第一章 みどりとあおい、そしてあかね

 「みどりちゃん」

 あかねが姉のあおいに手を引かれて、トコトコと砂利道じゃりみちをみどりの方へ向かって歩いてくる。みどりはお使いに行った帰り道である。


「お米と、お味噌と、お砂糖と・・・」

 みどりは、買い忘れがないか、指折り数えていた。今は何を買うにも配給制である。


「あかねちゃん、お迎えに来てくれたの?ありがとう」


 みどりは母を病気で亡くし、母の姉の智沙子の家の居候いそうろうになっている。親戚しんせきとは言っても、北陸と東京で離れているので、これまでほとんど行き来がなく、みどりにすれば、「はじめまして」の伯母と従姉妹いとこたちであった。従姉妹の姉のあおいは女学校の2年生。妹のあかねは来年幼稚園に上がる。


 みどりはあおいの2つ年下だが、今は戦時中なので、婦人部のお手伝いをしたり、防空壕の穴を掘ったり、家の手伝いをしたりと、大忙しである。


 「あかねちゃん、また転んじゃうよ」

 みどりがあかねを、たしなめるように言うと、

「転ばないもん」

 と、あかねは少しいばったように答えた。みどりはため息をつきながら、あかねの足を見る。あかねの両足の膝小僧ひざこぞうには「これでもか」というくらいに、赤チンがたっぷり塗られている。


「また、転んで、泣いても知らないからね」

 みどりがしかめっ面をすると、あかねはあわてて、

「みどりちゃんのいじわる!」

 と、もう泣きべそをかいている。

 

 「もう二人とも、そのくらいにしてよ」

 あおいが二人のあいだに割って入る。


「だって、だって、みどりちゃんが、いじわる言うんだもん」

 あかねは口をとがらせて言う。あおいはみどりに向かって、

「みどりちゃんも、あかねは小さいんだから、もう少しやさしくしてあげてよ」

 と、言った。

「は~い」

 みどりはしぶしぶ、うなずく。


 みどりは、あかねを見ていると、うらやましくなる。しっかり者の姉と、優しい母親に守られて、遊んでもらったり、甘えたりと、きっとこのまま、あまり苦労もしないで大きくなるのであろう。それに比べて、みどりは母を亡くし、兄弟もいない、一人っ子。家もない。この先どうやって、生きていったらいいのだろうか。

 あかねは自分のこれからの運命を知ってか、知らずに幸せそうに、笑っている。あかねの手にはあおいが、紙に色鉛筆で描いた女の子の紙人形がしっかりと握られている。あかねの宝物の「みよちゃん」である。


 みどりは、あかねから見れば、ただの遊び相手であり、それ以上でも、それ以下でもないのだろう。あかねにとっては、一番が「お母ちゃん」で、二番が「あおいちゃん」、三番がお人形の「みよちゃん」で、四番めが「みどりちゃん」なのだろう。


 あおいにとっても、みどりは「あかねの遊び相手」くらいにしか、思っていない。家の手伝いもあまりできない。「気が利かない」と、思っているはずである。


 みどりにすれば、今まで一人っ子で淋しかったことに加え、母が病気で亡くなったこともあり、急にできた姉と妹に対して、どう接していいのかわからない。遠慮もある。甘え方などわからない。伯母の智沙子は食いぶちが一人分ふえたことをどう思っているのだろうか。親戚だというだけで、しぶしぶ引き取ったのではないだろうか。顔では笑っているものの、本当は迷惑だ、と思っているはずである。


「みどりちゃん、荷物半分持つよ」

 あおいが手を差し伸べる。

「ありがとう」

 みどりがあおいに、荷物をひとつ渡す。


「あかねも、あかねも」

 あかねは、荷物を持とうと手を出す。


「あかねちゃんはダメだよ。こっちの手で『みよちゃん』持って、こっちの手であおいちゃんと手をつながなきゃ、いけないでしょ」

「いやだ!あかねもお荷物持つの!」


 あおいとみどりは荷物をのぞき込んで、

「何か、小さくて軽いものない?」

「え~、お米に、お味噌にお砂糖でしょ。重いものばっかりだよ」

 あおいもみどりも困りはてる。


 「あっ、キャラメルは?」

 みどりが買物袋の底から、キャラメルを見つけた。あおいはすかさず、

「あかねちゃん、これ、お願いします」

 と、言って、あかねの「みよちゃん」とキャラメルをいっしょにうまく握らせる。反対側のあかねの手をあおいが握って、

「これでよし」

 と、みどりに笑いかける。


 あかねは、

「こんなのヤダ!」

 と、持ちにくいのか、首を横に振ってイヤイヤをする。

「あら、あかね。お姉ちゃんのお手伝いで、『みよちゃん』とキャラメルと、いっぱい持ってくれて、助かるわ。ありがとう」

 と、あおいはあかねをうまくなだめている。みどりはあかねに見つからないように、後ろを向いて、笑ってしまう。


 「さっ、帰るわよ」

 あおいが号令をかけた。


 「歌でも歌いながら帰ろうか」

 あおいが笑って言う。

「何の歌?」

 みどりが聞くと、

「『赤とんぼの歌』!」

 あかねがクリクリの眼を輝かせて、答えた。

 歩きながら、三人は「せ~の」と、掛け声を掛けて歌いだす。


 「夕焼け小焼けで日が暮れて」

 と、三人で声をそろえて歌う。最後まで歌い切ったが、赤とんぼは出てこない。


 「あれっ?赤とんぼいなかったね」

 みどりは頭をひねる。

「もうひとつの方じゃない?」

 と、あおいが言う。

 

  「夕焼け小焼けの赤とんぼ~」

「あっ、それだ、それだ」

 三人で大笑いする。

「赤とんぼ、飛んで行っちゃったのかと思った」

 と、みどりが言うと、

 あかねが「心配した~」と、言って笑った。


「じゃあ、もう一回」

 みどりが言うと、あおいもあかねも笑いながら、うなずいた。

「夕焼け小焼けの赤とんぼ」

 あかねが大きな口を開けて歌う。あかねは何度も何度も調子はずれの声でうれしそうに赤とんぼの歌を歌っていた。


 空には、真っ赤な夕焼けが広がっていた。

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