第3話〈初動〉

彼は思考を巡らせた。死をもちらつかせる恐怖が、先程まで鈍っていたはずの彼の脳を、残酷にも、強制的に動かしていた。


 仮にも奴が居たとして、考えられる場合は、大きく分けて2つ…。隠れている場合と、いない場合。いや、待てよ…?隠れていないんじゃなくて、隠れられなかったのだとしたら…?隠れているといっても、潜伏が目的なら、話は変わってくる…。ばったり出くわした場合でも、襲われる前に対話に持ち込める可能性はあるのか…?


あらゆる考えが、彼の脳内で激しく交錯する。その結果導き出された結論は、彼の次の行動に表れた。


「お前が家にいることは既に把握している!今からお前を探し出し、見つけ次第拘束する!対話を望むなら今だ。もし、今すぐに自ら姿を現し、白状するというのなら、その自制心に免じ、今回ばかりは見逃そう!」


場の静けさが、より一層増したように感じられた。奴が現れる気配は、無い。


 これで奴の存在があるなら、奴は余程身を隠すのに自信がある者か、単純に力に自信のある者であろう。何より、慎重にものを測れる者であることは、今ので決定的だ。


そう、彼は可能性を絞ったのだった。


 今は、武器の確保が最優先か…。恐らく、交戦になると勝ち目はない。というか、交戦になる前に向こうからの一撃で終いだろう。


今のこの状況は、言うなればかくれんぼと同じで、身を潜めている方は鬼の動向を大方把握していると考えるのが妥当である。つまり、向こうがその気になれば先手は取られ、仕留められる。というのが、最も自然に考えられるオチであり、なんとも鬼の気乗りしないかくれんぼであった。その上で、武器の確保というのは、この劣勢を立て直すのには必須事項であった。


 この家にある一番攻撃的な物…、それは、勿論包丁だろう。だができれば、包丁は持ち出したくない…。奪われた時のリスクが、かなり大きいからだ…!それに、これを見ることで、奴の戦意の暴騰に繋がるかもしれない…。包丁はだな…。


それでは筋が通っていない。そう思ったかもしれないが、彼は何かあった時のことを想定し、普段から包丁は鍵付きの引き出しにしまうようにしていたのだ。家の鍵が開いていた、それだけでここまでの動きを見せている彼に限り、別に不自然な事ではなかった。


 武器になりそうなのは…、リビングに飾ってあるトロフィーは?これはかなり強力な凶器になり得るし、取らないと逆に使われたらまずいかもな…。行くしか…。


トロフィー。これは彼が、例の企業に就職して間もない頃、当時の彼にはまだ存在していた活気と意欲が獲得した、営業成績に伴う表彰記念品であった。これは彼にとって、過去の栄光を具現化したような代物ではあったが、その一方で、彼に初心を忘れさせない、という役割も担っていたのが事実だった。故に、普段から武器に見えるはずもなく、この窮地きゅうちに立ってこそ初めて、気づいたことであった。


 リビングに行くには勇気がいるな…。なんせまだ暗闇に目が慣れていない…。しかし、今電気をつけるわけにはいかないし、ここでの躊躇いが、命取りにもなりかねない…!いつもの感覚を頼りに、進むしかない…!

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