第23話 クッコロ

 名前はヴィヴィアン。生まれたのはズドーライン王国の西端、ウエストファリア辺境侯領の小さな漁村ンジャメナ。


 いつくしみの侯爵と言われるウエストファリア辺境侯。その治政は民にとって過ごしやすいものだった。


 私たちの育った貧しい漁村のンジャメナも豊かではないが、平和な生活が確かにあった。しかし私たちには秘密があった。私ヴィヴィアンとビアンカのことよ。10歳のころには自分たちの恋愛対象は、女だと二人ともわかっていた。


 アズル教では同性愛は死刑だ。西端の辺境侯領は古代神を信じる地域で、それほど厳しくはなかった。でも見つかればぶたれて、引き離される。


 生涯隠し通すと二人で誓った。


 ンジャメナ村に男同士の仲良しがいた。私は二人がBLだと見抜いていた。4人は団結し、それぞれの愛を隠し通すことを決めた。


 私は10歳のギフトで、盗賊のジョブスキルをもらった。ビアンカのギフトはヒール。男の一人は耕すのギフト。農民に多い平凡なギフトだ。もう一人はナイフ使い。冒険者としては少しマシなギフトだ。


 私たちは都会で冒険者となると決めていた。どんなに不利なギフトでも与えられたものでやるしかない。最も不遇なのはビアンカのヒールだ。レベル1では自分しかヒールできない。


 最初は浅い森で薬草の採取、角ウサギ狩り。それを2年続けた。2年経っても、パーティで協力しても、ゴブリン1体すら倒せなかった。あのころが一番幸せだったかもしれない。


 転機はある夏の日、森で冒険者の死体を見つけた。冒険者は一人で死んでいた。私たちは死体を漁って、奇妙な仮面を見つけた。


 装着できたのは私だけ。着けるとHPが削られる。呪いの装備だった。そのかわりすべての能力が上がる。その日以降、私が命を削れば、ゴブリンに勝てるようになった。


 ゴブリンに勝つとすべてが変わる。全員がゴブリンの武器を装備した。それまではナイフ使い以外は、投擲で戦っていた。私の仮面のレベルも上がった。自動成長する装備だった。


 3年。


 15歳の成人を機に西部の領都エストリアを出て、王都グリンガへ向かった。


 私はスカウト系の軽戦士に、ビアンカのヒールレベル2になっていた。男子は剣士と土魔法士。


 全員Dランクの冒険者で、パーティランクもD.私たちはまず王都のスラムに廃墟を買った。4人分の宿代を考えるとその方が安かったし、私たちの秘密を守るには独立した家が必要だった。


 節約も楽しかった。料理は平等に分担。おしゃれはしない。決まった相手がいるのだから、誰にも媚びを売る必要はない。宿に泊まらず、食堂や居酒屋にもいかず、もちろん娼館にもいかない。廃墟は土魔法で堅牢な住宅になった。


 10年ひたすら戦い、ひたすら働いた。全員25歳。私たちはBランクの冒険者になっていた。30歳で引退予定。それまでわき目もふらずお金を貯めるつもりだった。


 27歳の時にある貴族令嬢の護衛というクエストを受けた。盗賊団の巧妙な罠にはまり、男や老いたメイドは殺された。


 令嬢と私たちだけが生かされた。


 私とビアンカは盗賊団の性奴隷になった。男との性行為。最悪だった。毒は常に持っていたから自殺はできる。しかし今死んだら令嬢が性の対象にされる。


「くっ、殺せ」


 そう思いながら、私とビアンカは死のタイミングを計っていた。ある日、助けが来た。助かると確信した時、私たちは自ら死んだ。


 気がついたのは、あまりの性的快感のためだった。私は死霊となって、仮面に憑依していた。自我は失っていた。しかし強い刺激に自我が覚醒し、それどころか生きていた頃の姿かたちで、実体化さえできるようになっていた。


「でもこれは私ではない」


 第2の人生の始まりだ。私のご主人様は17歳の少年。少年との日常は楽しかった。私のスカウトの経験を存分に少年に教える。仮面に憑依しながら。安全で楽な仕事だ。


 王都を訪れた時、自由時間で私はパーティの隠し財産を取りに行った。私たち4人の後半生を支えるために、必死で貯めたお金だ。数億チコリ。すべて私のものになった。


 私は変った。死霊として目覚めたときに、それはあのウロボロスの3日のことよ、それまでと違う快感の感じ方をした。男とする時の快感だ。それは私が望んだことではない。


 すべてを失った私は、その代わり完全な自由になった。少年との契約は1年。それが終われば気ままな生活が待っている。男とでも遊んで生きるかな。そう思ったのは完全に私が悪い。


 少年は深夜、仮面システムを使って性の訓練をしていた。女体を楽器のように演奏するのだ。私は好奇心で仮面システムに憑依してしまった。心音が早くなり、体温が上がる。


 優しい前奏が終わる。呼吸が速くなり、興奮が高まる。 目覚めた時と同じ、男女の営みで得られる性的陶酔だった。それは私を虜にした。憑依しながら喘ぎ、獣のような声をあげていた。


 私は男を求める体になっていた。金はある。死霊で、しかも堕落した女が、持っていいお金じゃない。4人の人生の神聖な集大成だ。それを男娼を買うのに使う。男娼はそんなに良くなかったが、いけないことをしている背徳感におぼれた。


 私が壊れたのは、自分の責任だ。


 そこからチャラ男について行って、少年から逃げるまではすぐだった。チャラ男は遊び人で、天使だった。天使のような人ではなく、アズル教で正規に認定された中級天使マイケル様。次期侯爵だ。


 チャラ男は大当たりの男だった。


 高潔でありたいと思っていた自分を思い出す。現実の自分との落差で、性的快感を感じるようになった。


 幼女がアッシュウルフに食われている。それを鑑賞する時に、高潔であろうとした自分を思い出し性的に興奮する。


 スラムで老人を蹴る。睨みつけた老人を、マイケルが神の杖で輪廻に送る。老人は毒虫にでもなるしかない。他人の不幸が快感だ。あそこが濡れてくる。


 そこを少年に見られた。私を師として尊敬し、姉のように懐いてくる少年。少年の目は怒りと、深い悲しみに充たされていた。


 私は濡れた下半身をむき出しにして、四つん這いになる。人目を気にせずマイケルが後ろから貫いてくる。私は声をあげる。


「許してロングライト。これは違うの。私の本当に愛しているのはあなただけ」


 ロングライトには私の声が届いている?


 もしかしたらマイケルにこの格好を強要されていると思っている?


 違うわよ。私はここまで堕ちたの。







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