第8章 新たな敵—魔法庁の"粛清部隊"



査察部の襲撃から一週間。地下魔法連盟の活動は急速に拡大していた。各地から「ひのきの棒の魔法使い」の噂を聞いた若者たちが、続々と圭介のもとを訪れている。


「今日の参加者は四十名を超えました」美咲が報告する。「もう広場では収まりきれません」


ゲンさんの古書店で開かれていた定例会議で、黒木が深刻な表情を見せていた。


「拡大は嬉しいことですが、同時にリスクも高まっています」


「リスク?」圭介が尋ねる。


「魔法庁の監視が一段と厳しくなった」黒木がテーブルに資料を広げる。「各地の支部からも同様の報告が来ています」


白金が顔をしかめる。


「査察部だけじゃない。最近、妙に魔法力の高い職員が周辺をうろついている」


その時、店の扉のベルが激しく鳴った。慌てた様子の健一が飛び込んできた。


「田中さん!大変です!」


「どうした?」


「さっき、魔法庁の黒い車が三台、僕の家の前に止まってたんです」健一が息を切らしながら報告する。「近所の人に聞いたら、みゆきさんの家にも来てたって...」


黒木の表情が険しくなった。


「個人への圧迫が始まったか...」


「圧迫?」圭介が困惑する。


「参加者の身元を調べ上げて、間接的に脱退を促すんです」美咲が説明する。「家族や職場に圧力をかけたり...」


その時、店の奥の電話が鳴った。ゲンさんが出ると、顔色が変わった。


「田中君...君に電話だ」


圭介が受話器を取る。


「はい、田中です」


「久しぶりだな、圭介」


電話の向こうから聞こえてきた声に、圭介の血が凍りついた。聞き覚えのある、しかし五年間聞いていない声だった。


「兄さん...?」


「そう呼んでもらえるのは嬉しいが」声の主—田中慎一郎が苦笑いするのが分かる。「今の俺は、魔法庁特別粛清部隊隊長だ」


店内の空気が張り詰めた。美咲と白金が圭介を心配そうに見つめる。


「粛清部隊?」


「ああ。君たち『地下魔法連盟』を処理するために編成された特殊部隊だ」慎一郎の声は冷たかった。「圭介、最後通告だ。今すぐ活動を中止しろ」


「兄さん、なぜ...」


「なぜ魔法庁にいるのか?」慎一郎が遮る。「君が魔法を知らなかった五年前、俺はすでに魔法界の人間だった」


圭介の頭が混乱した。兄の失踪の真相が、ついに明かされようとしている。


「俺は魔法庁の秘密工作員として活動していた」慎一郎が淡々と語る。「表向きは『行方不明』だが、実際は『深層潜入任務』についていたんだ」


「深層潜入?」


「反政府魔法組織への侵入調査」慎一郎の声が重くなる。「五年間、様々な地下組織に潜り込み、その実態を探っていた」


黒木が青ざめた。地下魔法連盟の中に、魔法庁のスパイがいた可能性があるということだ。


「そして今回、俺に新たな任務が下った」慎一郎が続ける。「『弟の田中圭介を説得し、地下魔法連盟を解散させる』ことだ」


「もし僕が拒否したら?」


電話の向こうで、長い沈黙があった。


「俺が直接出向く」慎一郎の声は、もはや兄ではなく、冷酷な工作員のものだった。「粛清部隊十二名を率いて、君たちを『制圧』する」


「制圧って...」


「魔法使いとして二度と立ち上がれないよう、魔法力を封印する」慎一郎が恐ろしい事実を告白する。「それが『タロン作戦』の真の目的だ」


圭介の手が震えた。ひのきの棒を握りしめても、震えは止まらない。


「時間は二十四時間だ」慎一郎が最後通告を告げる。「明日の夜八時までに返事をしろ。活動を停止し、地下魔法連盟から脱退するか...俺と戦うかだ」


電話が切れた。店内に重い沈黙が流れる。


「圭介...」美咲が心配そうに声をかける。


「兄さんが、魔法庁の...」圭介が呟く。「五年間も、僕を騙していた...」


白金が拳を握りしめる。


「『粛清部隊』だって?ふざけるな。俺たちは犯罪者じゃない」


「でも」黒木が重々しく口を開く。「相手は本気です。魔法力を封印する技術も実在します」


「封印?」圭介が顔を上げる。


「魔法使いにとって最も恐ろしい刑罰」ゲンさんが説明する。「魔法力を永久に失い、二度と魔法が使えなくなる。ただの『人』になるんだ」


圭介は立ち上がった。


「みんな、申し訳ありません」


「何を言ってるの?」美咲が慌てる。


「僕のせいで、皆さんを危険な目に遭わせてしまいました」圭介の声が震える。「僕が身を引けば...」


「馬鹿を言うな」白金が圭介の肩を掴む。「お前がいなくなったら、俺たちの希望はどうなる?」


「でも、兄さんは本気です。粛清部隊が来たら...」


「だったら戦うまでだ」白金が力強く宣言する。「俺は、もう逃げない」


美咲も頷く。


「私たちも同じ気持ちよ。あなたが教えてくれたのは、魔法の技術だけじゃない。『誇り』を教えてくれた」


黒木が静かに口を開く。


「田中さん、選択はあなたが決めることです」黒木の目が真剣になる。「ただし、もし戦うと決めるなら、我々地下魔法連盟の全力をもってバックアップします」


ゲンさんも重い口調で語る。


「圭介よ、俺は長い間魔法界を見てきた」ゲンさんの目に決意が宿る。「お前のような純粋な魔法使いは、滅多にいない。その灯火を消すわけにはいかん」


圭介は手の中のひのきの棒を見つめた。この棒との出会いが、すべての始まりだった。


そして今、最大の試練が待っている。


「分かりました」圭介が顔を上げる。「僕は逃げません」


「圭介...」美咲が心配そうに見つめる。


「兄さんは、僕が魔法界を混乱させる危険人物だと思っている」圭介の目に決意が宿る。「だったら、証明してみせます。僕たちの魔法が、本当に危険なものなのかどうかを」


白金が不敵に笑う。


「そうこなくちゃな。名門の力を見せつけてやろう」


黒木も頷く。


「それでは、迎撃の準備を始めましょう。粛清部隊と言えども、我々も黙ってやられるわけにはいきません」


---


**同じ頃、魔法庁地下施設**


「弟は拒否するでしょうね」


慎一郎が藤原長官に報告していた。地下の秘密会議室で、粛清部隊のメンバーが待機している。


「やはりか」藤原が溜息をつく。「君の弟は、我々が思っている以上に頑固だな」


「彼は昔から、一度決めたことは最後まで貫く性格でした」慎一郎の表情に、わずかな苦悩が見える。「だからこそ...危険なのです」


「君は本当に、弟と戦えるのか?」


慎一郎は長い沈黙の後、答えた。


「職務ですから」


しかし、その声は微かに震えていた。


「明日の夜、『タロン作戦』を決行する」藤原が宣言する。「地下魔法連盟の脅威を、完全に排除するのだ」


深夜の魔法庁で、兄弟対決の準備が着々と進められていた。


果たして、魔法庁の粛清部隊に勝てるのか。


そして、兄弟の絆は、この試練を乗り越えられるのか。


運命の夜まで、残り二十四時間を切った。


**つづく**

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