【Track.02 / Girl meets The Jetsons】

 春の香り漂う四月、中学を卒業し晴れて花の高校生になった私達新入生を校内に咲く満開の桜が祝福するように風を受けて躍っていた。

 入学して早々新入生歓迎会というこれからお世話になるであろう先輩方が私達の為に色々な催しを開くイベントが行われたのだけど、間が悪い事に知夏は風邪を引いて寝込んでいる為、一人で参加する事になってしまった。

 このイベントは部、サークル、同好会の紹介が各活動場所で行われていて自由に校内を周る事ができる。担任曰く行った先々では熱烈な勧誘を受けるそうだ。

 予め配布されたリーフレットには活動場所やタイムスケジュールが記載されていて、どの団体がどこで活動しているのかが把握できた。

 基本的に部室棟に固まっているが、吹奏楽部や演劇部といった団体には体育館のステージで公演もあるようで各々時間が割り当てられている。

 どこの学校にでもあるようなありふれた団体名が記載されたリーフレットを流し見する。

 う~~~~ん。これと言って特にピンと来るものが無い。

 とにかく見学に行ってから考えようかな。

 触れてみれば興味の出るのがあるかもしれないし。

 そう思い至り部室棟に足を運んだ。


 手当たり次第に周ってみたけど、やってみたいと思えるものが見つからなかった。

 折角高校生に成れたんだし新たに何か始めたいけど、運動部だけは絶対にごめんだ。わざわざ休日にまで運動したくは無い。

 う~~~~~~~~ん、どうしたもんかと悩みながら廊下を歩いていると、ふと目を向けた掲示板にギターの絵が載った張り紙が見えて何とはなしに近寄る。

『急募!ギター求む!経験不問!メタル好きは尚歓迎!~メタルヘッズより~』

 そんなと文面と活動場所が書いてあった。

 へーまぁ縁ないよね・・・もう持ってないし・・・。

 何て思っていると、どこからか楽器の音が聴こえてきてその方へ顔を向けると体育館からだとわかる。

 他に行く当ても無いし見に行ってみるかと軽い気持ちで足を運んだ。

 

 中に入るとドラムのドンドンパンパンやベースのボンボン、ギターのジャーンという音が明瞭になる。

 音量のチェックでもしているのだろうか?

 ステージの上には楽器を構えた先輩が四人。

 見て呉れだけでもわかる軽音部的団体。

 もしかしてと手元のリーフレットを見ると有志枠出演「メタルヘッズ」とあった。あ、さっき見た張り紙の!

 それにしてもバンド名以外に記載が無いけど部なのかサークルなのか何とか会なのかわからん。

 名前からメタル系バンドだとは思う。メタル好きは尚歓迎って書いてあったし。

 ギター・・・かぁ・・・。

 程なくして備え付けのスピーカーからアナウンスが入り会場の照明が落ちる。そろそろ始まると顔を上げた。

 そう、そのライブを観たのがそもそもの発端である。

 それは私にとって瞬きも忘れる程魅了されるものだった。

 荒々しくスピード感のある演奏は攻撃的で精力的、そこに訴えてやるという強い意志とどこか怒りが感じられる。そんな音をあびせられると稲妻が走ったかのような衝撃を受けて全身が粟立った。こんな音楽これまで聴いた事ない。

「・・・ぶっとび」

 圧倒されて思わずそんな声が漏れる。

 ドラムの高速連打や音に迫力を加えるベース、聴く者の目を丸くさせるほど速いリードギターのソロ。

 そして特に私はバンドの中心で下面に大きくRock you と書かれたボディが白でヘッドが黒のZみたいな形をしたギターを弾きながら歌う先輩に目が釘付けだった。魂をぶつけたような歌い方で力強く雄々しいリフを刻む。そんな凛とした姿に強烈な感銘を受けた。放つオーラが別格だ。

 かっこいい・・・それに綺麗な人だなぁ・・・。

 何と言うかアニメに出てくる好みのキャラクターと雰囲気がよく似ている・・・。

 髪は黒のロングできりっとしたツリ目、制服が似合っていてスタイルも良い。且つお姉さん系で・・・と言うかそのまんまじゃん!実在したの!?リアルで初めて見たぁ・・・。

 そうして目を奪われていると気が付いた時にはライブが終了し次の演目の為に早々に捌けて行くバンドメンバー達。

 はっ!今来たばっかりーーー!

 もっと観ていたかったと心の中でサイリウムを振りアンコールを繰り返す。

 そんな願いが叶う訳も無くそのままステージ袖へと消えて行った。


 体育館を出た後、自販機に寄って最寄りのベンチでちびちび飲み始める。

 凄かった・・・あんなプロみたいな演奏はギターに人生を捧げてきたような大人にしか出来ないものだと思っていた・・・だってテレビとかネットで見掛けるのは大抵大人だし・・・でも歳の近い学生がやっているのをさっき目の当たりにした訳で・・・ならこんな私でも努力すれば弾けるようになる!?

 ふと昨年挫折した経験が脳裏を過る。

 でもどうせまた直に辞めるだけなんだろうなぁ・・・。

 こんな話をネットで見た事がある。ギターを始めた人の九十%が一年以内に辞めると。それと大量に売り出された中古の同じギターが並ぶ画像を。それほど挫折率が高いって裏付けだよね・・・。なら私は別におかしくない。普通と言える。一般的だ。

 結局生まれつき才能のある十%の限られた人だけが上手くなれるって証拠じゃないのか?

 だからつまり言いたいのは・・・ギターなんて私、向いてなかったんだ・・・って事。

 しかしそこで思うのは何か一つ出来るようになりたいという予てよりの願望。

 今日色々回ってみてぴんと来たのはやっぱり最後の有志バンド。あんなにも魅了された事はこれまでに無かった経験だった。特にギターを弾きながら歌う先輩・・・かっこよかったなぁ・・・人に惹かれるなんてのもこれまでに無かった経験。ギターをやれば接点出来たりしてーなんて。

 と言うかこれってさぁ・・・要するに・・・ギターを再開せよという啓示・・・!?

 無理無理無理!だって九割だよ!?また挫折するに決まってる!

 ・・・まぁでも・・・?もう一度やってみてもいいかも・・・?

 これも何かの縁だと思って。だって出来るようになりたいでしょ自分?それに上手くいったら上手くいったらだ。あの先輩とお近づきになって・・・そしてーぐふふ・・・。

 手の中のアルミ缶がグシャと潰れる。

「よぉーし!」

 勢いよく立ち上がりゴミ箱に狙いを定めて投げると綺麗な放物線を描いて吸い込まれるようにど真ん中に入った。


新入生歓迎会が終わって帰路に就いた私は、その道中、昨年を思い出していた。

 その頃、深夜アニメでバンドにかける青春と魅力的なキャラクター達が評価され社会現象を巻き起こしたアニメが放送されていたのだ。

 登場した楽器は軒並み売り切れ。私もそのアニメに影響されてギターを始めた口だ。

 購入したのは主人公と同じギター。ボディが黒でピックガードが白のエボニーカラーのレスポール。

 しかし始めたはいいものの一か月も経たずに挫折し、付属のギターケースに仕舞ってからは記憶の中で輪郭がおぼろげになるくらいにまで放置していた。

 丁度その頃、昼休みの教室で転校してすぐ仲良くなった知夏と机をくっ付け、アニメ談義に花を咲かせながら弁当を食べていた際何気なく言うと

「お願い!弾かないなら譲って!」と強く懇願された。

 知夏もそのアニメの大ファンで放送が終了した後も毎日のようにその話題で持ちきりだった。

「ねぇ~~~お願いぃ~~~~こまちゃ~~~ん」

 両手を掴まれて泣きそうな上目使いで懇願する友人を無下にもできず渋々了承した。その熱には負けたよ・・・。まぁ私の部屋で埃を被るよりも今必要としてくれる友人の元にいる方があのギターも本望だろう。そう自分に言い聞かせて手放すに至った訳だ。

 そんなこんなで現在ギターを持っておらず再開するにしてもまずは買いに行かないといけない。幸い、知夏から受け取ったお金は手を付けずにそのまま自室の勉強机に仕舞ってある。それを使えば今すぐギターを手に入れる事ができるぞ。

 という訳で、家に着き自室の壁に張ってあるアニメキャラクターが印刷されたポスターを目にして、やっぱりあの先輩と似ているなぁと思った後すぐ、思い立ったが吉日とばかりに封筒を鞄に詰めて最寄りの楽器店へと向った。

 電車に揺られながら、どんなギターにしようかなぁと思いを巡らせる。今あるギターの知識なんてアニメに登場したギターの名前とデザインくらいのものだ。これといって拘りの無い私は、せっかく買うなら前回と違うギターにしよう、なんて漠然と思う。つまりレスポール以外。

 別に前のギターが嫌いになったという訳では無い。ただ単に折角なら違う物に触れてみたいとかそんな軽い気持ちからだ。

 あ、先輩と同じギターがあればそれにしよう!同じ物ならモチベ爆上がり間違いなしだしね!確かZみたいな形だった。

 前回もそうしてアニメキャラと同じギターを買い、即挫折した過去が、そんな理由で大丈夫かと囁いてくるも聞こえないふりを決め込んだ。

 改札を出て少し歩くと目的の楽器店が見えてきてそこで一旦足を止める。入店するのは去年ギターを購入した時以来。お店側が私の事を覚えている可能性はゼロとは言い難い。それにその時接客してくれた店員と顔を合わせるかもしれないと思うと変に負い目を感じて足が竦んでしまったのだ。

 やっぱりアニメに影響されて始めた奴はこれだからとか。

 ギターを変えればうまくなると思っているの?とか。

 そんな棘のある攻撃力高めの言葉を投げられてしまっては私の豆腐メンタルが到底もつとは思えない。

 別の店にしようかな・・・でもこの辺で楽器店といえばここしかないし・・・。

~~ここから妄想~~

「あゆ!そんな所で立ち止まっていいのか!?」

「はっ!?せ、先輩っ!?」

「情けないぞ!あゆ!私への思いはそんな些細な事でどうにかなるくらいに小さなものだったのか?」

「ち、違います!先輩への思いはエベレストを超え、そして大気圏をも超えて銀河をいくつ渡っても収まりきらないほど広大なものです!」

「ならばその小さな自動ドアくらい難なく通れるよな?」

「もちろんですとも!見てて下さい!」

~~妄想終了~~

「よしっ!」

 胸の前で拳を握り締め、気合を入れて自動ドアと対峙する。

 あらよっと!

 小ジャンプで入店して恐々と視線を巡らせてみるも誰もこちらを見る者はいなかった。ほっとして胸を撫で下ろす。

 いや・・・まだ油断は出来ない・・・。

 もしかしたら、あ!あいつは!と言い出す店員がいるかもしれないのだ。そう危惧して見つからないよう身を屈めギターコーナーへと潜入を試みる。切迫感を覚えながら物陰に隠れてさっさっと移動するのはさながら敵の銃口から逃れる兵士の気分だ。

 やらねばならん使命がある・・・!

 その途中、色も形も違う様々なピックが並ぶコーナーに差し掛かった。

 こんなにも種類があるけど一体何が違うんだ?見た目の好みで選んでいいのかな?お試しとか出来無さそうだけど・・・まぁいい、先を急ごう、一刻を争う・・・。

 そうして目的地へと辿り着くとその手前、大量に売られた中古のレスポールが立ちはだかった。

 去年買ったのとカラーもメーカーも全く同じ。

 こ、これは!九十%の軌跡・・・!?

 ずらりと並ぶその様に圧倒されて咄嗟に目を逸らす。

 罪の意識からか、どうせ買ってもすぐ止める~また僕たちを裏切るのか~と亡霊のような声が聞こえるも、いや屈指ないぞ・・・今度こそギター上手くなってやるんだ・・・!

 そう決意を新たにしながら競歩の速さで通り過ぎる。

 ふぅ乗り越えたぞ・・・あのギター達の行く末に幸あらん事を祈る・・・。

 見渡してみると昨年同様、沢山のギターが所狭しに陳列されていた。壮観である。しかし目を凝らしてもZの形が見当たらない。

 先輩と同じギター、無いのかぁ・・・。

 がくっと肩を落としてから何とはなしに顔を上げると似たデザインのものが多数ある中で一際存在を放っているのが目の前にあった。

 なんだこのギター・・・?変わった形だな・・・。

 まさしくVといった形。色はボディがカーキでピックガードが黒の迷彩効果の高そうな軍用カラー。

 FlyingV・・・。

 ラミネートの商品名にはそう書かれている。

 飛んでいるV?フライングするV?V型飛行?

 どう訳するのかわからないけど確かに飛びそうな見た目ではあるよね。後ろにジェットブースターが付いていてスケボーのように操るとかそんなの。MMORPGの課金アイテムかな。

 少し目線を落とすと『新品在庫処分セール!10%OFF』という文字が踊っていた。

 そのセールという単語に目を見開く。

 今なら定価より安く買える!?しかもその値段だと手持ちの予算でぴったり買えてしまうよ!?

 お得感と予算に収まるという思いにすっかり頭を侵食された私はこのお買得感満載のギターを狙っている人が他にいるのでは!?と首を左右に巡らせて周囲を確認するも誰も見る者はいなかった。ほっとして向き直り顎に手を添えて思案する。

 いやでもなぁ。狙っていたものじゃないし・・・。でもこの後誰かに買われて次来た時に無かったらほんとに後悔しない?後で気になっても、やっぱり買えばよかったってなっても遅いのでは!?後悔するのでは!?今買わないとだめなのではーーーー!???いや!待て!まずは今ある軍資金をもう一度確認しよう。実は数え間違いでしたとなれば足りないのを理由に買わずに済む。仕方なかったと諦められる。

 買えない理由を探し求めて鞄に手を突っ込み、封筒を取り出す。中でお札を数えると過不足無くぴったり入っていた。買えてしまう。

 値引き前の値段だと足りなかったわけで、それが今だと奇跡的に買えちゃうわけでーーーー!ううーーーん!!!

 いやいやいや!深呼吸して一旦冷静になってみよう。拘りが無いとはいえ、幾ら何でも私には派手過ぎる!もし先輩の前でギターを弾くことがあったとしてこのギターを持ち出したらどう思われてしまうのか。

「変わってるね」「うっ!」

 ショックで心臓発作なんて事にもなり兼ねない・・・。

 ごめんFlyingV・・・散々目の前で期待させておいて申し訳ないけど・・・君に似合うようなかっこいい人と巡り合っておくれ・・・。

 そんな別れの言葉を残して立ち去ろうとすると、

『数量限定!新品のギターをお買い上げの方に「今なら!」ピック五枚プレゼント!』とデカデカと記載されたキャンペーン告知に足が止まった。

 えっ!?数量限定!?これも次来た時に無いかもしれないんだよね!?今買えば確実に貰える・・・後で気が変わって買いに来た時には終了して損するかもしれない・・・であるならばやっぱり今買わないとだめなのではーーーー!???今なら!今ならぁーーー!!

 葛藤に悶え頭を抱えていると、突然ギターの歪んだ音が聞こえてきて脳内を駆け回っていたセール、数量限定の単語が一旦ストップする。

 何かの曲のソロだろうか?人におお!と言わせるような速弾きをしている。

 凄い・・・プロの人・・・?

 目立たぬよう、そっと顔を傾けFlyingVの脇から覗くと客の背負ったリュックが重なり顔は視認できないけど黒のボティに白のピックガードのレスポールを弾いているのが見えた。ついさっき祈りを込めたものの一つに違いない。早速良い人に巡り会えたんだな。

 いやでもあれは本当に去年買ったのと同じギターだったのだろうか?聞こえてくる音が全然違うんですけど!他人の空似的なあれか?

「お客様いかがでしょうか?」

 聞き入っていた私はその声にびっくりして顔を元の位置に戻すもFlyingVの向こう側からだとわかり、また覗く。

「そうですね・・・。私にはしっくりこないです。弦の音がはっきり出過ぎていると言うか・・・」

 ズバっと言えるところもなんだかプロっぽい。素人にここまではっきりと言えないんじゃないか?

「ありがとうございました」

 と感謝の言葉を口にして立ち上がる姿が見えたので顔を戻し目を合わせないように反対を向いた。出口に歩いて行くその人が傍を通る際横目を使うと、

「えっ」

 なんとあの憧れの先輩だった!何とも運命的な出会い!

~~ここから妄想~~

 一年間毎日十時間欠かさず練習した事によって遂に憧れの先輩に並ぶくらいに上手くなれた!でも面と向かって思いを伝えるなんて恥ずかしくてできない!と言う事で毎週月曜日の夕方にこの楽器店に通っている情報を得た私はタイミングを見計らって先輩が来店する瞬間に試奏と題してギターをかき鳴らして見せた!

「私のバンドに入らない?」

 待ってましたのその言葉に二つ返事で即答する。

「はいっ!喜んでっ!」

~~妄想終了~~

 なぁ~~~んて!あは!あはははは!

 そんな妄想をしていると気付けば先輩は既に店を後にしていた。

 すると先程の場所から店員の会話が聞こえてくる。

「あのお客様は尖っているギターが好きらしいからなぁ。このギターはたぶん合わないと思ったよ」

「これって去年話題になったアニメで出てきて売れまくっているとか。社会現象にもなってるらしい」

 ギクっ!

「本当に!?」

「だから去年は全国的に在庫が無かったんだけど一年経って漸く市場に出回るようになったんだよ。でも元々有名なギターだし、あのお客がアニメに感化されてギター選びとかしないでしょ」

 ギクギク!いろいろ刺さる言葉が飛び交いバツの悪さを感じ始める。嫌に暑いのは空調の所為か妄想の所為かそれとも店員の会話の所為か。

 覗くと先輩に接客していた店員が机に置いたレスポールをクロスで拭いている最中だった。

 あれ?と言うか私の祈りがあってあのギターが先輩に触れられたかもしれないんだよね?

 そう思うと沸々と嫉妬心が芽生えてきて全身から黒いオーラが放たれる。

 くううううう羨ましいーーーー!

 人間の私だって、そんな・・・触れられるとか・・・なんなら視界に入っていたのかすら怪しいのに・・・。

 ん?待てよ?あのギターって先輩が触れたものに違いないわけだ。今ならそれが確実と明言できる。ならそれを手に入れればそれってある意味・・・。めでたくゴールイン!?

~~~ここから妄想~~~

「あゆ、結婚しよう」

「はい喜んで!あなたの行く所ならどこまでも私、例え火の中水の中、ブラックホールの中でも付いていきます!」

「よし!なら今すぐハネムーンだ!」

「はい!先輩っ!」

~~妄想終了~~

「ぐふっ」

「お客様」

「は、はいっ!」わわわわ私みたいな平均より下が先輩のような素敵な人と一緒になる・・・だなんて恐れ多い事を考えてしまってすいませんっ!ブラックホールの中というのは比喩表現みたいなものでっ!先輩が望むなら吝かではないですけど・・・あの、えっと!後それと去年アニメでギターを始めたなんて身の程知らずな私を許してくださいっ!格式高いギターの敷居を踏み荒らすような愚かな事をしてしまった私は何とお詫びすればいいのかっ!そんな一か月も持たず挫折した私は何をしてもダメなクズですっ!

「?何かお求めのものがございましたら声を掛けてくださいね」

「ああっとええっとっ!」

 底意を誤魔化すように両手を一頻りわちゃわちゃと振った後、反射的に指差して矛先を別に向ける。

「あ!あのっ!このギター欲しいんですけどっ!」

 慌てて発したこの言葉は無自覚のもの。

「学生さんがこのギターを選ぶのはいいセンスです!」

 店員はそう言って手でグッドサインを作りウインクまで飛ばしてくる。

「え?」

 どう言う意味だろう?自分の指差した先を目で追うと・・・あの軍用カラーのFlyingVが私だと言わんばかりに堂々と鎮座していた。

 先輩が触れたギターにしようと思ったのにーーーー!


 流れで買ってしまったーーーー!!!

 すぐに断ればいいのに買うと言った矢先、やっぱいいですと言うのも気が引けて、あれよあれよと言う間に会計を済ませてしまった。それまでずっと小声であ・・・あ・・・と言っていた気がする。

 たぶんあれだ、見て周った中でセールという単語が印象に強くて、焦った挙句無意識に指差してしまったとかそんなだろう。

 狙っていたものじゃないけど、まぁギターはギターだしまぁいいか。切り替えの早さは私の良い所かもしれない。

 帰りの電車に揺られながら奇抜な形をしたギターをケース越しに抱えて窓から差し込む西日に目を細めながらそのように自己分析をした。

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