第17話:思いがけない活路

「調べたいところはくまなく調べられたし、吹奏楽部の人たちが優しいってことは分かったけど、成果は一つだけだったね」

 机上に頭だけを乗せて、閉じたせいかノートに目を向けながら七瀬川ななせがわが嘆く。

 分かったのは、美術室と同様に基本的には高窓を開けっ放しにしているということ。『モナ・リザ』のように持ち運ぶものはないため出入りすること自体はできるだろう。しかし、こちらはピアノを弾いて即座に、ばれずに高窓を通って逃げなければならない。時間的に無理がある。

「まだ、調べ始めた段階ですし、そう落ち込むことはないですよ」

「でも『呪いの寄贈本』のときみたいに、ううん、もっと時間がかかるかもしれないよ。できるだけ多く解明したいんだけどね、卒業までには」

 卒業。

 その言葉が得も言われぬ寂寥感せきりょうかんを掻き立てた。

 しかし、声にできる形としてうまくまとまらない。

 口に出したい衝動に駆られて、代わりに謝罪の言葉が出てくる。

「確かに、卒業したらこの高校の七不思議を調べるのは難しくなりますよね。無遠慮でした。すみません」

「えっ、違う違う。謝らないで。むしろ、感謝しているんだよ。ヒグマくんのおかげで七不思議に挑む勇気が出たんだから」

「俺のおかげですか?」

 日暮ひぐれが訊ねた瞬間、後ろからドアが開く音がした。

「あっ、雪森ゆきもり先生!」

 七瀬川が手を振った先に、日暮は反射的に椅子いすを動かして身体からだごと向けた。

「お疲れ様です」

「はい。二人とも、お疲れ様。今は何を調べているのかしら」

「『呪いの寄贈本』です」

 七瀬川は雪森が自前の椅子に座り、日暮が向き直ってから続けた。

「でも、ゴドナちゃんに聞いても音楽室を調べても手がかりがあまりなくて」

「ゴドナちゃん?」

「あ、そうか。私しか呼んでなかった。郷緒ごうお堂名どうなちゃん、略してゴドナちゃんです」

「郷緒さんって、確か軽音部の子よね?」

 軽音部?

「そうでもあるんですけど、メインは吹奏楽部なんです。水曜日とたまに金曜日だけ軽音部に出ていて」

 兼部していたのか、と日暮は驚いたが、腑に落ちてはいた。活気があるうえに多趣味な郷緒が、吹奏楽だけでは物足りないとなるのは自然だろう。

「あら、吹奏楽部にも所属していたのね。文化祭のときにキーボードを弾いている姿を見たから、その印象しかなかったわ。元気で笑顔が爽やかな子よね」

「はい。ゴドナちゃんのチャームポイントです」

 七瀬川はまるで自分が褒められたように胸を張って笑みを浮かべたが、何か引っかかりを覚えたのか突然に眉根を寄せた。

「軽音部……」

 つぶやいて、せいかノートを先頭から繰る。十枚めくったあたりで手を止めるとさっと目を通し、見つけたと言わんばかりにノートから顔を上げた。

「頭からすっかり抜け落ちていたよ。思い出してよかった!」

 ノートが日暮のほうへ向けられる。

 そこには、軽音部がまだ同好会だったときからの遍歴に関する概要がまとめられていた。

 軽音同好会が部に昇格する前は、逆に吹奏楽部が五十五名でコンクールに参加できるほどの大所帯だった。そのため、休みの日だったり、遠征や合宿などで吹奏楽部がいなかったりしていたときに音楽室を利用していたらしい。

 軽音同好会の人数が五人以上、すなわち部への繰り上がりを申請できるほどに人数が集まり、顧問の当てが見つかってからは軽音部となった。さらに舞い込んだのは新たな活動場所。視聴覚室が設立されたのだ。以降、軽音部は視聴覚室を活動場所とするようになり、今に至る。

「つまり、軽音部も音楽室を利用していたということですか?」

「そういうこと。ねえねえ、これは調べるべきだと思わない?」

 活路を切り開いたことで光をたたえた目が日暮に向いている。まぶしさにしばし心を奪われていたが、はっとすると慌てて言った。

「そうですね。軽音部としての郷緒先輩にも聞きに行ったほうがいいかもしれません。情報は多いほうがいいですから」

「よし、じゃあ、都合の合う日をゴドナちゃんに聞いてみるよ」

 七瀬川はその場ですぐ、気合の入った顔で連絡を入れた。

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