第4章 路地裏の決闘
修行を始めて一ヶ月が過ぎた頃、圭介の元に予想外の挑戦状が届いた。
「『光魔法の決闘』を申し込む。今度こそ決着をつけよう。場所は廃工場跡地。時間は今夜八時。逃げるなよ、貧乏人。—白金雅人」」
美咲が挑戦状を読み上げながら眉をひそめる。
「随分と子供っぽい挑戦状ね」
「でも、逃げるわけにはいかないでしょう」圭介がひのきの棒を握りしめる。「一ヶ月間の修行の成果を試すいい機会かもしれません」
ゲンさんが心配そうに口を開く。
「白金家の坊ちゃんを甘く見るなよ。あいつの『ヘルメス・スタッフ』は本物だ」
「大丈夫です」圭介の目に決意が宿る。「僕には僕のやり方があります」
---
**その夜、廃工場跡地**
噂を聞きつけた魔法使いたちが、廃工場の周りに集まっていた。表向きは秘密の世界である魔法界だが、内部での情報伝達は驚くほど早い。
「おい、本当に来るのか?」
「『ひのきの棒』対『三千万の杖』だぞ。見物だな」
「でも白金の実力は本物だ。A級魔法使いの力を舐めちゃいけない」
観客の中には、魔法対策課の佐藤の姿もあった。彼は複雑な表情で圭介を見つめている。
午後八時きっかりに、白金雅人が現れた。高級車から降りた彼は、宝石をちりばめた『ヘルメス・スタッフ』を誇らしげに掲げる。
「よく来たな、田中圭介」白金が傲慢な笑みを浮かべる。「今日こそ格の違いを見せてやる」
圭介は質素な作業服姿で、ひのきの棒一本を手にしているだけだった。両者の対比は、まるで王子と乞食のようだ。
「ルールは単純だ」白金が宣言する。「制限時間十分。相手を戦闘不能にするか、降参させた方の勝ちだ」
観客たちがざわめく。
「十分も持つのか?あの素人が」
「いや、三分で終わりだろう」
しかし、一部の観客—特に地下組織系の魔法使いたち—は圭介を興味深そうに見つめていた。
「始め!」
審判役の魔法使いが手を下ろすと同時に、白金が杖を振り上げた。
「『フレイム・ランス』!」
『ヘルメス・スタッフ』から巨大な炎の槍が放たれる。その威力は凄まじく、空気を焼きながら圭介に向かって飛んできた。
圭介は慌てず、ひのきの棒を構える。
「『光の壁』」
棒から放たれた金色の光が、圭介の前に巨大な盾を形成する。炎の槍は光の盾に激突し、激しい火花を散らして消滅した。
「な...」白金の表情が変わる。「前よりも強くなっている?」
観客からどよめきが上がる。
「おい、あの防御魔法...」
「相当な練度だぞ」
圭介は一歩前に出た。この一ヶ月、美咲やゲンさんと共に猛特訓を続けてきた。光を『放つ』だけでなく、『操る』技術を身につけたのだ。
「僕の番です」
ひのきの棒を回転させると、棒の先端から無数の光の矢が現れる。
「『光矢雨』」
数十本の光の矢が、白金に向かって雨あられと降り注いだ。
「『アイス・バリア』!」
白金が慌てて氷の壁を作るが、光の矢の勢いは衰えない。氷の壁に亀裂が入り始める。
「馬鹿な...安物の棒で、これほどの威力が...」
白金は杖を両手で握りしめた。
「本気を出す!『サンダー・ストーム』!」
空が光り、雷鳴が轟く。『ヘルメス・スタッフ』から放たれた雷が、圭介を包み込んだ。
観客たちが息を呑む。しかし、雷が晴れると、圭介は無傷で立っていた。全身を金色の光のオーラが包んでいる。
「『光の鎧』...まさか、身体強化魔法まで...」
白金の声が震えていた。身体強化は上級魔法の一つ。独学一ヶ月の素人ができる技ではない。
「どうして...どうしてお前ごときが...」
白金の杖を握る手が震え始める。彼のプライドが音を立てて崩れていく。
「僕は」圭介が静かに答える。「お前ごときじゃありません。田中圭介です」
圭介がひのきの棒を天に向けて掲げる。棒から放たれた光が空中で巨大な光の剣を形成した。
「これで決着です。『光剣・天照』」
光の剣が白金に向かって振り下ろされる。その美しく、圧倒的な光景に、観客たちは言葉を失った。
白金は必死に防御魔法を重ねるが、光の剣の前では紙切れ同然だった。防御を打ち破られ、地面に叩きつけられる。
『ヘルメス・スタッフ』が宙に舞い、ガラスのように砕け散った。
静寂が廃工場を支配する。
「勝者、田中圭介!」
審判の声が響くと、観客たちが爆発的な歓声を上げた。
「すげえ...本当にやりやがった」
「三千万の杖を、百円の棒が破ったぞ」
「これは歴史的瞬間だ」
特に地下組織系の魔法使いたちの興奮は凄まじく、圭介の名前を連呼していた。
しかし圭介は、倒れた白金の元に歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
白金は屈辱に顔を歪めながらも、圭介の手を見つめた。
「なぜ...なぜお前は手を差し伸べる?」
「あなたも魔法使いだからです」圭介が答える。「杖が違うだけで、同じ魔法を愛する人間じゃないですか」
白金の目に涙が浮かんだ。しかし、彼はその手を払いのけて立ち上がる。
「覚えていろ...これで終わったと思うな」
白金は捨て台詞を残して去っていった。だが、その背中は以前より小さく見えた。
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観客が散った後、美咲とゲンさんが圭介の元に駆け寄った。
「お疲れさま!見事な戦いだったわ」
「ああ、あの『光剣・天照』は見事だった」ゲンさんが感激する。「古式魔法の真髄を見たぞ」
しかし圭介の表情は複雑だった。
「僕、やりすぎたでしょうか?」
「何を言ってるの」美咲が首を振る。「正当な決闘よ。それに...」
美咲が周りを見回す。まだ完全に立ち去っていない観客たちが、圭介を尊敬の眼差しで見つめている。
「あなたは今夜、多くの人に希望を与えた」
「希望?」
「名門じゃなくても、高価な杖がなくても、本当の魔法は使える」美咲の目が輝く。「それを証明したのよ」
その時、佐藤が圭介に近づいてきた。
「田中君、君には話しておかなければならないことがある」
「何ですか?」
「魔法庁の内部が分裂している」佐藤の表情が重い。「君を支持する派閥と、危険視する派閥に分かれているんだ」
「分裂?」
「今夜の決闘で、君の実力は完全に証明された」佐藤が続ける。「これで状況は大きく変わる。君は選択を迫られることになる」
「どんな選択ですか?」
「魔法庁に協力するか」佐藤の目が真剣になる。「それとも、独自の道を歩み続けるか」
圭介は手の中のひのきの棒を見つめた。この一本の棒が、魔法界全体を揺り動かそうとしている。
「考えさせてください」
「分かった」佐藤が頷く。「ただし、時間はあまりない。近いうちに、大きな変化が起こる予感がする」
夜風が廃工場跡地を吹き抜けていく。圭介の新たな戦いは、まだ始まったばかりだった。
**つづく**
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