第16話:迷える受験生
楽器庫も調べる必要がありそうということで、調査は土日を挟んで月曜日に決まった。まだ梅雨明けの報道はされていなかったが、雨雲がいったん空から退いたおかげで久々に太陽が顔を出している。
午後五時まで個人練習とのことだったので、その時間帯で調査を進めようと二人は考えていたが、なんと吹奏楽部員の十人ほどが手伝いに回ったのだ。楽器庫の中を隅まで調べる機会があまりないからと口を揃えて言っていたが、おそらく半分ほどが建前で、残り半分の本音は善意や団結力、吹奏楽への愛でできているのではないかと、作業を真剣に楽しんでいる表情やてきぱきとした連携、楽器を扱う丁寧さから
多大な協力と
「五時まであと少し時間あるし、休むか。昨日、久しぶりに
日暮と
吹奏楽部員はせっかく音楽室に集まっているのだからと演奏を確認し合っている。日暮、七瀬川、郷緒の三人は音楽室の隅で椅子を向き合わせた。
「そういえば、『無人の『別れの曲』』とは関係ないんですけど、トランペットとかを使っている人はいないんですね。個人練習中ですか?」
「いいや。手伝ってくれたのは部員全員だ」
「全員、ですか」
部員たちを見渡す。やはり十人ほどしかいない。
「そうだよな、吹奏楽部って大人数でやるイメージだよな」
自虐的な響きのある声に日暮が振り向き、困惑して固まっていると七瀬川が教えた。
「吹奏楽にはね、アンサンブルっていう少人数編成もあるんだよ」
「そうそう。うちは部員数が少ないからさ、アンサンブルで大会とか文化祭とか、地域のイベントに出させてもらっているんだ。昔はもっと大所帯で、活動日もほぼ毎日だったらしいんだけどな」
新たな知識を得て感嘆していると、日暮に質問が飛んだ。
「ヒグマはさ、やっぱりオカルトに興味を持って入ったのか?」
「いえ。もともとは同好会どころか部にすら入る予定はなかったんです」
「じゃあ、正華目当てか」
「ゴドナちゃん、ヒグマくんが困る質問は駄目だよ」
「へへっ、悪い」
「でも、間違っているとは言えないですね」
「本当か?」
郷緒は身を乗り出し、七瀬川は元々丸っこい目をさらに丸くして日暮を見た。
「先ほども言ったとおり、どこにも所属しないつもりだったんです。オカルト研究会へ行ったのも、本当は友人とオカルト研究部の見学に行く予定で、新入生用のパンフレットにあったマップの『部』と『会』を見間違えたことが発端だったんです。けど、会について説明を受けているときに、俺の進むべき道が見つかった気がしたんです。それが入会した理由です」
「進むべき道ってどういう道なんだ?」
興味本位とは思えない、救いを求めるような声。
「すみません。実はまだ、具体的に説明できるほどには分かっていないです」
「そうか。正華がよく言う直感ってやつだな」
歯を見せて笑う顔は少し硬い。
「なあ、正華」
「何?」
「七不思議を調べていて、部長のあたしに『無人の『別れの曲』』を聞きに来たってことはさ、
「
「ふーん。やっぱり、みんなもう進路決まってんのかな」
「多分。天使ちゃんは画家を目指しているから美大でしょ。でっちゃんは指定校推薦って噂で聞いたし、くーみんは天文学者が夢だから理学部かな。私も候補は決まっているんだ。できるだけオカルトと結び付きやすそうなところにね」
「そっか。みんなすごいな。自分のすること一本に絞れてさ」
「郷緒先輩はまだ進路を決めている途中なんですか?」
「決めている途中っていうか、迷っている途中っていうか」
肘を膝に置いた手で頬杖をつくと、眉が下がって目が細くなり、活気がふっと消えた。
「あたしは昔からやりたいことをやりたいようにやってきたからさ。良い言い方をすれば多趣味なんだけど、悪い言い方をすれば好きなものが決まっていないんだ。だからさ、正解って自信持って言える進路が分からないんだよ。進学するか就職するかも決められないし、当然、進学するならどの学部か、就職するならどの職業かっていうのもイメージできていない。もう、高三になったっていうのにな」
「変なこと聞くけど、直感であたしが何目指すべきかって分かったりしないか?」
「私の直感で言うのなら」
七瀬川は笑みを返しながらも、真剣さを帯びた口調で告げた。
「それは自分で決めないと後悔すると思う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます