【Track.01 / Youth begins】

 季節は夏。私は蒸し暑い廊下を必死の形相で走っている。

 はぁ・・・はぁ・・・遅れたら不味い・・・!

【小丸あゆむ十五歳。今日は遂に憧れの先輩に誘われて念願のバンド活動に参加します!今私がどこにいるかって?昨日、先輩に教えてもらった部室へと馳せ参じるためギターの入ったケースを背負って西日差す廊下を全力疾走中!背中にぶつけないように左手を間に入れてクッションにして走っているよ!】

「こらー!廊下を走るなー!」

「す、すいませーん!」

 丁度階段を上がってきた教師に見つかり注意を受けるも空返事をして走り続ける。

 廊下の突き当たりに差し掛かった所で角から現れた人物とぶつかりそうになり咄嗟にブレーキを掛ける。寸前、前屈み体勢で立ち止まれた。

 驚いて目を丸くするのはプリントを抱えた中学からの友人、知夏だ。反射的に避けようと体を仰け反らせてしまった所為で束の上から数枚床に散らばった。

 後ろで縛った髪が肩に乗り、クリっとした目が瞬く様子からその勢いがわかる。

 幸先が悪い。でも私が悪い。

「こまちゃん!?」

「知夏!?ごめん大丈夫?」

「う、うん」

「よかったぁ私急いでて・・・」

 身を屈ませようとする知夏を手で制して落ちたプリントを拾う。

「何これ?夏休みも健康的に過ごそう?いやぁ夏だねぇ」

 デカデカと記載された文字を声に出しながら一枚一枚拾い集めて立ち上がると空いた窓からむわったとした生暖かい空気が頬を撫でた。おまけにクマゼミのシェイシェイシェイと鳴く声が鼓膜を響かせる。夏が来た!って感じがして私は好きだ。でもセミの外見はまさにエイリアンのそれにしか見えないのでわざわざ目にはしたくない。

「朝のホームルームで配布するんだって。学級日誌を持って行ったらついでにこれ持って行ってくれって頼まれちゃった」

 真面目な性格の知夏は帰りのホームルームが終了した後も学級日誌の全ての欄をびっちりと埋めるように書き足してから職員室へ向かったのを目にしていた。

 その時、部室へと向かう予定がある私だけど敢えて教室で時間を潰していた。もし部室に一番乗りしてしまえばバツの悪さに後込みしそうだと思ったからだ。誰か一人でも居てくれたら流れに身を任せればいいんだけど。

 と言う訳で知夏が教室を出た後もまだ早いと居残り、数分経ってからそろそろと教室を後にしたのだ。しかし廊下に出てふと思った。もし遅刻だと思われてしまったら大事なのではと。

 そうして慌てて廊下を走る事になり、担任から追加の雑用を頼まれた職員室帰りの知夏と廊下の角でばったり会ったと言う訳だ。

「日直も大変だよね。終業式なんてビックイベントの前じゃあこんな雑用も任されてさぁー」

 労いの言葉を掛けながらプリントに付いた塵を払い、上げた右足を台にして角を揃え、束の上に戻した。

「ありがとう。運が悪いよほんと・・・。所でこまちゃんは昨日ルインで言ってたやつだよね?急いでたんじゃ」

「そうだった!」

「私はもう大丈夫だから、ほら行って!」

「ありがとう!ほんとごめんね。じゃあ私、行くね!」

「うん、頑張ってね!」

 と言って小さく手を振る友人に見送られて私はまた駆け出した。


「失礼しました」

 そう挨拶して職員室から出る。

 どうして今日に限って日直当番なのかと腕の中の「夏休みも健康的に過ごそう!」と大仰に記載されたプリントに目を落として溜息をつく。

 学級日誌を持ってきた所、担任から追加の雑用を頼まれてしまったのだ。嫌そうな顔をすると「お前は学級委員でもあるだろ」と念を押されてしまい大人しく指示に従った。

 明日、朝のホームルームで配布するそうなのだがこれくらい自分で持って行ってくれと内心愚痴る。

 この後、昨日勧誘したあの子が部室へ来る予定なのだ。先に行って迎えてあげようと思い日直の仕事を迅速に終わらせたにも関わらず追加を食らってしまった。

 はぁ・・・まぁこれも早く終わらせよう。

 しかしこんなのを配った所で一体何人の生徒が真剣に目を通すのだろう。恐らく生徒に対してというより保護者に対して何か大事があった時の保険だろう。ちゃんと注意喚起しましたよと言えるように。ほけんだよりってそういう?便りの意味だけじゃ無く頼りの意味も含んでるよと。責任転嫁の意味で頼りか。高等学校になってまでわざわざ平仮名を使う意味はこれかと結論付けて教室へと足早に引き返す。

 その道中、廊下の突き当たりからギターを背負った生徒が遠くで見えた。ケース越しにでもわかる独特な形状のギターは小柄故余計に大きく見える。特徴的なのはポンポンが付いたヘアゴムで縛った左右にちょこんと飛び出た髪だ。昨日目にした弱そうな容貌も相まって守ってあげたくなるような雰囲気を後ろからも漂わせている。

 間違いない。勧誘したあの子だ。

声を掛けようと近づいてみると走って行ってしまった。

追い掛けようかと思ったが手に持ったプリントがそれを阻む。

 これは少し遅れそうだ。


 目的の部室へと辿り着きまたも急ブレーキをかける。すると背負ったギターにバランスを崩され前に倒れそうになるも右足を踏み出してなんとか耐えた。

「おっとっと!ふぅ危ない」

 背筋を正して振り向く。

「ここが憧れの先輩がいる部室・・・!くう~~~!」

 実際目にするとこれから一緒にバンド活動が出来るのだという実感が湧いてきて、喜びを噛み締めるように両拳を力一杯握り締めた。

 ふとドア上部にあるプレートを見遣ると、そこには大学ノートの切れ端が入っており手書きで何やら書いてある。

「ゲリラ軽音部サークル部室(仮)?」

 部なのかサークルなのか、それにゲリラって?(仮)も気になるけど、しかし今はそんな些事に戸惑っている場合ではない。

 この厚さ三センチのドアを開ければ、それはバンドにかける青春の始まりを意味する。

 まずは深呼吸をしよう。

「ふぅ~~はぁ~~ふぅ~~はぁ~~~よしっ!」

 気合を入れた私はこれから始まる夢のバンド活動ないし憧れの先輩との活動に胸をときめかせながらドアノブに手を掛けて軽快に引いた。

 これから先輩と一緒にバンド活動するんだ♪

 することに・・・なったんだけど・・・。

「えっ・・・?」

「お前どこのもんだぁあああ!?」

 何故か銃とナイフを突きつけられていた!

 戦慄の中、昨日の青葉祭ライブで演奏した曲「Whiplash」の英単語が脳裏を駆けまわる。

 そしてその意味を鮮明に思い出していた。

「Whiplash」の意味・使い方・読み方

「名」―【1】むちひも【2】むち打ち

「他動」―【1】むちで打つ、痛めつける【2】頸部傷害を引き起こす【3】悪影響を及ぼす、損害を与える

「読み方」―ウィプラッシュ

 (https://eow.alc.co.jp/search?q=whiplash)より引用

 学生が使う英単語帳の最後の方にも載ってなさそうな物騒な単語が印象に強すぎて頭にすんなりと入り込んでしまったようだ。これってテストに出ますか?出るとしても一体どういった態で出題されるというのか。

 ってぇ!いやいや私ここでしばき倒されるの!?現実逃避している場合じゃないよ!今の状況に向き合わないと、ヤバイ!

「質問に答えなさい」

 右にいるナイフを持っているお嬢様っぽい人が開いたドアを勢いよくバンッ!と閉めてからそう言って、更に首元にナイフを近づけてくる。

「頭に風穴を開けられたくなかったらさっさと吐け!」

 左にいる銃を持っているヤンキーみたいな人が逃げられないようにドアノブに手を掛けてロックし私の眉間に銃口を近づけカチッとハンマーを起こす。

 完全に退路を断たれてしまったと理解して降参とばかりに恐々と両手を上げる。ほんと幸先が悪い!

「あわわわわっ!私はっ!」

「「ああん!?」」

「ひぃ!」

 恐怖でうまく声が出てこない。

 私、これからどうなっちゃうのおおおおおおおお!???

 ――――そういえばどうしてこうなっちゃったんだろう・・・ここに至るまでの顛末を振り返ってみようか・・・きっとこれが走馬灯と言うやつなんだろうな・・・さよならグッバイ私のキラキラな高校生活・・・―――

 

 今年はバリ島あたりにバカンスでもどうかなぁとか、いや江の島も捨てがたいぞなんて、今から胸を膨らませたりなんかしちゃって、ワクワクどきどきな夏休み直前の七月末の現在から三か月前の新勧ライブまで遡る。

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