第5章 選択の刻—魔法庁の影



白金との決闘から一週間後、圭介の元に二通の手紙が届いた。


一通は魔法庁の公式文書。金縁の封筒に魔法庁の印章が押されている。もう一通は質素な茶封筒で、差出人の名前はない。


「どちらから読む?」美咲が興味深そうに尋ねる。


古書店『ミスティック・コレクション』の奥の部屋で、圭介、美咲、ゲンさんの三人が向かい合っていた。


「まずは魔法庁の方から」


圭介が金縁の封筒を開くと、格調高い文面が現れた。


**魔法庁特別顧問就任のご案内**


*田中圭介殿*


*この度、貴殿の優れた魔法能力と高潔な人格を鑑み、魔法庁特別顧問への就任をご提案申し上げます。*


*現在、魔法界は大きな変革の時期を迎えております。古い慣習に縛られず、真に実力のある魔法使いが活躍できる世界を作るため、貴殿のお力が必要です。*


*ご就任いただけましたら、以下の待遇をお約束いたします。*

*・年俸一千万円*

*・専用の研究施設*

*・最高級魔導杖の提供*

*・魔法界改革プロジェクトへの参画*


*なお、職務の性質上、無許可での魔法研究や、未認可団体との接触はお控えいただくことになります。*


*ご返答は一週間以内にお願いいたします。*


*魔法庁長官 藤原雅彦*


「すごいじゃない」美咲が感嘆する。「年俸一千万って...」


「でも」ゲンさんが眉をひそめる。「『未認可団体との接触禁止』ってのが引っかかるな」


圭介も同じことを考えていた。それは事実上、美咲やゲンさんとの関係を断つことを意味している。


「もう一通も読んでみましょう」


茶封筒を開くと、手書きの文字が躍っていた。


*圭介へ*


*白金との決闘、見事だった。君の光魔法は、多くの人に希望を与えている。*


*実は話があるんだ。『地下魔法連盟』という組織を知っているか?*


*魔法庁や名門家に属さない魔法使いたちの互助組織だ。僕も設立メンバーの一人なんだ。*


*君にも参加してもらいたい。明日の夜九時、旧市街の『ムーンライト・カフェ』で詳しい話をしよう。*


*—地下魔法連盟幹部 黒木*


「地下魔法連盟?」圭介が美咲を見る。「聞いたことありますか?」


美咲の表情が急に真剣になった。


「ええ...私も実は、関係者なの」


「え?」


「ごめんなさい、言ってなくて」美咲が申し訳なさそうに頭を下げる。「でも、あなたを利用しようとしたわけじゃない。本当に、一緒に修行がしたかっただけ」


ゲンさんが苦笑する。


「実は俺もなんだ。創設メンバーの一人でもある」


圭介は驚いた。自分の周りの人々が、皆秘密を抱えていたのだ。


「地下魔法連盟って、一体何なんですか?」


「簡単に言えば」美咲が説明する。「魔法庁の統制に反発する魔法使いたちの組織よ。自由な魔法研究と、実力主義の世界を目指してる」


「でも」ゲンさんが付け加える。「当然、危険も多い。魔法庁からは『反体制組織』として監視されている」


圭介は二通の手紙を見比べた。


一方は安定と保障を約束するが、自由を奪う。

もう一方は自由を保証するが、危険を伴う。


「僕はどちらを選ぶべきでしょう?」


「それは」美咲が静かに答える。「あなた自身が決めることよ」


---


**翌日の夜、ムーンライト・カフェ**


旧市街の片隅にある小さなカフェは、外見は普通の喫茶店だった。しかし、店内に入ると雰囲気が一変する。


客の大半が、何らかの魔導具を身につけているのだ。質素なものから独特なものまで、実に多種多様だった。


「田中圭介さんですね」


奥の席から立ち上がった男性が圭介に近づいてきた。三十代半ばで、知的な印象を与える。


「地下魔法連盟の黒木です。お会いできて光栄です」


握手を交わしながら、圭介は黒木の魔導杖に目を向けた。それは木製だが、複雑な彫刻が施されている。明らかに手作りの品だ。


「自作です」黒木が笑う。「市販の杖は高すぎて買えませんから」


席に着くと、黒木が本題に入った。


「率直に申し上げます。我々は田中さんの力を必要としている」


「僕の力?」


「あなたの存在は、魔法界の常識を覆しました」黒木の目が輝く。「『血統や金がなくても、真の魔法は使える』—それを証明したんです」


黒木は周りの客たちを見回した。


「ここにいる魔法使いたちの多くは、名門出身ではありません。独学で魔法を覚え、安い魔導杖で地道に練習してきた人たちです」


「でも、魔法庁は彼らを認めない」黒木の声に怒りが混じる。「『正式な教育を受けていない』『血統が不明』『危険な独学者』...様々な理由をつけて排除しようとする」


圭介は黙って聞いていた。


「我々が目指すのは、真の実力主義の魔法界です」黒木が続ける。「血統ではなく、金ではなく、純粋な魔法の力で評価される世界」


「でも、それは危険なことでもありますよね?」


「ええ」黒木が頷く。「我々は常に魔法庁の監視下にある。時には強制的な取り締まりも受ける。それでも、理想を諦めるわけにはいかない」


その時、カフェの扉が開いた。入ってきたのは、意外な人物だった。


「白金...雅人?」


白金雅人が、みすぼらしい服装で現れた。高級スーツの代わりに古いジャージ、宝石の代わりに簡素なネックレス。まるで別人のようだ。


「よお、田中圭介」白金が苦笑いを浮かべる。「驚いたか?」


「どうして君がここに?」黒木も困惑している。


「実は」白金が席に座る。「俺も地下魔法連盟に参加したいんだ」


カフェ内がざわめいた。白金財閥の御曹司が、反体制組織への参加を申し出るなど前代未聞だった。


「君は名門の...」黒木が言いかけると、白金が手を振る。


「名門?血統?」白金が自嘲的に笑う。「そんなものに意味があると思ったから、俺は田中に負けたんだ」


白金は圭介を見つめた。


「お前との決闘で分かった。本当の魔法は、杖の値段じゃない。心の力なんだ」


白金が懐から取り出したのは、質素な木の杖だった。


「これは俺が自分で作った杖だ。材料費は五百円」白金が誇らしげに掲げる。「でも、三千万の『ヘルメス・スタッフ』より、ずっと俺の魔法に反応してくれる」


圭介は驚いた。白金の変化は想像以上だった。


「でも、君の家族は?」


「勘当された」白金があっけらかんと答える。「『家の恥』だってさ。でも、むしろ清々した」


黒木が慎重に口を開く。


「白金さん、あなたの参加は歓迎しますが...本気ですか?地下魔法連盟は、あなたの生まれ育った世界と正反対の価値観です」


「だからこそだ」白金の目に決意が宿る。「俺は変わりたい。本当の魔法使いになりたいんだ」


白金が圭介に向き直る。


「田中、俺たちと一緒にやらないか?お前が先頭に立てば、魔法界は必ず変わる」


圭介は迷った。魔法庁の提案も魅力的だったが、この瞬間、彼の心は決まりつつあった。


「僕は」圭介がゆっくりと口を開く。「自由に魔法を追求したい。血統や金に縛られない、本当の魔法の世界を見てみたい」


黒木が笑顔になった。


「それが答えですね」


「ただし」圭介が続ける。「僕は戦いがしたいわけじゃありません。魔法庁と対立するつもりもない」


「もちろんです」黒木が頷く。「我々の目的は破壊ではなく、創造です。新しい魔法界を作ることです」


白金が手を差し出した。


「よろしく頼む、パートナー」


圭介がその手を握り返す。


「こちらこそ」


---


**同じ頃、魔法庁**


「田中圭介が地下魔法連盟に参加した」


報告を受けた藤原長官の表情が曇った。


「予想通りか...」


「どうしますか?」部下が尋ねる。


「監視を強化しろ」藤原が冷たく答える。「あの男の力は、使いようによっては魔法界の秩序を根本から覆しかねない」


窓の外では、夜の街が静寂に包まれている。しかし魔法界では、新たな嵐が巻き起こり始めていた。


古い世界と新しい世界の衝突が、ついに始まろうとしている。


**つづく**

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