第6話 自分の中の魔力

5歳になった。

神殿に通い始めてから、もう一年が経つ。

毎日、神の目で挑戦者たちの戦いを見続けている。

最初はただ見るだけだった動きも、今では意味を理解できるようになってきた。


「ミオル、今の見た?」


ルシェルが興奮気味に聞いてくる。


「うん。あの剣士、重心移動が上手い」


「わたしも真似してみたい」


僕たちは孤児院の裏庭で、毎日素振りをしている。

木の枝を剣に見立てて、神の目で見た動きを再現しようと試みる。

大人たちから見れば、ただのチャンバラごっこだ。


「元気なのは良いことだ。健康には価値がある」


院長は僕たちを見もせずに、帳簿を眺めながら呟いていた。

でも、僕たちは真剣だ。

一振り、一振り。理想の動きをなぞるように。


「ルシェル、さっきの動き、もう一度やって」

「こう?」


ルシェルが先ほど見た剣士の動きを再現しようとする。

僕は自分が客観視で体得した動きと彼女の動きを確認しながら、指導していく。


「違う、もう少し腰を落として」

「こうかな」

「そう!それ!」


僕たちは何度も動きを確認し合う。一戦やるごとに、改善点を話し合う。子供の遊びにしては異常なほど真剣だけど、それでいい。

残された時間は、あと5年。


その日も、いつものように立ち合いの練習をしていた。


「やっ!」


ルシェルが振り下ろした木の枝が、僕の防御をすり抜けて手の甲に当たった。

思ったよりも勢いがあって、皮膚が切れてしまった。


「ごめん!ミオル!」

「大丈夫、ちょっと切れただけ」


血が滲んでいるけれど、浅い傷だ。ルシェルは心配そうに僕の手を見つめている。


「すぐに治るよ。子供の傷なんてすぐに塞がるし」

「でも……」

「本当に大丈夫。神殿に行こう。今日も神の目で勉強しないと」


傷のことは忘れて、いつものように神殿へ向かった。


神殿に着くと、いつものように神の目の前で挑戦者たちの戦いを観戦した。

今日は特に魔法使いの戦いが多く、魔法の使い方を注意深く観察していた。


試練が終わり、挑戦者たちが去っていく。その時、白い法衣を着た回復職の女性が僕たちのそばを通りかかった。優しそうな人だ。


「あら、その手……怪我してるじゃない」


女性が僕の手の甲の傷に気付いた。


「練習で少し切っただけです。大丈夫です」

「だめよ、ちゃんと治さないと。傷跡が残ったら大変」


女性は僕の返事を待たずに、優しく僕の手を取った。


「これくらいなら、すぐ治してあげる」


女性が僕の手に手をかざす。淡い緑色の光が手のひらから溢れ、僕の傷口を包み込んだ。

その瞬間、僕は感じた。

体の中を何かが流れている。温かくて、優しい何か。

それが女性の手から僕の体内に入り込み、傷口に集まっていく。

それに引き寄せられるように、僕の中、胸の辺りからも何かが引き出されて集まっていく。

その流れが、体内での動きが、客観的に『分かる』


(これは……魔力?)


傷が見る見るうちに塞がっていく。痛みも消えた。


「はい、もう大丈夫よ」

「ありがとうございます」


女性は微笑んで去っていった。でも、僕の意識は自分の体内に残る感覚に集中していた。

さっき流れ込んできた魔力。その一部がまだ体の中に残っている。いや、それだけじゃない。元々僕の体の中にもあったんだ。ただ、気付いていなかっただけで。


「ミオル?」

「ルシェル、ちょっと待って」


僕は手のひらを見つめる。さっき女性がしたように、意識を集中させてみる。

体の中にある温かい何か。それを手のひらに集めようとする。

客観視が、体内の魔力の流れを映し出す。胸の奥から、腕を通って、手のひらへ。

微かに、本当に微かに、魔力が動いた気がした。


「ミオル、何してるの?」

「もしかして、僕にも魔法が使えるかもしれない……」


ルシェルの目が輝いた。


「本当?」

「まだ分からない。でも、魔力は感じた」


魔法は祝福とは無関係に使用でき、肉体と同様に鍛えることで技術・魔力共に向上すると言われている。

だが最初に外から見えない状態で、魔力も微小な状態から魔力を感じて動かすまでが難しく、ここを乗り越えられるかで魔法を使える/使えないが分かれる、と本に書いてあった。

僕の「客観視」は僕の内面を見れることで、あっさりと最大の障害を越えてしまっていた。


その日から、僕たちの修行に新しい項目が加わった。

剣術の練習の後、魔力を感じて動かす練習。

最初は全然上手くいかなかった。魔力を感じることはできても、それを制御することができない。

水を手ですくおうとしても、指の間から零れ落ちてしまうような感覚。


「でも、少しずつ感じるようになってきた」


僕が客観視で見た魔力の流れを、言葉で説明する。

それを聞いて、ルシェルも同じように試してみる。

ルシェルも魔力の感覚を掴み始めていた。

どうやらルシェルは祝福は無いけれど魔法に対する才能はあったみたいだ。


「胸の奥から、ゆっくりと熱を移動させる感じで」

「うん」

「急がないで。少しずつでも良いから、今の位置を見失わないように」

「分かった」


二人で並んで座り、目を閉じて集中する。

孤児院の大人たちは、僕たちが昼寝でもしているのだと思っているらしい。


「最近、あの二人は大人しくなったね」


そんな声が聞こえてくる。

でも、僕たちの中では激しい格闘が続いていた。目に見えない魔力という力を、どうにか制御しようとする戦い。

神殿での観戦も続けている。今度は魔法使いの戦いも注意深く見るようになった。

杖から放たれる炎。地面から立ち上る土の壁。空気を切り裂く風の刃。

どれも魔力を形にしたものだ。でも、どうやって?


「形をイメージすることが大事なのかな」

「でも、イメージだけじゃ足りない気がする」


試行錯誤の日々。

でも、楽しかった。ルシェルと二人で、新しい可能性を探っていく時間。

借金のこと、将来のこと、不安はたくさんある。

でも、今この瞬間は、純粋に魔法という未知の力に挑戦することに夢中になれた。

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