第3章 魔法学校への招待と拒絶



特別調査部の施設での二日間の検査を終え、圭介は予想外の提案を受けていた。


「魔法学校への入学を推薦したい」


魔法庁の会議室で、初老の女性—魔法教育部長の田村静子—が穏やかな表情で語りかけた。


「あなたのような力を持つ方には、きちんとした魔法教育が必要です。独学では危険すぎる」


圭介は困惑していた。検査の結果、彼の魔法力は確かに異常値を示したが、実際にできることは限られていた。ひのきの棒から光を出すこと、その光で攻撃や防御をすること。それだけだった。


「でも僕、魔法らしい魔法なんて何もできませんよ」


「それは技術の問題です」田村部長が微笑む。「適切な指導を受ければ、あなたは素晴らしい魔法使いになれる」


会議室の扉が勢いよく開いた。


「それは困ります」


入ってきたのは白金雅人とその取り巻きたちだった。全員が高級な魔導杖を携えている。


「白金君?君がここに来る理由は...」


「田中圭介の件でお聞きしたいことがあります」白金が偉そうに椅子に座る。「この男を魔法学校に入れるなど、正気の沙汰ではない」


「どういう意味ですか?」田村部長の声に険しさが混じる。


「見てください、この粗末な身なりを」白金が圭介を指差す。「魔法学校は名門子女の通う場所です。このような...庶民を混入させては、学校の品格が下がる」


圭介は何も言い返せなかった。確かに自分は配達員のアルバイト。制服も安物だし、持ち物もひのきの棒一本だけだ。


「それに」白金の取り巻きの一人—細身の青年—が続ける。「出自も不明でしょう?身元の怪しい人物を受け入れるのは危険です」


「力だけあっても、家柄がなければ意味がない」別の取り巻きも同調する。「魔法界は血統と伝統の世界なのですから」


田村部長の表情が曇った。


「しかし、田中君の能力は...」


「能力?」白金が鼻で笑う。「あの安物の棒で光を出すだけでしょう?私の『ヘルメス・スタッフ』なら、炎も氷も雷も自在に操れる。格が違いますよ」


圭介は立ち上がった。


「分かりました。僕は魔法学校には行きません」


「田中君!」田村部長が慌てる。


「大丈夫です」圭介が静かに答える。「僕には僕のやり方があります」


白金が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「賢明な判断ですな。身の程を知るのは大切なことです」


圭介は白金を見つめた。


「僕は諦めたわけじゃありません。ただ、あなたたちと同じ場所で学ぶ必要はないと思っただけです」


そう言って、圭介は会議室を後にした。


---


**一週間後**


圭介は再び宅配のアルバイトを続けていた。しかし、今度は仕事の合間に「特別な配達先」を回るようになった。


「おう、にいちゃん、また来たのか」


薄暗い路地裏の古書店『ミスティック・コレクション』で、店主の老人—通称「ゲンさん」—が圭介を迎えた。ゲンさんは元魔法使いで、今は表向き古本屋を営んでいる。


「こんにちは、ゲンさん。今日も教えてもらえますか?」


「ああ、もちろんだ」ゲンさんがしわがれた声で笑う。「その『ひのき』を見せてみろ」


圭介がひのきの棒を取り出すと、ゲンさんは相変わらず首を振った。


「不思議な代物だ。普通の魔導杖なら、どんな杖でも基本的な魔法は使えるもんなんだがな」


実際、圭介は他の魔導杖を試したことがあった。佐藤が貸してくれた標準的な杖では、魔法の「ま」の字も使えなかった。ひのきの棒でないと、まったく魔法が発動しないのだ。


「でも、光を操る魔法だけは一級品だ」ゲンさんが感心する。「見せてみろ」


圭介は棒を構えた。一週間前と比べて、コントロールは格段に向上している。


「集中...そして、形を意識して...」


棒から放たれた光が、空中で複雑な図形を描く。最初は単純な球だったが、今では星型や渦巻きなども作れるようになった。


「うむ、いい感じだ」ゲンさんが頷く。「だが、まだ『放つ』だけだな。次の段階に進むには...」


ゲンさんは奥の棚から分厚い本を取り出した。表紙は擦り切れ、タイトルもほとんど読めない。


「これは『光魔法基礎理論』って本だ。五十年前に絶版になった」


「絶版?なぜですか?」


「効率が悪いからさ」ゲンさんが苦笑する。「最近の魔法は『杖の力で魔法を増幅する』のが主流だ。でも、この本に書かれているのは『自分の力だけで魔法を練り上げる』古い技術だ」


圭介は本を手に取った。ページをめくると、複雑な図表や呪文が並んでいる。


「これなら、僕にも使えますか?」


「分からん」ゲンさんが正直に答える。「この技術を完全に習得した魔法使いは、もうほとんどいない。お前さんが最初の挑戦者になるかもしれん」


その時、店の扉のベルが鳴った。客が入ってきたのだ。


「いらっしゃい...って、あんたは?」


入ってきたのは、フードを深くかぶった小柄な人物だった。性別も年齢も分からない。


「その人が噂の『ひのきの魔法使い』ですか?」


フードの人物の声は若い女性のものだった。


「噂って?」圭介が困惑する。


「魔法界の地下組織では有名ですよ」女性がフードを取る。現れたのは二十代前半の美しい女性だった。「私は桜井美咲。フリーの魔法使いです」


「フリー?」


「どこの組織にも属さない魔法使いのことです」美咲が微笑む。「あなたと同じ、『アウトサイダー』ですね」


美咲は自分の魔導杖を見せた。それは圭介のひのきの棒ほどではないが、かなり質素な代物だった。


「私も名門の出身じゃありません。独学で魔法を覚えました」


「独学で?」


「ええ。図書館に眠る古い魔法書を読み漁って、一人で練習しました」美咲が振り返る。「ゲンさんにもお世話になりました」


ゲンさんが嬉しそうに笑う。


「美咲ちゃんは優秀だったからなあ。今では俺より上手だ」


「それで」美咲が圭介に向き直る。「あなたにお願いがあります」


「僕に?」


「一緒に修行しませんか?」


圭介は驚いた。


「でも僕、まだ光を出すことしかできないんです」


「構いません」美咲が首を振る。「むしろ、その『純粋さ』が貴重なんです」


「純粋さ?」


「最近の魔法使いは杖に頼りすぎています」美咲の目が真剣になる。「でも、本当の魔法は心の力から生まれるもの。あなたのひのきの棒がそれを証明している」


圭介はひのきの棒を見つめた。確かに、この棒は他の誰にも反応しない。まるで自分だけのパートナーのようだ。


「分かりました」圭介が決意を固める。「一緒に修行しましょう」


「よし!」ゲンさんが手を叩く。「それじゃあ、本格的な特訓を始めるか!」


---


**その夜**


白金財閥の豪邸で、雅人は苛立ちを隠せずにいた。


「田中圭介の動向はどうなっている?」


「路地裏の古書店に出入りしているようです」部下が報告する。「フリーの魔法使いとも接触しているとか」


「フリーの魔法使い?」雅人が眉をひそめる。「どこの馬の骨とも知れない連中か」


「放っておいても問題ないのでは?」別の部下が言う。「所詮、独学の寄せ集めです」


しかし雅人は納得していなかった。あの時の圭介の魔法は、確かに自分の『ヘルメス・スタッフ』を上回っていた。


「監視を続けろ」雅人が命じる。「あいつが何を企んでいるか分からん」


窓の外では、夜の街が静寂に包まれていた。しかし魔法界の水面下では、新たな潮流が生まれ始めている。


古い伝統に挑戦する者たちの、静かな革命が。


**つづく**

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