第18話:この道に自動はない

 郷緒ごうおと会う約束を取り付けてから翌週の月曜日に梅雨明けが発表された。太陽にようやく独擅場が訪れ、準備運動というには激しい暑さをもたらす日々が続いている。

 今日は水曜日。日暮ひぐれ七瀬川ななせがわは三号棟三階にある視聴覚室に赴いた。

 七瀬川がドアを開けると、冷房の空気がぶわっと押し寄せてくるとともに、耳を貫き心臓を揺らがす轟音が飛び出してきた。

 真っ白で無数の穴が整列している壁に四方を囲まれ、机と椅子いすが端に寄せられた空間のなか、魂を震わせる歌声、神経を痺れさせるギター、いぶし銀な音で支えるベース、そして、すべてを調和させるシンセサウンドが弾けている。

「失礼します。オカルト研究会の七瀬川です」

 演奏に負けない大きな声。日暮も同様にして挨拶をした。

 キーボードを弾いていた郷緒は顔を上げると、演奏を止めて部員に手を合わせながら頭を下げて、二人のもとへ駆け寄った。

「悪い、集中して時間のこと忘れちまっていた」

「時間ちょうどだから大丈夫だよ。こっちこそ、演奏中だったのにごめんね。待てばよかったかも」

「いや、時間は守るべきだからな。それで、今回も七不思議の件だっけ」

「そうなの。さっそく本題に入るんだけど……」

 控えめに演奏が開始された中、七瀬川は軽音同好会からの歴史を説明した。

 聞き終えた郷緒は感心しながら、お団子を避けて頭を撫でた。

「元々音楽室で活動していたなんて、あたしも知らなかったよ。よく調べたな」

「えへへ、すごいでしょ」

 二人が楽しそうにしているのを見ながら、日暮がふと演奏に耳を向けると、不思議なことに気付いた。

 郷緒が抜けたというのに、シンセサウンドが聞こえたままなのである。

 演奏者を見てみたが、ボーカル、ギター、ベース、ドラムしかいない。

「郷緒先輩。今、キーボードって誰も演奏していないですよね」

「ああ。自動演奏モードに切り替えたからな」

「自動演奏、ですか」

 言って、だんまりとキーボードを凝視する日暮を見て、七瀬川ははっとした。

「ヒグマくん、もしかして、もしかする?」

 日暮が頷くと、七瀬川はつばを飲み込み、郷緒に聞いた。

「ねえ、ゴドナちゃん、プレイリストの中に『別れの曲』ってある?」

「あると思うけど、ちょっと待ってくれ。説明書にプレイリストと番号が書いてあったはずだから」

 すると、郷緒は楽器庫へ行き、しばらくして戻ってきた。

「お待たせ。『別れの曲』はあった。流してみるか?」

「うん。お願い」

 郷緒が再び頭を下げながら部員に声をかけると、全員快く演奏を止めてくれた。

 鍵盤向きの長くがっしりとした指がテンポよくいくつかのボタンを押す。

 最後のボタンが勢いよく押されたその瞬間だった。

 流れたのは『別れの曲』、ピアノのソロ。

「流れている、流れているよ!」

 日暮の袖を引っ張りながら、七瀬川は興奮して言った。

「ピアノという考えに縛られてキーボードにまでは思い至りませんでしたね」

「どうしたんだよ、二人とも」

 郷緒はいまいちピンと来ていない顔をして短い髪を掻いた。

 七瀬川が興奮気味な笑みをしながら、日暮を連れて近寄る。

「自動演奏なら人がいなくても音が鳴るんだよ」

「そりゃ、そうだろうけど、……あっ、そういうことか」

 郷緒はぽんと手を打って爽快に笑った。

「つまり、『無人の『別れの曲』』の正体は、自動演奏にしたキーボードだったってことか」

「うん。その通り」

「あとは状況ですかね」

「そうだね。夜、キーボードが自動演奏になっていて、音楽室に誰もいない間に軽音部以外の誰かが入ってくる。そういうシチュエーションがありえるかどうか」

 並んで同時に顎に手を当てた二人を見て、郷緒は笑った。

「仲良くていいな。でも、その問題は多分、深く考えなくてもいいと思うぜ」

「というと?」

「単純、というかそのままだよ。キーボードを自動演奏にしたまま軽音部が全員外に出ている間に、忘れ物か何かを取りに来た生徒が勘違いした。これならあり得るよな?」

 七瀬川はしばらく考えていたが、やがて頷いた。

「それだよ、きっと。スーパーは学校から近いし、ちょっと買い物に出るくらいはあるはず。放課後なら小腹が空いてもおかしくないもんね」

 小さな顔に苦笑が浮かんだ。

「あーあ、またオカルトなしで解明しちゃったな」

「でも、早めに分かってよかったと思います。他の噂もまだありますし、何より卒業までに間に合うかもしれないですから」

 励ましを聞くと、苦笑は純粋な微笑ほほえみに代わり、両端が上がった口から元気を取り戻した声が出た。

「そうだね。私たちが解くしかないもん。次は『屋上の地縛霊』。張り切っていこう!」

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