第7章 魔法庁の妨害—査察部の襲来
公開魔法講座から三日後、圭介たちは同じ広場で二回目の講座を開いていた。今回は参加者が二十五名に増え、前回参加した健一やみゆきも顔を見せている。
「今日は『光の共鳴』について学びましょう」圭介が参加者たちに語りかける。「一人一人の小さな光も、みんなで合わせれば大きな力になります」
参加者たちが円形に並び、それぞれの手のひらに小さな光を宿していく。前回よりもずっと安定した光だった。
「素晴らしい上達ぶりですね」美咲が感心する。「皆さん、家でも練習してたんでしょう」
「はい!」健一が元気よく答える。「毎日欠かさずやってます。最初は全然できなかったけど、だんだんコツが掴めてきて...」
その時、広場の入り口に黒い車両が三台止まった。車から降りてきたのは、黒いスーツに身を包んだ十数名の男女。全員が高級な魔導杖を携えている。
「魔法庁査察部です」
先頭に立つ中年女性—胸の名札には「査察部長 田所恵美」と書かれている—が威圧的な声で宣言した。
「この場所で行われている無許可魔法活動を中止してください」
参加者たちの間に動揺が走る。手のひらの光が震え始めた。
「待ってください」黒木が前に出る。「私たちは何の法律も犯していません」
「魔法安全管理法第十五条」田所部長が冷淡に答える。「十人以上の集団での魔法行為には、事前届出が必要です」
「しかし、それは『危険性の高い魔法』に限定されているはずでは?」黒木が反論する。「私たちは基礎的な光魔法の指導を...」
「指導者の資格は?」田所が遮る。「田中圭介に魔法教授資格はありますか?」
圭介が口を開こうとしたが、田所は続けた。
「無資格者による魔法指導は、魔法教育法違反です。参加者の安全を保障できません」
「僕は危険な魔法は教えていません」圭介が抗議する。「ただの光を...」
「『ただの光』?」田所が嘲笑的に笑う。「あなたの魔法力は測定不能。そんな人物が『安全』だと?」
査察部の職員たちが参加者を囲み始める。健一たちは恐怖で震えていた。
「皆さん、帰宅してください」田所が参加者に向かって命令する。「今後、この種の集会への参加は控えるように」
「ちょっと待てよ」
白金が前に出た。彼の表情は、いつもの穏やかさとは違う、鋭いものだった。
「白金雅人」田所の表情が微妙に変わる。「あなたがなぜここに?」
「俺も参加者の一人だ」白金が堂々と答える。「何か問題でもあるか?」
「白金財閥の御曹司が、このような...」田所が言いかけたとき、白金が手を上げる。
「元御曹司だ。今は一介の魔法使い」白金の声に威厳が宿る。「だが、白金の名には変わりはない」
白金が一歩前に出る。
「田所部長、あなたは魔法安全管理法を持ち出したが、同法第三条をご存知か?」
田所の表情が曇った。
「『魔法研究及び教育の自由は、これを保障する』」白金が暗誦する。「学問の自由の原則だ」
「しかし、それには安全性の確保が...」
「では、具体的にどんな危険があったのか?」白金が畳みかける。「参加者に怪我は?魔法事故は?近隣への迷惑は?」
田所は答えられなかった。実際、圭介の講座で事故は一度も起きていない。
「それに」白金が続ける。「魔法教育法における『無資格指導の禁止』は、『営利目的の教育事業』に限定されている。ここは無料の研究会だ」
「屁理屈を...」
「屁理屈ではない。法的事実だ」白金の目が鋭く光る。「白金家の顧問弁護士に確認済みだ」
田所が苛立ちを隠せなくなった。
「あなたは白金家を出たのではないですか?」
「血筋は変わらない」白金が不敵に笑う。「それに、俺の個人的な法的権利に家族関係は無関係だ」
査察部の職員たちがざわめく。白金の法的知識は予想以上に的確だった。
「田所部長」黒木が冷静に割って入る。「私たちに法的な問題がないのであれば、活動を続けさせていただきます」
「これは警告です」田所が苦し紛れに答える。「今後、少しでも問題があれば即座に摘発します」
「承知しました」圭介が頭を下げる。「僕たちも、法律は遵守します」
田所は不満そうな表情を隠せなかったが、これ以上の強硬手段は取れなかった。査察部の一行は、捨て台詞を残して引き上げていく。
「今度は逃がさない。覚えていなさい」
---
査察部が去った後、参加者たちは安堵と興奮の表情を見せていた。
「白金さん、すごかったです!」健一が目を輝かせる。
「法律にも詳しいんですね」みゆきが感心する。
白金が苦笑いする。
「名門の息子として、嫌でも覚えさせられたからな。まさかこんなところで役に立つとは」
しかし圭介は複雑な表情だった。
「白金さん、ありがとうございます。でも...」
「何だ?」
「あなたに迷惑をかけてしまいました。白金家との関係が...」
「気にするな」白金が手を振る。「もう縁を切った家だ。それに...」
白金が参加者たちを見回す。
「今日ここで学んでいる人たちの方が、よっぽど大切だ」
美咲が心配そうに口を開く。
「でも、査察部は必ず報復してくるわ。今度はもっと巧妙に」
「それでも」圭介が決意を込めて答える。「僕たちは続けます。ここにいる皆さんには、魔法を学ぶ権利がある」
参加者たちの表情が引き締まった。
「僕たちも覚悟はできてます」健一が代表するように答える。「今更引き下がれません」
「私も同じです」みゆきが続く。「初めて希望を感じることができたんです」
黒木が頷く。
「それでは、講座を再開しましょう。今日学ぶべきことは、まだたくさんあります」
---
**その夜、魔法庁**
「白金雅人に阻まれただと?」
黒川部長が田所の報告を聞いて激怒していた。
「申し訳ありません。法的な根拠が薄弱で...」
「言い訳はいらん」黒川が机を叩く。「だが、これで分かったことがある」
「と言いますと?」
「奴らは組織的に動いている」黒川の目が危険に光る。「単なる素人集団ではない。背後に地下魔法連盟がいる」
黒川は窓の外の夜景を見つめた。
「ならば、こちらも本格的に動く必要がある。田所、極秘プロジェクトを発動しろ」
「極秘プロジェクト?」
「『タロン作戦』だ」黒川が振り返る。「田中圭介とその協力者たちを、完全に排除する」
田所の顔が青ざめた。『タロン作戦』とは、魔法庁の最も過激な制圧作戦の暗号名だった。
「しかし、それは...」
「躊躇している場合ではない」黒川が冷酷に答える。「奴らを野放しにしておけば、魔法界の秩序が根本から崩壊する」
深夜の魔法庁で、新たな陰謀が動き始めていた。
---
**同じ頃、白金財閥本社**
「雅人の件で報告があります」
秘書が白金家当主—雅人の父である白金威一郎—に報告していた。
「今日、魔法庁の査察部と対立したようです」
威一郎の表情は無表情だった。
「そうか」
「このまま放置しておいてよろしいのでしょうか?」
威一郎は長い間沈黙していたが、やがて口を開いた。
「あの愚か者が何をしようと、もう白金家とは無関係だ」
しかし、威一郎の目の奥に、わずかな動揺が見て取れた。息子の法的知識の鋭さは、確かに白金家の教育の成果だったからだ。
「ただし」威一郎が付け加える。「状況は注視していろ。必要があれば...対策を講じる」
夜は更けていくが、魔法界の各勢力は、それぞれの思惑で動き続けていた。
嵐は、もうすぐそこまで来ている。
**つづく**
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