第5話

 輸送車は順調に予定の行程を進め、旧八王子市区域に到達した。過去には多くの観光客、行楽客が訪れたという高尾山は、今は人を拒絶し、立ち入るものに容赦ない死を振りまく魔境と化している。ヤマトたちはその高尾山を右手に見ながら南下する行程だ。

「おい、今どのあたりだ」

 アダチが言った。貧乏ゆすりの速度から見ても、苛立っていることは明らかだった。

「現在、旧八王子市から旧相模原市へと入るところです」

 残像が見えそうなアダチの膝を無視して、笑顔でヤマトが答えた。

「まだそんなところか」

 不機嫌も不満も隠そうとせずアダチは言った。ユウキのこめかみに力が入ったのをタイチは見逃さなかった。シュウジは少し腰を浮かせている。

「たかだか隣の島に行くのに、どれだけ時間をかけるつもりだ」

「安全な道を選びながらなのでどうしても時間がかかる、と事前にご説明させていただいたはずですが」

「それでもだ。半日かけて、まだ半分も到達できないとは。ふん、所詮はプロですらない訓練生の集まりか」

 立ち上がったユウキの腰にタイチはタックルした。体格差で何とか抑えられる、などとどうしてそんな甘い夢を抱いたのか。組みついた瞬間タイチの脳裏によぎったのは、天と地を繋ぐような一本の大樹だった。タイチを引きずりながらユウキはふざけた野郎の口を物理的に塞ごうと進み出る。その彼女の前にシュウジが立った。彼女たちにアダチの視線が向きかけたのを、ヤマトが上手く体と口を動かして誘導する。

「アダチ所長。貴方の不安も理解しているつもりです。私どものような新参者が運搬に関わるのですから、大切な荷物が本当に届くかどうか心配にもなろうというものです。ですが、どうか俺たちを信じて貰えませんか」

「何だ。未熟だから我慢しろというのか? そんな情に訴えるような体たらくで、よくプロになろうとしているな」

「いえ。そうではありません。俺は事実と現状の話をしているのです」

「どういう意味だ?」

「俺たちが訓練生であり、まだプロではないのは事実です。貴方の心配も事実。ですがすでに我々は半日出発してしまっている。貴方が言うまだ半分の距離に到達している。ここまではいいですか?」

「何を当たり前のことを」

「では、今貴方は、この場には我々しか頼る者がいないという事実を理解してっらっしゃいますか?」

 アダチの表情が一変した。

「貴様、まさかこの私を脅すつもりか?!」

「違います。この事実もご理解していただきたい、という話です。ご理解いただいたうえで、それでも信頼できないというのなら、仕方ありません。引き返します」

「そんなことをして貴様ら、ただで済むと思うのか?! 依頼の放棄は運送業をするうえでかなりの汚点だろう!」

「汚点には違いないですが、後ですすげばいいのです。無理して進み、死ぬよりも余程マシですので。アダチ所長の方こそ大丈夫ですか?」

「な、何がだ」

 アダチが狼狽した。

「司令部の運送予約をデータで確認したところ、貴方が望むプロの輸送車が、一週間後に出発予定でした。安心できるプロの輸送を待てないご事情が、貴方にはあるのではないのですか?」

 改めてお伺いします、とヤマトは笑顔で言った。

「引き返した方が、良いでしょうか?」

 言葉に詰まった。勝負ありだ。顔を背けて舌打ちし、アダチは言い捨てた。

「余計な詮索はせず、さっさと行け!」

「ええ、勿論です。ご依頼に添えるよう、全力であたります。では」

『敵影、確認』

 ヤマトの言葉を遮るフウカの報告。敵影という短い単語が、ヤマトたちの気を引き締めさせた。

「ゴロウ、車を停止。エンジンは止めず、いつでも出られるように」

『了解だ』

 緩やかに車が止まる。

「ユウキ、シュウジ、車の外壁で待機。いつでも対応できるように」

「「了解」」

 二人がバックドアから出ていく。

「タイチ、ハッチから外に出て周辺の索敵を開始。敵の正体がわかったらすぐに報告を」

「りょ、了解」

 タイチが梯子を上って天井のハッチから出た。

「フウカ、敵を避けるルートは?」

『反応が複数あります。下手に避ければ、気づかれて追撃、挟撃を受ける可能性があります』

「むしろ、こちらから接敵して穴を開けた方が良い、ってことか」

『そうなります』

「わかった。このまま継続して敵の位置把握に努めてくれ。最も別の敵と離れている奴を叩きに行く」

『一分ください』

 フウカからの通信が切れる。ふう、と呼吸を整えたヤマトにアダチが詰め寄る。

「お、おい、敵か?」

「ええ。そうです。戦闘になります。アダチ所長はここにいてください。万が一の時は、ここに」

 ヤマトが膝をつく。床にある取っ手を引くと、五十センチ四方の四角い板が外れた。

「臨時のシェルターです。床下収納みたいなものなんで窮屈ですが、マトリクス兵のレーダーやワイルド兵の聴覚、嗅覚も遮断し、数日分の食料と緊急用の通信機能が備わっています」

「待て、貴様らはどうするつもりだ。私を置いて戦いに行く気か?! 馬鹿な真似をするんじゃない! 貴様らは私を守ればいいんだ!」

「そのために、戦いに行くんです。アダチ所長。改めてお願いします。我々を信じてください」

 縋りつくアダチの両肩を掴んで引きはがす。

「アマギ、リコは車中で待機。アダチ所長を頼む」

「「了解です」」

『進行方向、敵を目視で確認! 距離、およそ一キロ!』

 タイチからの報告が入った。

『敵はワイルド、蟻型。数は、四体! ひし形のフォーメーションを取っているようだ』

『四体、蟻型、軍隊蟻の分隊か』

 ユウキの答えにヤマトも同意する。

「おそらく、フウカが確認した複数の反応は、分散した軍隊蟻の小隊だろう。奴らは一定間隔を開けて横並びで徘徊し、一つが接敵すると分隊の中にいるリーダーが他の分隊に救援を要請する」

 一体、一分隊であれば、問題なく対処できる自信がある。だが、仲間を呼ばれると途端に厄介になる。

「フウカ、他の分隊の方向は?」

『三時の方向に一つ、十時の方向に一つ、八時方向に一つあります。最も近いのが、今発見された正面の分隊です』

「わかった。フウカはそのまま敵の監視を続けてくれ。動きに変化があれば報告を」

 ヤマトの脳内で、作戦が組み立てられていく。完成したパズルを、他のメンバーに通達する。

「正面の敵を叩き、そのまま切り抜ける」

『リーダーを手っ取り早く叩く必要があるな』

 シュウジが言った。

「ああ。幸い、軍隊蟻は実際の軍隊を模したのか、階級が上の奴ほどわかりやすい形をしているから判別は難しくない。タイチ、見えている蟻の中に、他の蟻とは違う特徴を持ったやつはいないか?」

『少し待ってくれ。…いた。頭部に角がある個体がいるぞ!』

「そいつがリーダーだ。まずはそいつから叩く」

 そう言って、ヤマトもバックドアから外に出た。

 空は曇天、加えて日の入りまでまもなくだ。完全な夜が訪れると、危険度はさらに増す。過去に存在した動物たちは夜行性が多かった。その遺伝子をそのまま受け継いだか、ワイルド兵は夜間の方が活発に活動する個体が多い。奴らに見つかる前に安全地帯まで切り抜けておきたいというのがヤマトの本音だった。その意味も込めて、彼は全員に伝えた。

「スピード勝負だ。一分後に接敵する。ユウキは右、シュウジは左から。俺が囮になり手下をひきつけている間に仕掛けてリーダーを討て。タイチは俺の援護を」

『『『了解』』』

「戦闘開始から三分後にゴロウは車を発進させてくれ。速度は時速十五キロで」

『車が合流するまでに道は開けてくれるんだよな?』

「ああ。出来なきゃ援軍に合流されて終わりだ」

『そんなことにはならない、だろ? 言葉とは裏腹に、声に自信がみなぎってるぜ?』

「皆を信頼しているからな。いつも通りやれば、問題なく対応できる、と」

『言われてるぜお前ら。気合入れてけ』

 苦笑とクレームと固い返事が同時に返ってくる。それを聞いてヤマトは大丈夫だと確信を得る。

「では、作戦開始」

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