうして?」
「こわい人がいたら、顔を隠せるから」
「防犯のため?」
「うん」
お姉さんは少し考えてから、古いフード付きのローブを持ってきてくれた。
「これでいい?」
「ありがとう」
それから僕たちは、いつもフードをかぶるようになった。顔が見えにくければ、きれいかどうかもわからない。
でも、これは時間稼ぎでしかない。
根本的な解決にはならない。
ある日、僕は年長組の部屋に行った。
「お金を稼ぐ方法って、何かありますか?」
カイルが振り返った。
「お金? 四歳の子供が?」
「はい」
「……無理だろ。普通に働くなんて」
「普通じゃない方法は?」
カイルは考え込んだ。他の年長組も集まってくる。
「冒険者になるとか?」
「でも、ギルドに登録するには試験を受けないといけないんじゃなかったか?」
「あとは……神殿の神の試練?」
神の試練。
その言葉に、僕は興味を持った。
「神の試練って?」
「神様が与える試練に挑戦して、クリア出来たら報酬がもらえるんだ」
「子供でもできる?」
「いや、普通は15歳ぐらいからじゃね?」
「でも、ルチア様とか10歳ぐらいだろ」
「あー、万象の乙女のな。あれは別格だよ。神の目にいつも映ってるし」
「天才は違うよなあ……」
年長組でも意見が分かれてるみたいだ。
「詳しく教えてください」
「自分もやったことないから詳しくは知らないんだよなあ。神殿に神官が居るからその人に聞いてみたらいいんじゃないか?」
『行ってみる価値はある』
頭の中の僕が言う。
「ルシェル、明日神殿に行ってみない?」
「神殿?」
「うん。神の試練について聞きたい」
ルシェルは少し不安そうだったけど、頷いた。
「ミオルと一緒なら」
翌日の朝食後、僕たちは初めて孤児院の外に出た。
世話係のお姉さんに「近くで遊んでくる」と言って。本当は神殿まで歩いて三十分もかかるけど。
孤児院の門を出ると、まず土の道が足元に広がっていた。
「あ……」
ルシェルが少し戸惑ったような顔をする。踏み固められた土道。近所の人たちが挨拶を交わしたり、荷物を運んだりしている。
周りには庶民の住宅が立ち並んでいる。孤児院と似たような、質素だけどしっかりとした造りの家ばかり。洗濯物を干している家もあれば、軒先で野菜を売っている家もある。
「こんな風に生活してるのね……」
ルシェルが小さく呟く。その瞳には興味深そうな光が宿っている。
僕たちが通りかかると、何人かの大人が優しく会釈してくれた。ルシェルは少し緊張しながらも、丁寧にお辞儀を返していた。
「ミオル、あそこ」
ルシェルが前方を指差す。
数分歩くと、土道の先に違う景色が見えてきた。
そして――
「うわぁ……」
ルシェルが目を輝かせる。
石畳の道が現れた。きれいに敷き詰められた石の道。その両側には、商店が立ち並んでいる。
「別世界みたい」
本当にそう思った。
つい先ほどまで歩いていた土道とはまるで違う。こちらは活気に満ちていて、人通りも多い。行き交う人々、馬車の音、商人の売り声。
「ミオル、あれ見て!」
ルシェルが指差す先には、アクセサリーを売る露店があった。銀の腕輪や色とりどりの髪飾りが並んでいる。
「きれい……」
ルシェルが銀色の精緻な腕輪を見て目を輝かせた。でも、僕たちにはお金がない。見るだけだ。
石畳の商店街をさらに進むと、もっと大きな広場に出た。広々とした石畳の空間に、様々な露店や商人たちが並んでいる。
「すごい……」
ルシェルが広場の賑わいを見渡す。
「ルシェル、あまり離れないで」
「うん!」
広場を横切ると、遠くに尖塔が見えてきた。
「あれが神殿?」
「たぶんそう。聞いてた通りだから」
近づくにつれて、建物の大きさが分かってきた。白い石で作られた巨大な建物。尖塔は空に向かって真っすぐ伸びている。
入り口には、白い衣装を着た人が立っていた。
「あの、すみません」
僕が声をかけると、その人は優しく微笑んだ。
「どうしたの? 迷子かな?」
「違います。神官の方ですか?神の試練について聞きたくて」
神官は驚いた顔をした。
「確かに私は神官だけれども…。君たち、いくつ?」
「四歳です」
「四歳……」
神官は困ったような顔をしたけど、僕たちの真剣な表情を見て、しゃがみ込んだ。
「神の試練について知りたいの?」
「はい」
「そうか……じゃあ、少し説明してあげよう」
神官は立ち上がって、神殿の中を指差した。
「この神殿は、神様に試練を奉納する場所なんだ」
「奉納?」
「そう。私たちが試練に挑戦する姿を神様にご覧いただくんだ。戦士なら勇敢な戦いを、商人なら巧みな交渉を、鍛冶師なら見事な作品作りを奉納する」
「神様に見てもらうの……」
「その通り。祈る神様が誰かによって、奉納する試練の内容も変わる。そして神様がその挑戦を楽しんでくださると、褒美をくださるんだ」
ルシェルが興味深そうに聞いている。
「褒美?」
「神様が私たちの奉納に満足してくださった時、その満足の度合いに応じて褒美をくださるんだ。祝福の成長に必要な素材や道具、食材、時には貴重な品物などね。より見事な奉納をすれば、より良い褒美をいただける」
「それは売れますか?」
僕の質問に、神官は当然のように頷いた。
「もちろん売れるよ。神殿には買取所も併設してるぐらいだからね。神様からいただいた褒美を必要としない人は、そこで適正価格で買い取ってもらえる」
『それなら、年齢に関係なくお金を稼ぐ方法になる。足元を見られる心配もない』
『でも、どんな試練が出るんだろう?』
「誰でも挑戦できますか?」
神官は再度しゃがんで僕たちに目を合わせた。
「君たちはちょっと小さすぎるね。十五歳ぐらいになったら挑戦してみてね」
「え・・・?」
僕の血の気が引いた。
十五歳まで待てない。
僕たちには時間がない。
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