第4話
翌八時。タイチたちは輸送車の前で整列していた。
タイチたちのいる多摩川島は、その名称の通りXデイ以前に多摩川と呼ばれた川の河口に存在している。ここはマトリクスとワイルドが戦時中激しく戦った場所で、その影響からか川の形が変わって上流で二股に分かれていた。多摩川島はその間、中州に存在している。過去には世界中と繋がる空港があったそうだが、今や見る影もない。だからこそ、マトリクスにもワイルドにも見つからずに生き残れているのかも知れないが。それでも臆病な人類は、周囲に多重の迷彩を施し、司令部などを筆頭に重要な施設は地下に建設している。地上部分は野外訓練施設と地下への入り口、地下一階は職業訓練施設と商業施設、地下二階は居住区、最下層の地下三階が司令部、という作りになっている。規模は違えど、他の島も似たような作りだろう。
「全員そろったな」
整列したタイチたちの前で、ヤマトはタブレット端末を起動した。
「出発前の最終チェックを行う。まずは輸送車の準備状況から」
「はい」
メカニックのリコが同じようにタブレット端末を確認しながら報告する。
通常の輸送業務では、メカニックとナビゲーターのアマギは島に待機するのだが、現地をじかに見るのも訓練の一環なので同乗する。また、二人も複数の素質を持つため、万が一アクシデントが発生した時の代理として行動する。それなら最初からアオイの代わりに自分ではなく彼らが担当すれば良かったのでは、と今更ながらのモヤモヤをタイチは胸の奥に閉まう。ここでそれこそ今更騒いで他のメンバーの士気を下げるのは、結局自分にとって不利益しか生まない、と無理やり納得させた。タイチの複雑な胸中など知る由もないリコは淡々と説明を続けている。
「航続距離二百キロのバッテリーが予備含めて合計三基フル充電済み、タイヤ、ブレーキパッドなども摩耗しているものは全て交換しました。それらの予備も積んでいます」
「食料などの備品は?」
「そちらもばっちりだ。余裕を持って十日分準備しておいた」
ゴロウがバンバンと輸送車の装甲を叩く。
「各員用の強化スーツの替え、ガード用アンチ武具、スナイパー用弾薬、瓦礫等撤去用の爆薬など各種準備完了しています。ああ、後リーダー用のハンドガンとファイティングナイフも」
リコの報告に、「助かる。ありがとう」とヤマトは満足そうに頷いた。
「こちらの準備は整いました。アダチ所長」
彼が後ろを振り向き、後ろにいる男性に報告した。アダチと呼ばれた男性の傍らには、人一人を入れられそうな大きなキャリーケースがあった。
「お待たせしました。どうぞ、輸送車にお乗りください」
ヤマトが促すと、返事もせずアダチは輸送車の方へと歩き始めた。
「手伝いましょうか?」
ゴロウが言いながらキャリーケースに手を伸ばす。
「触るな!」
その手を、アダチはパンと振り払った。
「勝手なことをするな! 貴様らは、私の命令に従って私と荷物を運べばいい!」
ヒステリックに叫び、呆然とするヤマトたちを無視して輸送車の後部、バックドアから乗り込み、備え付けの椅子にどっかと腰を下ろした。
「何だありゃ」
叩かれた手を所在なさげにプラプラさせるゴロウが呟いた。
「気にするな」
ポンと彼の肩をヤマトが叩く。
「今日会った時からずっとピリピリしててあの調子なんだ。余程の貴重品が入っているらしい」
「どこの偉いさんか知らねえけど、気持ちよく仕事させてほしいもんだ。金払う方が神様、なんて大昔に死んだ思想、まだ信じてんのかね?」
「かもしれない。ま、今後もあんなクレーマーがいないとは限らないし、その時の練習だと思ってさ。ただ」
ヤマトが悪い顔で耳打ちする。
「俺たちはまだ訓練生だ。失敗もする。多少運転が荒くなっても、仕方ないよな?」
一瞬目を丸くしたゴロウだが、すぐににやっと笑い返した。
「だな。どこに危険が潜んでるか、わからねえもんな」
全員が輸送車に乗り込み、実施試験が開始された。荒くしようか、なんて話していたゴロウの運転は、まったくの正反対で、揺れのないスムーズな発進から始まった。けして座り心地の良いものではない輸送車の椅子でもあまり振動を感じないのだから、ゴロウがどれほど丁寧に運転しているか良くわかる。
「タイチ、君は正式採用の強化スーツを着用するのは初めてか?」
ヤマトががちがちに緊張しているタイチに声をかけた。
「あ、ああ。訓練用のは勿論あるんだが」
自分の体をペタペタと触る。ダイビングのウェットスーツのように体に張り付いた服は三重構造になっていた。
内側は着用者の体が放つ微弱な電気信号を受信する特殊繊維で、そのすぐ外側には受信した電気信号から着用者の動作を補助、強化する人工筋肉が組み込まれている。表面は防弾、防刃と、ある程度の衝撃を緩和する素材を用いることで、着用者の命を守る仕組みになっていた。
その強化スーツの着心地が、彼にとっては少々悪い。
「でも、やっぱり違うんだよ。なんかこう、重み、みたいなものがさ」
配送業が背負う責任は多い。運搬する荷物には薬品や食料など、人の命に関わる物もある。一度の失敗で、チームだけでなく、送り先にいる、荷物を渇望する人々の命も危険に晒される。重圧に押しつぶされそうなタイチに、努めてヤマトは明るく言った。
「訓練用と正式の違いなんて特にないぞ。しいて違いをあげるなら、訓練用は皆が使い回すからちょっと臭いってとこかな」
「まあ、確かに臭いけど」
「多くの先輩方が着てきたわけだからな。多少の傷やほつれは修復されて何度も使われるわけだし」
二人して少し笑い、ヤマトは言った。
「タイチの言う事、わかる気がするよ」
ヤマトの意外な言葉に、タイチは少し驚いた。完璧超人の彼でも、そんな事を思うのかと。そう言うと、ヤマトは「人を何だと思ってるんだよ」とタイチの肩に軽くチョップを入れた。
「俺たちだって、このチームでの依頼が初めてなんだ。緊張だってするさ」
「あんたの口から緊張なんて聞けるとはね、意外だよ。何でもこなす、完璧超人だと思ってた」
「そんなわけない。そうありたいと願うけど、現実はそうはいかない。でも、君や、他のメンバーとなら、完璧超人の『か』くらいには慣れると思ってる」
「か、かよ」
「完璧じゃないけど、でも、それで依頼をこなせるなら充分だろ。完璧である必要はない。全員で『か』になれるんだから、君の感じている重みも、俺たちで分散できるはずだ」
ヤマトが運転席の方へと視線を向ける。
「今、フウカが周囲をサーチして、安全な道へと誘導してくれている。その道を寸分たがわずゴロウが慎重な運転で進んでくれている。何かあっても、俺たち四人に加えて今回はアマギとリコもいる。全員でカバーしあえば何とかなる」
他人が言えばそんなの机上の空論だ、理想だなんだとケチをつけるが、ヤマトが言うとなんとなく納得してしまう。
「ヤマト、あんた詐欺師に向いてるよ」
「言うに事欠いて何言ってんの? 俺、今結構良い事言ったはずだよ?」
「いや、心に沁みたよ。だからさ」
「だから何だよ」
タイチから、気づけば緊張は抜けていた。他のメンバーも、彼らの話を聞いて笑みをこぼし、肩に入っていた力が抜けてリラックスしている。ユウキはフンとそっぽを向きながらも、特に何か文句を言う事はなかった。これがヤマトなりの励まし方、メンバーのコンディションやモチベーションを維持し、チームを運営する術だと理解しているからだ。ただ一人、アダチだけが壁際で親指の爪を神経質に噛んでいた。
一人を除いて良い空気の中、輸送車は旧八王子市付近へと入ろうとしていた。
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