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天草四郎こと益田四郎時貞は、肥後国南半国のキリシタン大名で、関ヶ原の戦いに大敗し斬首された、小西行長の遺臣益田好次の子として生まれた。幼少の頃から持って生まれたカリスマ性があり、学問に親しみ優れた教養を備えていたと言われている。また、小西の旧臣やキリシタンの間では救世主として擁立し、次第に神格化された存在として崇められてい行った。
寛永十四年、一六三七年に勃発した島原の乱では、そのカリスマ的な人気を背景に一揆軍の総大将に祭り上げられた。戦場では十字架を掲げて民衆を率いたとも伝えられている。
この時の天草四郎時貞は、十代の半ばで十四歳とも十五歳とも言われているが、諸説があって実際のところ定かで出はない。
これら四郎率いる一揆軍は、三ヵ月(四か月とも言われている)にわたり原城に籠城したものの、最終的には食料や弾薬が尽きて幕府軍の走行気によって、原城はついに陥落して一揆軍は全滅した。
天草四郎時貞も本丸に陣取っていたところを、細川藩士に討たれて四郎の首は原城大手門前と、長崎出島の入り口前に晒されたという。
以上が寛永十四年に起きた、世にいう「島原の乱」の大筋である。
さて、昇太郎たち四人の精神体は神仙大師の命を受け、悪魔に魂を売り渡し自らも魔の化身と化した、天草四郎時貞を抹殺して魔界へ追いやるべく、寛永十五年二月二十八日四郎時貞が討ち首になってから、まだ間もない二日後の三月二日に天草島原にある原城の近くまで来ていた。
『ここが有名な、天草四郎の首が晒し首にされたという、原城か……』
『む、まっこと鬼気迫るものを感じるのう…』
『うむ、まさしく妖気が漂っているようだわい…』
『お三方とも、わたくしたちは物見遊山に来たのではありまぬ。神仙大師さまも、魔と手を組みし者ゆえに気を引き締めて掛らねばならん。と、おっしゃっておられたではありませぬか。それなのに、そのような呑気なことを云っている場合ではございまぬ』
神の子と言われ、数々の奇跡をも示したと伝えられる、天草四郎が如何なる理由で魔と手を結んだのか、ソーラには知る由もなかったが龍馬や信長までが、のんびり構えている姿にいささか苛立ちを感じていた。
『しかし、ここで三千人もの民百姓が、皆殺しにされたというのも信じ難い話ですね。信長さん…』
『うむ…、わしも生きていた頃は、かなり無茶なこともやってきた方だが、三千人とまではいかなかったな……』
信長は龍馬の話も聞こえていないのか、まるで独り言のようにつぶやいた。
『し…、信長さま。みなさま、お静かに…、誰かまいります…』
その者は足音もなくちかづいて来た。その者の胸には銀色に光り輝く十字架(クルス)が架けられていた。
『むむ…アイツじゃき、アイツが天草四郎じゃき、胸に十字架が架かっておろうが…』
龍馬のいう通り、天草四郎と思しき若者の胸には、まさしく銀の十字架が架けられていた。そして、天草四郎は真っ直ぐ原城へと向かって行くところだった。
『みなさま、しばらくここでお待ちくださいませな』
『どこに行くんだい。ソーラ、ひとりで…』
『わたくしが先に行って、あの方がまことの天草四郎なのかどうか、確認してまいります』
『やめろよ。そんなの、危険だよ。相手は悪魔と手を結んでいる、魔の化身なんだぜ…』
『そうじゃ、止めたほうがいいぜよ。何なら、わしも付いて行ってやろうか…』
昇太郎は必死に引き止め、龍馬も同調するように言った。
『いいえ、わたくしも神仙大師さまより、全法力を授けられし身なれば、神仙一族のひとりとして、このまま彼を見過ごすわけにはまいりませぬ』
『よかろう…。ならば、行くがよい。いざとならば、わしらが駆けつければ、それで済むこと…』
『ありがとうございます。信長さま。それでは、わたくしはまいりますれば…』
ソーラは、自分に賛同してくれた信長に礼を述べると、いまや原城の大手門に差しかかろうとしている、天草四郎の後を追って行った。
天草四郎の後ろ姿には、さすがに魔の力が重なり合っているように、一部の隙も見えなかった。それでもソーラは、天草四郎の精神体に慎ましやかに声を掛けた。
『あの…、もしや…、あなたさまは、天草四郎さまの精神体ではございませぬか…』
『いかにも、わたしは神の子フランシス益田四郎時貞ですが、あなたはどなたなのですか』
『やはり、そうでありましたか…。それでは何故に、その神の子と申されるあなたさまが、魔の者と手を結んでまでして、人間に復讐をしようといるでありましょうや…』
『復讐…、ふふふふ…、当然でしょう。わたしは二日前、討ち首にされ晒し首なった、自分を見た時にわたしは誓った。例え悪魔に、この魂を売り渡そうとも、わたしをこんな目に合わせた人間どもを、根絶やしになるまで呪って苦しめてやろうと…。そして、わたしはついに魔の力を得ることに成功したのです。
わたしは、ただ単に悪政に苦しんでいる、民百姓に手を貸しただけなのに何故あって、このような無残な目に遭わなければならないのでしょうか…。さあ、そこをお退きください。わたしはまだ、この原城に成し遂げねばならなぬことが残っているのです。さあ、そこを早く退きなさい…』
天草四郎は鬼気迫る形相で、ソーラに詰め寄ってきた。
『待て…、やはり貴様が天草四郎時貞であったのか』
ソーラが危ないと見たのか、信長が真っ先に駆け寄ってきた。続いて龍馬と昇太郎も走り寄ってきて、天草四郎の周りをぐるりと取り囲んだ。
『何ですか。あなたたちは…、わたしがしようとしていることに、邪魔だてをしようとするのであれば、如何なる者とても容赦はいたしませんよ。早く、そこを退きなさい…』
細面(ほそおもて)のまだ少年らしさが抜けきらない、四郎時貞の顔がますます険しい表情に変わって行った。
『そうはいかんぜよ。神の子かなんか知らんけんど、なんでまた神ならいざ知らず、悪魔なんかに魂ば売り渡さなくちゃいかんのじゃ。悪いことは云わんから、おんしも早く魔界なりなんなり、おとなしく帰ったほうがいいぜよ』
『ふふふ…。もし、いやだと云ったらどうするおつもりですか。みなさん…』
『もし、どうしてもいやだと申すのなら、わしらの手で二度と復活のできよぬうにしてくれるまでのこと。それでも去らぬと申すのか…。このキリシタンバテレンめが…』
信長もいささか興奮気味に言った。
『嫌です。わたしには、まだやらねばならぬことが山ほど残されておりました。それを絶たれたわたしの悔しさが、あなた方にお判りになりますか…。
弱い者が泣きを見るのが人の世の常です。わたしは高い年貢に苦しめられている、民百姓のために少しだけ手を貸してあげた。ただ、それだけのことでわたしは討ち首にされ、一揆に加担したとされて三千人にも及ぶ民百姓が皆殺しにされました。このような理不尽なことが、許されるはずもありません。
だから、わたしは徳川幕府が憎い。いや、それを見て見ぬふりをして、何も手助けをしてくれなかった人間を憎みます。それ故に、徳川幕府も否、高みの見物を決め込んでいた人間すべてを、呪って呪って呪い殺してやろうと決めたのです。そのために、わたしは魔の大王と手を結びました。
だから、もう後には引けないのです。さあ、まず手始めとして、あなた方から先に血祭りにして差し上げましょう。いざ…』
と、言って、天草四郎は胸の前で両手を結んだ。
『待て…、きみは狂っている…。「神の子」なら、どうして神の子らしくもっと神聖な心を持てないんだ。何故、悪魔なんかと手を結ばなにくちゃいけないんだ…』
昇太郎も、いままで抑えていたものを、一気に吐き出すように叫んだ。
『いいえ、問答は無用です』
言ったかと思うと、四郎の身体(からだ)はふわりと空中高く舞い上がていた。
『待てぇ、天草四郎。逃げるのか…』
叫ぶと同時に昇太郎も空中に浮かび上がっていた。
『来ましたね。わたしは逃げはしませんよ。ふふふふ…、それでは、わたしの十字架風を受けてみなさい。えい…』
四郎の組んだ両手に力が加わったとみるや、どこからともなく無数の十字架が昇太郎をめがけて飛んで行った。
『あ、昇太郎が危ういぞ。わしらも応援に行こう』
信長の号令とともに、龍馬もソーラも一斉に空中に舞い上がっていた。
昇太郎は飛んでくる十字架に対し、
『万華変〝岩〟』
と、叫んだ。すると、昇太郎の体は一瞬にして大きな岩と化していた。
バキーン、バキーン、バキーン、バキーン………、凄まじい音を立てて十字架は昇太郎に当たって、弾き返されて次々と落下していった。十字架を弾き飛ばすと、すぐに昇太郎はもとの姿にもどると、
『さあ、今度はぼくの番だ。行くぞ。〝龍翔火〟』
昇太郎が叫ぶと、炎の尾を引く龍のような火炎球が、天草四郎めがけて飛んで行くと、四炉路ロ炉路ロ炉路ロ炉路ロ炉路ロ炉路ロ炉路ロ炉路ロ炉ろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ郎の周りを取り囲むように回転し始めた。最初はゆっくりと、そして徐々に速度を速め範囲も次第に狭まって行った。
すると、四郎は火炎を逃れるようにして空中高く舞い上がって行く。
『逃してはならん。追え…』
信長が先頭を切って、四郎を追いかけるように宙を舞った。
『信長さんに負けるな。わしらも追いかけろ…』
龍馬とソーラも、昇太郎とともに四郎を追ってさらに高く宙に舞い上がった。
『さぁて…、今度はわしが相手じゃ、行くぞ。キリシタンバテレンの若僧が〝戦国風神雷神の舞い〟見事受けてみよ。デャアァ…』
信長が叫んだとみるや、何処からともなく風神と雷神が現れ、舞いながら稲妻と強風を起こして四郎を襲った。
雷神は舞うように踊り太鼓を叩いた。雷鳴が轟きわたり電光が四郎に襲いかかる。風神は担いでいた風の袋を小開けにすると、突風よりもさらに強い風を四郎に吹きつけた。
『グワァ…、おのれ…。小癪(こしゃく)な…。魔の大王よ。われに力を…、もっと力を与えたまえ……』
四郎が天に向かって叫んだ。すると、たちまち黒雲が湧き上り四郎の姿をすっぽりと包み込むと、何処へともなく飛び去って行ってしまった。
『ふん…、口ほどにもない奴めが…』
『信長さま。とにかく地上に一度戻りしょう。なかなか手強い相手、ここにいればまた襲って来るやも知りませぬ。みなさん、一度戻りましょう』
『くそ…。まったく、わしの出番がなかったき、なんと逃げ足の早か男じゃ…』
龍馬も悔しそうに、右腕を振りながら指を鳴らした。どこの誰とも判らない輩に暗殺され精神体と化した龍馬は、現在でも負けん気の強さだけ健在のようだった。
地上に舞い降りた四人は、天草四郎の晒し首にされている前に立っていた。
『こげなあどけん顔ばしていて、なんで悪魔なんかに魂をば、売り渡さねばならんかったのかのう…』
『まったくじゃ…。わしも、このくらいの頃は大うつけ者と云われながら、一般庶民のガキ共と一緒になっての山を駆け回っていたものだが、こやつ人生の歯車はどこかでまったく違う歯車と噛み合ってしまったらしいな…』
信長は龍馬に同意するように自分の過去を振り返りながら、改めて四郎の晒し首を見ながら言った。
『でも、考えてみると何だか哀れな気もするなぁ…。この若さで、いくら歯車が噛み違ったか知れないけど、討ち首にされてこんなところに晒し首にされたんじゃ、人間を呪いたくなるのも分かるような気がするよなぁ…』
『昇太郎さま。同情するお気持ちは解からないでもありませぬが、天草四郎はもはや魔界の者と手を組みしもの、次はどのような手を打って来るやもしれませぬ。どうぞ、ご油断だけは召されませぬように…』
ソーラは、昇太郎の優しさが分かり過ぎるほど分かってはいたが、やはり昇太郎の 身の危険を案じての言葉だった。
『さて、これからどうするかだな…。いつまでもこんなところにいても始まるまい』
『それでは、こうしたら如何でしょう。一旦仙郷に戻りまして、改めて計画を立て直したほうかよろしいかと、それに神仙大師さまにご報告を申さねばなりませぬし、大師さまよりご助言を頂けるやも知れませぬ。仙郷におれば、いかに天草四郎であろうともよもや襲っては参りますまい…』
『そりゃ、いいぜよ。あの大先生なら、何かいい手段も持っているのじゃないかのう…』
ソーラの提案に、龍馬が真っ先に賛成した。
『うむ、あの古びた街並みが、妙に懐かしさを感じさせてくれるわい…』
と、信長も目を細めながら賛同した。きか
『うん、ぼくもひさしぶりにソーラの館で眠りたいな…。それにソラシネだって、龍馬さんのことを待っているんじゃないのかな…』
『おお、そうじゃった。ソラシネがわしの帰りを待っているんじゃった』
龍馬は、恥も外聞も忘れたように、ほこほこと笑みを浮かべた。
『さて、それでは参りましょうか。みなさま』
ソーラを先頭して一行は空高く舞い上がり、一路神仙郷を目指して飛び立って行った。
しばらくぶりの仙郷だった。古びたままの街並みもそのままに、ひっそりと静まり返っていた。
『いや、まっこと久しぶりに帰ったような気がするが、ソラシネはどげんしとるとじゃろう…』
龍馬は、さっそくソラシネの待っている部屋へと向かった。
『いま帰ったき、ソラシネは元気にしとったとか…』
『お帰りなさいませ。龍馬さま…』
ソラシネは三つ指をついて龍馬を迎い入れた。
『元気にしとったとか…。ソラシネ、ほうか、ほうか…』
明日は精神大師のところに、報告をしに行くことになっていたが、ソラシネが怖がるといけないので、天草四郎の話はしないでおこうと思った。
翌日、龍馬はソーラ昇太郎信長とともに、精神大師の館へと向かっていた。
『大先生は、どんな顔をするじゃろうかのう。どうせ、大先生のことだから、とっくにご存じだとは思うが…』
『それはそうでしょうとも、あのお方はすべてお見通しの千里眼をお持ちですもの…』
『うむ、わしを初めてみた時も、何から何まで見抜いておられた。大したお方じゃ』
信長も龍馬とソーラの言葉に納得したように頷いた。
神仙大師の屋敷に着いて門番に声を掛けると、神仙大師はすでに待ち兼ねているとのことであった。すぐに大師の間に通されると、神仙大師はソーラたちの来るのを、いまや遅しと待っていた様子で、ソーラが挨拶をする前に大師のほうから訊いてきた。
『その方たちもご苦労であった…。天草四郎時貞と申す者、わしが考えておった以上になかなかの強者ぞ。まして魔の大王と手を結びおったからには、並大抵の手段ではそうそう討ち取ることも出来ぬやも知れん…。
その方たち四人がかりで、相対しても取り逃がすとはな……。実に手強いと見なくてはなるまい。して、天草四郎には勝てる見込みはまったくなかったのか…。ソーラ』
『はい、実際に戦ったのは、昇太郎さまと信長さまのみで、そのうちに黒雲を呼んで逃げられましてございます』
『何…。その方たちは、ひとりひとり個別に戦いを挑んだと申すのか…。たわけ者めが…』
神仙大師は珍しく怒りを露わにした。
『何という愚かしいことをしてくれたのじゃ。
よいか、天草四郎には魔の一族が加担しておるのだぞ。計り知れない力を有しておるのに、個別に挑むなどという愚かなことはやってはならぬ。その方たちも知らぬはずがあるまい。一本の矢はたやすく折れても、三本四本とまとまれば簡単には折れぬということを。
それと同じことじゃ、その方たちは四人揃っておる。法力を使う時は個別に使ってはならん。使う時はみな同じ法力を一斉に使うがよい。しかし、四郎時貞はいまや魔の化身となった者。くれぐれも油断をしてはならぬぞ。
これはな。わしからの助言じゃが、魔の者には〝電光の矢〟を用うるがよい。魔とは闇に潜み入しもの、故に彼らは光を極度に嫌っておるのじゃ。もし、それでも梃子摺(てこず)るようなことがあらば遠慮することはない。わしを呼びなさい。わしが的確な法力を用いて対処してやるほどにな…』
神仙大師は、そこで一旦口を閉ざした。
『あのう…、大師さま。ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか…』
と、昇太郎。
『何じゃ、昇太郎。申してみよ』
『はい、その〝電光の矢〟というものは、どんなものでどうやって使うのか、ぼくはまだ知らないのですが…』
『それならば、ソーラが分かっていよう。ソーラに教えてもらえばよいぞ』
『あの…、神仙大師さま。恐れ入りますが〝電光の矢〟につきましては、わらわも未だかつて使用した経験がございませぬ。果たしてうまく使いこなせるかどうか…』
『うむむ…、ソーラまでが何を申すか。その方、それでも神仙一族の者か。たわけ者めが、もうその方たちは任せておけぬわ。誰か斉天大聖を呼べ…』
『せ、斉天大聖…って、孫悟空を呼ぶのですか……』
昇太郎がびっくり仰天して訊ねた。
『そうじゃ、このまま魔の化身などという者を、野放しにしておいたのでは、神仙郷の沽券に関わることじゃからな』
『ちょっと待ってくださいよ。神仙大師さま、いくら何でも孫悟空を呼ぶなんて、あまりにも無茶ですよ。それではまるで、ぼくらがまるっきり役立たずの木偶坊と、云われているのと一緒じゃないですか。もう少し、ぼくらにやらせてください。それでもダメな時は孫悟空でも何でも呼んでください』
『孫悟空でも何でもとは、ずいぶんと云ってくれるじゃないか…』
その時、後ろのほうで誰かの声がした。
『おお、悟空か、だいぶ早かったのう…』
神仙大師はいつになく相好を崩すと、にこやかに孫悟空を迎い入れた。
『ええ…、このひとが孫悟空……』
昇太郎は思わず絶句してしまった。神仙大師から悟空と呼ばれた男は、年齢は五十歳半ばに見え割と小柄な体躯の持ち主だった。
『神仙大師さま。何か、おいらにご用でもありましたか』
『うむ、実はな。お前から見たら、そう大したことではないかも知れぬが、日本という国の寛永十五年という時代に、魔のものに魂を売り渡した、ちと面倒な者が徘徊しておるのじゃ。ここにおる、大山昇太郎を始め坂本龍馬・織田信長、そしてソーラに抹殺してくるように依頼したんじゃが、これがなかなか手強いらしくてな。相手も魔のものと手を結んでおるからの、見事に逃げ仰せられたというわけなんじゃ』
『それで、大師さまはおいらに、何をしろというんですかい』
『うむ、その者はな。お前は知らんとは思うが、通称天草四郎というてキリシタンバテレンの、怪しげな妖術を使うらしいんじゃ』
『ほう、ほう、妖術ですかい。どうせ、そんなものは子供だましの似非物に決まってまさぁ。しかし、おいらも近頃はとんと暇をこいてまして、退屈しのぎにはちょうどいいや。お手伝いいたしましょう。こいつは重しくなってきましたよ。何百年ぶりになるかなぁ…。こんなに面白いこと……』
悟空はひとりではしゃいでいた。
『あのう…、悟空さん。つかぬことをお聞きしますけど……』
正太郎は恐る恐る孫悟空に訊ねた。
『何だね。昇太郎くんとか云ったね。おいらに聞きたいことというのは…』
『孫悟空さんと云えば、確か…、石の中から生まれた石猿さんでしたよね。それが何で、いまは人間の姿をしているんですか…』
『何だ、そんなことか。お前さん、そんなことも知らなかったのかい。お師匠さま…、三蔵法師さまのお供をして天竺まで、経文を取りに行ったのは知っているよな。それでな、無事に経文を取って帰ってきたらお前を人間にしてやろう。と、お釈迦さまに云われたんだ。だから、いまはこうして人間の姿になったのさ。分かったかい…』
『ふーん、そうだったっけ…。何しろ、子供の頃に読んだ本だから、そこまで覚えてないや…』
『これ、そこで無駄話などしている時ではないぞ…』
昇太郎と悟空が話していると、神仙大師がもとの厳格な表情に戻って言った。
『とにもかくにも、悟空も乗り気になってくれたのじゃから、いま一度(ひとたび)寛永十五年の天草島原に翔んでもらいたい。そして、今度こそは四郎時貞を葬り去らねばならん。よいか、くれぐれも抜かるのではないぞ。いよいよ危うい時になれば、ソーラにも云うておいたが、その時はわしを呼ぶがよい。いつでも翔んで行ってくれるわ』
『よし。そうと決まったら、こうしてはおれぬわい。おいらも一旦もとの姿に戻らなくっちゃ…』
悟空が体を一回転させると、昇太郎のよく知っている孫悟空の姿に変わっていた。
ただひとつ違っていたのは、いつも悟空の頭に填まっていた、金箍呪という金色の輪がついていないことだけだった。
『あれ…、どうしたんですか。悟空さん、トレードマークの金色の輪は…』
『ああ、金箍呪のことかい。あれはお釈迦さまに人間にしてもらう時、天帝の許しを得て外してもらったんだよ。おいらも、若い頃は悪いことばかりやっていたから、仕方がないんだけどさ…』
『さあ、みなさま。そろそろ参りましょう。それでは神仙大師さま。往って参ります』
『うむ、健闘を祈っておるぞ…』
こうして、孫悟空を加えて五人となった精神体は、再び魔人と化して人間を呪い殺さんとしている、天草四郎時貞を討ち果たすべく寛永十五年の世界へと旅立って行った。
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