第6章 地下魔法連盟の初陣—公開魔法講座



地下魔法連盟への参加を決めてから二週間後、圭介は人生で最も緊張する日を迎えていた。


「本当に大丈夫?」美咲が心配そうに圭介を見つめる。「公開講座なんて、魔法庁に目をつけられるリスクが高すぎるわ」


旧市街の奥にある小さな広場—かつては子供たちの遊び場だったが、今は廃れて誰も使わない空間—で、三人は最終的な準備を進めていた。


「でも、これが俺たちの最初の一歩だ」白金が自作の杖を握りしめる。「隠れてコソコソやってるだけじゃ、何も変わらない」


黒木も頷く。


「今日集まる予定の参加者は十五名。全員が何らかの理由で魔法庁の正規教育から排除された人たちです」


圭介は手の中のひのきの棒を見つめた。この何の変哲もない木の棒で、本当に人々に希望を与えられるのだろうか。


「大丈夫」圭介が自分に言い聞かせるように呟く。「僕が教えられるのは光魔法だけ。でも、その中に大切なものがあるはずです」


午後二時、約束の時間になると、広場に人影が現れ始めた。


最初にやってきたのは、十代後半の少年だった。服装はみすぼらしく、魔導具らしきものは見当たらない。


「あの...田中圭介さんですか?」少年が恐る恐る声をかける。


「はい。君は?」


「山下です。山下健一」少年—健一が頭を下げる。「魔法適性はあるんですけど、魔法学校の学費が払えなくて...」


続いて現れたのは、二十代の女性だった。彼女も質素な服装で、手には折れた魔導杖を持っている。


「私は鈴木みゆきです。魔導具が壊れてしまって、新しいのを買うお金がなくて...」


一人、また一人と参加者が集まってくる。彼らの共通点は、皆どこか遠慮がちで、肩身の狭そうな表情をしていることだった。


「皆さん、よく来てくださいました」


圭介が参加者たちの前に立つと、ざわめきが静まった。


「僕は田中圭介です。皆さんと同じ、ごく普通の人間です」


圭介がひのきの棒を掲げると、参加者たちの間にどよめきが起こった。


「それ...本当にひのきの棒ですか?」健一が驚く。


「はい、百円ショップで買いました」圭介が苦笑いする。「最初は工作用に買ったんですが...」


圭介が軽く棒を振ると、先端から柔らかな光が生まれた。光は空中で踊るように動き回り、やがて美しい花の形を作る。


「うわあ...」


参加者たちが息を呑んだ。安物のひのきの棒から生まれた光とは思えないほど、美しく神秘的だった。


「今日、皆さんにお伝えしたいのは」圭介が光の花を消しながら続ける。「魔法は心の形だということです」


「心の形?」みゆきが首をかしげる。


「はい。高い魔導杖や、名門の血筋は、確かに魔法を『便利』にしてくれます」圭介が参加者たちを見回す。「でも、魔法の本質は違うところにある」


圭介が再びひのきの棒を構える。


「魔法とは、自分の想いを形にする技術です。相手を助けたい、守りたい、そんな気持ちがあれば...」


棒から放たれた光が、参加者たち一人一人を優しく包み込んだ。その光に触れた瞬間、皆の表情が和らぐ。


「温かい...」健一が感動する。


「これが『光の治癒』です」圭介が説明する。「高価な治癒魔法薬と同じ効果がありますが、必要なのは『相手を思いやる心』だけです」


参加者たちの目が輝いた。


「僕たちにも、そんな魔法が使えるんですか?」みゆきが期待を込めて尋ねる。


「もちろんです」圭介が頷く。「ただし、簡単ではありません。心を鍛える必要があります」


白金が前に出る。


「俺が実例を見せよう」


白金が自作の杖を取り出す。見た目は貧相だが、杖から放たれた炎は力強く美しかった。


「俺も元々は、高級な杖に頼りきりだった」白金が自嘲的に笑う。「でも、田中に負けて分かったんだ。本当の魔法は、道具じゃなく心から生まれるって」


参加者たちが感嘆の声を上げる。


「白金さんも、独学なんですか?」健一が驚く。


「ああ。つい最近まで名門の坊ちゃんだったけどな」白金が苦笑する。「でも今は、君たちと同じ立場だ」


圭介が手を叩く。


「それでは、実践練習に入りましょう。まずは瞑想から始めます」


参加者たちが輪になって座る。魔導具を持たない者、壊れた杖しかない者、様々だったが、皆真剣な表情だった。


「目を閉じて、心を静めてください」圭介の声が響く。「そして、誰かを大切に思う気持ちを思い出してください。家族、友人、恋人...誰でも構いません」


広場に静寂が訪れる。


「その気持ちを、手のひらに集めてみてください。形はどんなものでも構いません」


数分後、健一の手のひらに小さな光が宿った。


「あ...光った!」


「僕も!」


「私にも何か...」


次々と参加者たちの手に、様々な光が生まれ始める。小さくて儚いが、確かに魔法の光だった。


「素晴らしい」圭介が感動する。「皆さん、立派な魔法使いです」


みゆきが涙を流していた。


「私...もうダメだと思ってました。魔導具が壊れて、お金もなくて...でも、まだ魔法が使えるんですね」


「魔法は心の中にあります」圭介が優しく答える。「道具はあくまで補助。本当に大切なのは、皆さんの中にある力です」


その時、広場の入り口に人影が現れた。


黒いスーツを着た男たちが、じっと様子を窺っている。魔法庁の職員だった。


「あら...」美咲が緊張する。


しかし圭介は動じなかった。


「皆さん、続けましょう。僕たちは何も悪いことはしていません」


参加者たちも、圭介の堂々とした態度に勇気づけられる。


「今度は、その光を少し大きくしてみてください」圭介が指導を続ける。「焦らず、ゆっくりと」


魔法庁の職員たちは、しばらく様子を見ていたが、やがて立ち去っていった。おそらく「違法行為ではない」と判断したのだろう。


講座は三時間続いた。最後には、参加者全員が何らかの光魔法を使えるようになっていた。


「ありがとうございました!」健一が深々と頭を下げる。「今日のことは一生忘れません」


「私も...希望を失いかけていましたが、もう一度頑張ってみます」みゆきも感謝の言葉を述べる。


参加者たちが去った後、四人は広場に残った。


「成功だったわね」美咲が微笑む。


「ああ、予想以上だった」黒木も満足そうだ。「参加者たちの表情が、最初と全然違っていた」


白金も頷く。


「俺も昔の自分を見ているようだった。道具に頼りきりで、本質を見失っていた」


圭介は夕日に染まる空を見上げた。


「これが始まりですね」


「そうね」美咲が答える。「でも、ここからが本当の勝負よ。魔法庁も本格的に動き出すでしょう」


「構いません」圭介が力強く答える。「僕たちには、正しいことをしているという確信があります」


手の中のひのきの棒が、夕日を受けて優しく光っていた。まるで「よくやった」と褒めてくれているように。


---


**その夜、魔法庁**


「田中圭介が公開で魔法講座を開催した」


報告を受けた黒川部長の表情が険しくなった。


「参加者は?」


「十五名。全員が魔法庁未登録の魔法使いです」


「やはりか...」黒川が舌打ちする。「奴は確信犯だ。魔法界の秩序を意図的に破壊しようとしている」


部下が恐る恐る尋ねる。


「取り締まりますか?」


「まだだ」黒川が首を振る。「表向きは違法行為ではない。だが...」


黒川の目が冷たく光った。


「奴の動向を詳細に監視しろ。必ずボロを出すはずだ」


夜の街に、新たな嵐の予感が漂い始めていた。


**つづく**

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