第2章 魔法適性検査と「異常値」
白金雅人との一件から三日後、圭介は再び魔法対策課の地下施設にいた。今度は佐藤だけでなく、数名の職員が同席している。
「田中君、今日は君の魔法適性を正式に測定させてもらう」佐藤が厳かな表情で説明した。「魔法使いとして登録するには、この検査が必要なんだ」
圭介の前には、水晶のような球体が置かれていた。手のひらほどの大きさで、内部で青白い光がゆらめいている。
「これが魔法適性測定器『アルカナ・スフィア』です」隣にいた女性職員—名札には「山本」と書かれている—が説明する。「この球体に手を当てると、あなたの魔法力を数値化できます」
「数値化?」
「ええ。一般的な魔法使いは100から500程度。A級の白金様でも800です。1000を超えると『英雄級』と呼ばれます」
圭介は測定器を見つめた。なんだか大げさな話になってきている。
「それで、僕はどれくらいなんでしょうね」
「それを調べるのが今日の目的です」佐藤がうなずいた。「では、球体に両手を当ててください」
圭介が恐る恐る手を伸ばすと、球体は彼の手が触れる前から光り始めた。
「あれ?まだ触ってないのに...」
「異常です」山本が慌てた声を上げる。「通常は接触してから反応するはずなのに...」
圭介が完全に球体に手を当てた瞬間、事態は急変した。
球体の光が爆発的に強くなり、測定器の表示パネルが激しく点滅し始める。数値が猛烈な勢いで上昇していく。
500...1000...1500...2000...
「おい、これは一体...」佐藤が息を呑む。
3000...4000...5000...
「測定限界を超えています!」山本が叫んだ。「システムがオーバーヒートします!」
その時、球体が耐えきれずに爆発音を立てて砕け散った。破片が床に飛び散り、室内の電灯が全て消える。
緊急用の照明が点くまでの数秒間、完全な闇が室内を支配した。
「だ、大丈夫ですか?」圭介が慌てて声をかける。
「測定器が...完全に破壊されてしまいました」山本が青ざめた顔で呟く。「これは三億円の精密機器だったのに...」
佐藤は震える手で破片を拾い上げた。
「田中君...君の魔法力は測定不能だ。少なくとも5000以上...いや、それ以上かもしれない」
「それって、すごいことなんですか?」
「すごいなんてものじゃない」佐藤の声は掠れていた。「人類史上、魔法力5000を超えた者は...」
佐藤の言葉が途切れたのは、室内に新たな足音が響いたからだった。
重厚なドアが開き、三人の人影が現れる。全員が高級スーツに身を包み、ただならぬ威圧感を醸し出していた。
「魔法庁特別調査部です」
先頭の男性—50代ほどで、鋭い眼光の持ち主—が身分証を提示した。
「私は部長の黒川。田中圭介氏ですね」
「は、はい」
黒川は破壊された測定器を一瞥した。
「『アルカナ・スフィア』を破壊したのは君ですか?」
「あの、僕は手を当てただけで...」
「佐藤課長」黒川が佐藤に向き直る。「詳細な報告を」
佐藤が状況を説明する間、黒川の部下二人は圭介を値踏みするように観察していた。その視線は明らかに敵意を含んでいる。
「なるほど」黒川がうなずいた。「測定不能、か」
「黒川部長、田中君は善良な一般人です。危険な人物では...」
「それは我々が判断する」黒川が佐藤の言葉を遮る。「田中氏、あなたには特別調査部での再検査を受けてもらいます」
「再検査?」
「より精密な測定器を使用します。それと...」黒川の目が冷たく光った。「あなたの過去についても調べさせてもらいます」
圭介の背筋に寒気が走った。
「僕、何か悪いことしましたか?」
「まだ分からない」黒川が答える。「しかし、異常な力を持つ者は往々にして異常な出自を持つものです」
「異常な出自って...」
「例えば」黒川が一歩前に出る。「悪魔との契約、禁断の儀式、異界からの転生者...可能性は無数にある」
圭介は言葉を失った。そんな大げさな話ではないはずなのに。
「待ってください」佐藤が割って入る。「田中君はただの宅配員です。魔法のことも三日前まで知らなかった」
「だからこそ危険なのです」黒川が冷笑する。「無自覚な超能力者ほど手に負えないものはない。しかも、その力の源が不明となれば...」
黒川は部下に目配せした。二人が圭介の両脇に立つ。
「田中氏、同行願います」
「ちょっと待ってください!」圭介が声を上げる。「僕はただ、困っている人を助けただけです!」
「それは取り調べで確認します」
その時、圭介の制服のポケットからひのきの棒が仄かに光った。まるで主人の危機を察したように。
黒川の部下の一人がその光に気づく。
「部長、あの木の棒が...」
「ほう」黒川の目がひのきの棒に向けられる。「それがあなたの魔導具ですか?」
「はい、でも...」
「没収します」
「え?」
「危険な魔導具は一時的に保管するのが規則です」
圭介は慌ててひのきの棒を握りしめた。なぜかそれを手放してはいけない気がする。
「返してもらえるんですよね?」
「調査が終われば」黒川が答える。しかし、その口調には確約の響きがない。
圭介は周りを見回した。佐藤は申し訳なさそうな顔をしているが、特別調査部の権限には逆らえないようだった。
「分かりました」
圭介は諦めてひのきの棒を差し出そうとした。しかし、棒が彼の手を離れた瞬間、室内の温度が急激に下がった。
壁にかけられた時計が止まり、蛍光灯がちらつき始める。
「何だ?」黒川が眉をひそめる。
ひのきの棒を受け取った部下の手から、棒がするりと滑り落ちた。床に落ちた途端、棒の光が完全に消える。
「あれ?」圭介が困惑する。「光が...」
黒川が棒を拾い上げようとしたが、なぜか手が届かない。まるで目に見えない力が棒を守っているかのようだった。
「これは...」
圭介が再び棒に手を伸ばすと、今度はすんなりと手に収まった。瞬間、棒は再び光を取り戻す。
室内に沈黙が流れた。
「興味深い」黒川が呟く。「魔導具が使い手を選ぶとは...これは想像以上に特殊なケースかもしれません」
黒川は部下に合図した。
「計画変更です。田中氏には魔導具と一緒に来てもらいましょう」
---
三十分後、圭介は黒塗りの政府車両の後部座席にいた。窓の外を流れる都市の風景を眺めながら、彼は自分の人生がどこに向かっているのか分からずにいた。
隣に座る黒川が口を開く。
「田中氏、一つ聞きたいことがあります」
「はい」
「あなたは本当に、三日前まで魔法の存在を知らなかったのですか?」
圭介は頷いた。
「本当です。信じてもらえないかもしれませんが...」
「いえ、信じています」黒川の答えは意外だった。「だからこそ問題なのです」
「問題?」
「無自覚の超能力者が最も危険なのは」黒川が圭介を見つめる。「その力が暴走した時、止める術を知らないからです」
車は高速道路に入った。目的地はまだ遠いようだった。
圭介は手の中のひのきの棒を見つめた。この何の変哲もない木の棒が、なぜこれほどまでに注目されるのだろう。
そして、自分はこれからどうなってしまうのだろう。
**つづく**
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