第9章 決戦準備—地下魔法連盟の結集



慎一郎からの最後通告から十二時間後。圭介たちは秘密裏に拠点を移していた。


「ここなら安全だ」


黒木が案内したのは、戦前に建設されて長年放棄されている地下鉄の旧駅跡だった。地上から三階分下がった巨大な空間は、魔法の練習場としては申し分ない。


「すげえ...こんな場所があったなんて」


健一が驚嘆の声を上げる。彼の周りには、圭介の講座に参加していた仲間たちが集まっている。その数は既に六十名を超えていた。


「みんな、よく集まってくれました」圭介が参加者たちの前に立つ。「今夜、僕たちは大きな試練を迎えます」


参加者たちの表情が引き締まった。事情を知らされた彼らは、それでも圭介と共に戦う意志を示していた。


「でも、無理をする必要はありません」圭介が続ける。「帰りたい方は、今からでも...」


「冗談じゃありません」


みゆきが前に出た。彼女の手には、この一ヶ月で習得した『光の糸』が踊っている。


「田中さんがいなかったら、私はもう魔法を諦めていました」


「僕もです」健一が続く。「ここで学んだことは、お金じゃ買えません」


次々と参加者たちが意思表示をする。誰一人として帰ろうとする者はいなかった。


白金が感動したように呟く。


「これが...本当の絆か」


「よし」黒木が手を叩く。「それでは、戦術会議を始めよう」


旧駅のホームに設置された長机を囲んで、主要メンバーが集まった。


「まず敵の戦力分析から」黒木が資料を広げる。「粛清部隊は隊長の慎一郎を含めて十二名。全員がA級以上の魔法使いです」


「A級が十二人...」美咲が青ざめる。「私たちの中でA級に匹敵するのは、圭介と白金君だけよ」


「数的には圧倒的に不利だな」ゲンさんが渋い顔をする。


「でも」白金が口を開く。「俺たちには地の利がある。それに...」


白金が参加者たちを見回す。


「みんなの成長ぶりは本物だ。一ヶ月前とは比べ物にならない」


実際、参加者たちの技術向上は目覚ましかった。圭介から光魔法の基礎を学んだ彼らは、それぞれ独自の応用を見せ始めている。


健一は『光の矢』を連続発射できるようになり、みゆきは『光の糸』で物を操る技術を習得していた。


「よし、それでは部隊編成を行う」白金が立ち上がる。「俺が戦術班のリーダーを務める」


戦術班には、攻撃魔法に長けた参加者二十名が集まった。


「私は治癒班よ」美咲が手を挙げる。「戦闘で負傷した人の治療を担当します」


治癒班には、癒しの治癒魔法を習得した十五名が参加した。


「俺は情報班だ」黒木が続ける。「敵の動向を監視し、作戦の調整を行う」


残りの参加者たちも、それぞれの得意分野に応じて配置された。


「圭介は?」美咲が尋ねる。


「僕は...」圭介が迷う。


「お前は総司令官だ」白金が断言する。「俺たちのシンボルであり、最強の戦力でもある」


「でも、兄さんと戦うのは...」


「つらいだろう」ゲンさんが優しく声をかける。「だが、圭介よ。お前の兄は既に、お前を知っている人間ではない」


「どういう意味ですか?」


「五年間の工作員生活」ゲンさんの表情が曇る。「人の心を変えてしまうものだ。今の慎一郎は、昔のお前の兄ではないかもしれん」


圭介は複雑な思いでひのきの棒を握りしめた。


「それでは、具体的な作戦を立てよう」黒木が大きな紙を広げる。「旧駅の構造を利用した迎撃戦だ」


黒木の指が地図上を動く。


「敵は地上から侵入してくる。階段は三箇所あるが、メインの階段を使うはずだ」


「そこで迎え撃つのか?」白金が確認する。


「いや、あえて地下まで誘い込む」黒木の目が光る。「この広いホームで戦えば、俺たちの数の優位を活かせる」


「治癒班は後方待機」美咲が付け加える。「負傷者が出たらすぐに治療に当たるわ」


「情報班は各階に配置」黒木が続ける。「敵の動きを逐一報告してもらう」


作戦の詳細が次々と決められていく。素人集団だった彼らが、今や立派な組織として機能していた。


「最後に」圭介が全員を見渡す。「もう一度言います。無理はしないでください。命より大切なものはありません」


「田中さん」健一が手を挙げる。「僕たちだって、もう子供じゃありません。自分で選んだ道です」


「そうよ」みゆきも頷く。「私たちには、守りたいものがあるの」


参加者たちの目に、強い意志が宿っていた。


「分かりました」圭介が深く頭を下げる。「みんな、ありがとうございます」


---


**午後六時**


地上では、粛清部隊が集結していた。廃ビルの屋上に十二人の黒いスーツ姿が並ぶ光景は、不気味な威圧感を放っている。


「目標地点を確認しました」


部下の報告を聞きながら、慎一郎は複雑な表情を見せていた。


「隊長、本当によろしいのですか?」副隊長が心配そうに尋ねる。「相手は隊長のご弟息で...」


「職務だ」慎一郎が冷たく答える。「個人的な感情は捨てろ」


しかし、慎一郎の握りしめた拳は、微かに震えていた。


「作戦開始は午後八時」慎一郎が宣言する。「地下魔法連盟を完全に制圧する」


---


**同じ頃、地下駅**


「敵影確認。地上に集結中」


見張りからの報告を受けて、圭介たちは最終準備に入った。


「みんな、配置について」白金が指示を出す。


参加者たちが、それぞれの持ち場に散っていく。緊張はしているが、恐怖よりも決意の方が勝っていた。


「圭介」美咲が近づいてくる。「あなたは大丈夫?」


「正直、分からない」圭介が苦笑いする。「でも、やるしかありません」


圭介がひのきの棒を構えると、棒から温かい光が放たれた。その光を見て、参加者たちの緊張が少し和らぐ。


「みんな」圭介が声を張り上げる。「僕たちが戦うのは、権力のためでも、復讐のためでもありません」


参加者たちが圭介に注目する。


「僕たちが守るのは、『魔法を愛する心』です」圭介の声に力が宿る。「血統や金に左右されない、純粋な魔法への憧れです」


「そうだ!」健一が叫ぶ。


「私たちは正しいことをしてる!」みゆきも続く。


地下駅に、六十の魂が一つになった瞬間だった。


「時間だ」黒木が時計を見る。「午後八時まで、あと五分」


圭介は深呼吸した。兄との対決が、ついに始まろうとしている。


「来るぞ...」


地上から、重い足音が響いてきた。


**つづく**

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