孫悟空。言わずと知れた中国四大奇書のひとつ、西遊記の主人公の名である。さて、孫悟空が生まれた遥かなる昔、世界にはまだ四つの州しか存在していなかった。その中の東勝神州の中に傲来国という国があり、傲来国の周りは海に囲まれていて、その海には花果山という山が聳え立っていた。

 花果山の天辺には、この世が始まった時から天を指すように、大きな石が立っていたという。

永い間にわたり、太陽光と月光を浴び風雨に晒されて、そのうちに石の中にひとつの生命が宿り、しばらくすると石の表面に亀裂が走った。ある日大石は突然真っぷたつに割れて、中からは大きな石の卵が転がり出てきた。それから数日経つと、石の卵はひとりでに亀裂が入り、中から一匹の石猿が生まれ出てきた。数日が過ぎて、石猿はハイハイをするようにもなり、まもなく立って歩けるようになった。

石猿が辺りを見渡すと、その眼光極めて鋭く目からは金色に輝く光りを発し、空を見上げると二筋の眼光鋭く空間をも引き裂かんばかりに、その光は遥か天界にまで行き届いたという。

こうして、好き放題勝手放題をしながらも、須菩提祖師という仙人に弟子入りし筋斗雲を始めとした、仙術や数々の法力を伝授され、この時に石猿は孫悟空という法名も授けられ、自らを斉天大聖孫悟空と名乗り、勝手気ままな生活を送っていた。

ある時、悟空は天界から呼び出され「弼(ひっ)馬(ぱ)温(おん)」という役職を与えると言われて、喜んで勤めに励むが後で仲間に聞くと、「弼馬温」とは天馬の世話をする係だと聞かされて、悟空は怒り心頭に発しひと暴れして地上に舞い戻ってくる。そんなことが何回かあって、天官たちは大弱りに弱り果てて、西方に棲んでおられる釈迦如来に、使いを出して悟空封じの願いを頼んだ。

悟空が如意棒を振り回して暴れていると、釈迦如来はにっこりと微笑みながら現れて、

『これ、悟空とやら、どうしてそのように暴れておるのだ。訳を話してみなさい。もし、叶うものなら叶えてやらぬものでもない。話しなさい』

 釈迦如来に言われて、悟空はいま思っていること、腹に据えかねていることなどを洗いざらい話した。

 すると、釈迦如来はこう言われた。

『よろしい、もし、お前がわたしの掌に乗って見事に抜け出せたら、どのような願いであろうとも叶えてあげましょう…。そして、もしそれが出来なかったら、お前は地上に下りて罰を受けなければなりません』

 その話しを訊いた、悟空は待ってましたとばかりに、釈迦の掌に飛び乗ると筋斗雲を呼んで飛び出して行った。時間にして、どれくらい飛んだのかは定かではなかったが、もうここまで来れば大丈夫だろうと前方を見ると、大きな柱が五本立っているのが見えてきた。

『あ、あそこがきっと宇宙の果てに違いない…』

 悟空は筋斗雲から降りると真ん中の柱に、

 斉天大聖ここに到りて一遊す

 と、書き込んで意気揚々と釈迦如来の元に帰ってきた。

『どうだい、行ってきたぜ。これでいいんだろう…』

『この愚か者め。わたしの指を見てみるがいい』

 悟空が釈迦如来の指を見ると、中指にいま書いてきたばかりの〝斉天大聖ここに到りて一遊す〟の文字が、まだ墨が乾ききらないままの状態で書かれていた。

『愚か者めが…』

 釈迦如来は、悟空を門外まで弾き飛ばすと、五本の指で押さえ込むと、そのまま大きな山になった。この山のことを五行山と言い、それから五百年経って玄奘三蔵(三蔵法師)に助け出されるまで、悟空はここに封じ込められていた。以上が、西遊記の冒頭部分である。以降は、ご存知の猪八戒と沙悟浄も加わり、天竺まで取経の旅に出て数々の冒険譚を繰り広げることになる。


一方、こちらは縄文草創期の世界から旧石器時代に移動してきた、昇太郎と龍馬それにソーラの三人は、そのあまりにも殺伐とした光景に目を見張っていた。旧石器人たちの住居は、単なる洞穴だったり木の枝を環状に組んで、周りを草や土などを塗り付けただけのものだった。また、そこに棲む住人たちの服装も粗末な動物の毛皮を身に着け、足にはこれも動物の毛皮で作った靴のようなものを履いていた。

『何だぁ…。これは、これじゃまるで原始人と一緒じゃないか…』

 と、いうのが昇太郎の第一声だった。

『まあ、そんなこと云うもんじゃないぜよ。昇太郎さん、初めはみんなこんなものだろうと思っていたき。わしゃ、そんなことでは全然驚かんとよ』

『そのようなことよりも、龍馬さま。天草四郎時貞は、誠にこのようなところを彷徨っているのでありましょうか…』

『いるかどうかは、わしにも判らんきに、後は出くわしてからの楽しみじゃろうが、そうは思わんかい。昇太郎さん』

『またぁ…、そんな呑気なことを云ってる場合じゃないですよ。龍馬さん』

いかに坂本龍馬か北辰一刀流の免許皆伝とは言えども、相手は魔界の力を自由に使いこなす天草四郎であってみれば、いかにものんびり構えている龍馬を見ていると、昇太郎は気が気ではないくらいヤキモキしていた。

『しかし、なぁ。昇太郎さんよ。もし、山の中を歩いていたとして、いつ出くわすかも知れない熊に、ビクビクしながら歩いている人と、鼻唄でも歌いながら歩いている人とじゃ、どっちのほうが危険が少ないと思うと…。熊は人間が怖いんじゃ、怖いから急に出逢うと反射的に襲ってしまう。だから、ひとの声がすると熊は逃げて行くというわけなんじゃきに』

『しかし…、龍馬さん。それとこれとじゃ話が全然違いますよ。天草四郎は熊とはわけが違うんですから…』

『ふふ…、ははは…。そりゃ、熊よりはちぃとばかり始末が悪いか…』

と、言いながらも、龍馬は昇太郎が考えているほど、大して気にもしている様子はなかった。

『龍馬さま。差し出たことを申すようですが、いま少し気を引き締めて掛りませんと、信長さまの二の舞いにもなりかねませぬ。天草四郎時貞は何処に潜んでいるやも分かりませぬ。すでに凶行に及んでいるやも知れませぬのに、龍馬さまは如何にして、そのように落ち着いておられるのでございますか』

『そげなことを云われてもなぁ…、ソーラさん。持って生まれた性分じゃき、こればかりはどうしようもなか。だがのう、わしは信長さんの分まで頑張るきに。天草四郎…、いつでも出てくるがいいぜよ…』

龍馬の意気込みとは裏腹に、縄文時代草創期の世界は何ごともなく、時間だけがゆっくりとした足取りで過ぎて行った。

 と、その時だった。

『ああ、ソーラさんかい。おいら、悟空た。いましがた天草四郎を発見して、八戒と悟浄が戦っている。合図を送るから、みんなも急いでこっちに来てくれないか…』

『はい、わかりました。ただちに向かいます』

『ついに見つけたか…、さすがは悟空さんじゃ。これで信長さんの仇が討ってやれるぞ…』

 信長の無念を晴らそうと、龍馬は昇太郎に発見されて時に見せた、青白く光り輝くオーラを放っていた。

『よし、行きましょう。龍馬さん』

 昇太郎も勢いよく前に進み出た。

 悟空の合図を頼りに、戦いの現場に行って見ると、悟空たちと天草四郎の四巴の戦いが繰り広げられていた。

『ふふふふ、お猿さんの次は、豚と河童の化け物ですか。面白い…、それでは、まず手始めに河童のお皿でも割って差しあげましょうか…』

『ふん、わたしを侮辱すると容赦しませんよ』

『ふふふふ、容赦しなかったどうするのですか。河童さん』

『ええい、黙れ、黙れ。それ以上侮辱すると、本当に許しませんよ…』

『問答は、これくらいで止めにしませんか。まずは、わたしから参りますよ。あなたの頭のお皿を割って差しあげましょう。河童はお皿が割れると生きていけないと云いますかね。「魔界の地獄独楽(こま)」受けてみなさい。それ…、ふふふ、はははは』

四郎は、言うよりも早く黒い羽根のついた独楽を、悟浄目がけて投げつけ回転を増しながら飛んで行った。

『あ、悟浄危ないぞ…。気をつけろ』

悟空は自分の体毛をむしり取ると、息を吹きつけ一本の綱を作ると独楽に向かって投げつけた。独楽が悟浄に迫りつつあった。悟浄はひらりと体を交わしたが、独楽は執拗に回転して方向を変えた。そこへ悟空の投げた綱が絡みついた。素早く綱を引き寄せ、悟空はそれを天草四郎に投げ返した。すると、独楽は前にも増してスピードを上げ四郎に襲いかかる。

『ふふふ、こしゃくな猿め。それはわたしの独楽だ。わたしを襲うはずがない。あ…、どうしたというのだ。これは…』

天草四郎は、自分の左の肩口に独楽が当たり顔を歪めた。

『ふふん、おいらのほうがお前さんより、役者が一枚上手だってことさ』

まだ状況が掴めないでいる四郎に対し、

『さあ、今度はおいらの番だ。行くぜ』

 悟空は如意棒を取り出すと、ブンブン振り回し出した。如意棒の回転が増すごとに如意棒は、その太さも増して天草四郎の顔面を直撃した。

『ぐわぁぁ……』

悟空は情け容赦なく、二度三度と四郎の顔面を打ち据えた。紅顔可憐な美少年の天草四郎も、いまや夜叉ような形相で悟空と相対していた。普段は不敵な笑みを浮かべて立ち向かっていた四郎も、いまはもはやその余裕すら見られなかった。

『さあ、覚悟はできたかい。とっとと魔界へ帰んな…』

悟空は、止めの一発を振り下ろした。が、如意棒は空を切り地面に当たり、四郎の姿は忽然と消え失せていた。

『しまった…。またしても逃げられたか…』

悟空が地団駄を踏んで悔しがっているところに、

『いや、まっこと一筋縄ではいかん男ぜよ。あの天草四郎ちゅう男も…、それにしても、相変わらず逃げ足の速い男じゃき、まさに神出鬼没とはあんなヤツのことを云うんぜよ。まったく…』

『悟浄、大丈夫でだったかい。どこも何ともなかったかい…』

 悟空が心配して訊くと、

『へへへへ…、大丈夫ですよ。悟空の兄貴、あんもなのは、あたしにしてみれば、ホントにヘのカッパみたいなものですよ。どうぞ。ご心配なく…、へへへへ』

 悟浄はいつのように、へらへらとお愛想を振りまいていた。

『うーむ…。またしても、わしの出番がなかったか。いつもいいところで、悟空の兄貴や悟浄が出てくるから、出番の少ない脇役ばかりじゃ、わしゃ適わんよ…』

『へへへ…、八戒の兄貴は少しばかりあたしらよりも、動きが鈍いだけですよ。でも、そんなことは心配いりません。その分、あたしと悟空兄貴で頑張りますから、ご安心ください。へへへへ』

『そうともよ。もともとお前は食い気と女気が専門だったからな。おいらも悟浄も当てにしてないから、安心して女の尻でも追っていな』

 悟空と悟浄にさんざん言われて、さすがの八戒も抑えていたものが弾き飛んだらしかった。

『へ…、兄貴も悟浄も、そこまで云うのかい。ふたりともわしの本当の強さを知らないらしいな…。よーし、今度天草四郎に出逢ったら目にもの見せてあげましょう。楽しみにしていてくださいよ。ふん…』

『ちょっと待ってよ。三人とも、こんなとこで仲間割れすることもないじゃないですか』

 昇太郎が、険悪なムードになりかけているのを、見かねて割って入った。

『昇太郎さん。別においらたちは、仲間割れをしているんじゃないんです。これが、おいらたち流のやり方なんで、昔からこうしてやってきましたから心配には及びません。それに八戒は、普段は食い意地が張っていて、女には目がなくてどうしようもない奴ですが、本当はめっぽう強いこともおいらは知っています。まあ、見ていてください。

 八戒のヤツは食いしん坊で女好きなんですが、根はとても優しいヤツなんです。優しいから女にもモテる。この辺のところは、おいらたちも見習わなくては、ならないところかも知れませんがね』

『まあ、まあ。そんなことより天草四郎は、どこへ姿を隠してしまったんじゃろうかのう』

龍馬も、辺りを見回しながら、話に加わってきた。

『見たところ、逃げ隠れするような場所も見当らんし、やはりヤツは一旦魔界に身を隠したのかも知れんな…』

『そんなことはないと思うけどなぁ…。いくら天草四郎と云えども、そう簡単に魔界に出入りできるでしょうか。悟空さんの攻撃が激しかったから、アイツだって相当ダメージが大きかったと思うんです。もしかしたら、前よりも強い打撃を受けているかも知れませんよ…』

『うーむ…。何れにしても、いまが正念場だろう。いよいよ最終段階に差し掛かっているようだぜ。おいらたちも気を引き締めて行こうぜ。八戒もひさしぶりに燃えているようだし、期待しているぜ。猪八戒よ』

『おう、任せておいてくれ。今度こそは逃がしやしないから…』

『まあ、頼もしいですわ。八戒さま』

こんな凛々しく見える八戒は、久々なのかソーラもしきりに拍手を送っていた。

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