第4話 年上の男も自分に夢中になる
母親。思春期の女性にとって母親は敵なのか味方なのか分からない時がある。友達の事やテレビで見たコスメの話をする楽しい話相手かと思うと、心配性なのか大袈裟な説教をしてくる。知られたくない事を気づかないふりをしてくれたかと思うと、忘れた頃に突如鋭い指摘をしてくる。母親も女性で、思春期に同じような経験をして母親になったのだから分かってしまうのだろう。彼氏ができたことを黙っていても何故か気づくし、彼とケンカをしている時は何となく察してくれて、初体験を済ませて帰宅した時は多分玄関で目があった瞬間にバレた。そして、女の子は小さい時から母とよく話し、母といる時間も長いからだろうか、女性は母親に似ていく。放っておいても自然と似る場合もあるし、母親からそう教育される場合もある。
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私の場合もそうだった。いわゆる成長期に自然と容姿が母親に似ていく。顔のつくりはほぼ同じでメイクなんてしなくても美しかったし、綺麗なストレートの黒髪は櫛を通すだけで十分で「前髪はどうしようかな?」って遊ぶくらいだ。10代特有の肉付きや肌の張りこそ母と違えど、色白の滑らかな身体に綺麗な形で胸が出てきた。母と少し違うのは背が高く伸び、手足も綺麗に伸びた。運動部でもないのにフニャフニャの二の腕ではなく、やや筋肉質で健康的な身体になった。体の構造は父親に影響を受けたのかもしれない。
父が残業で遅くなるらしく母と一緒に晩御飯を食べた後、私はコーヒーを、母はワインを飲んでいる時だった。母は、毎晩ではないが高いワインを少量飲むのが好きな人だ。
「カオル、男とヤってるでしょ。」母がボソッと言った。
「ふぇ?」私は驚いて裏返った声を出し、口に入れようとしていたクッキーを落としてしまった。
「ははは。カオルちゃん可愛い~。」手を叩いて笑っている。まるで同じ女子高生のような素振りだが、母がするとなぜか可愛い。
「…何なのよ、急に。」
「別にヤってもいいんだけどさ、ちゃんと避妊しなさいよ。」
「してるわよ。」恥ずかしくて目を合わせられない。
「パパにバレたら怒られちゃうわよ~。パパ、カオルの事を溺愛してるから彼氏の首をポキッとへし折っちゃうかもね。」
「もう高校生なんだから。」
「ふふふ、そうよね。カオルも綺麗になったから毎日楽しいでしょ?」視線をチラッと上げると母が微笑んでいた。
「まあ…。」
「この先も、まだまだたくさん楽しいことがあるわよ。私も学生時代に戻りたいなぁ。」専業主婦で私の育児の手が離れた頃から自由気ままな生活をしている母の言葉とは思えないが、母曰く結婚する前も結構楽しかったらしい。毎日男達からチヤホヤされて、女達は母と友達になりたがった。身綺麗に保つこと以外には何もする必要が無く、男女問わず同年代や年上の人が勉強はもちろん色々と教えてくれて、流行りのお店で物を買ってくれたり、美味しい物を食べさせてくれた。母は高校時代にアルバイトを始めたことをきっかけに学校以外にも社会が広がり、周囲の人間の年齢幅も広がったらしい。自分の年齢や周囲の人間の年齢が上がって行くと、その貰える物やサービスの金額が比例して上がって行き、最終的には高価な宝飾品を持って告白やプロポーズをしてくる男性まで現れたとのことだ。
「カオルもアルバイトをしてみなさいよ。同年代だけじゃなくて年上の男まで自分に夢中になるのが面白くて笑っちゃうわよ。」世渡り上手な母の武勇伝を聞かされた後、唐突にバイトを勧められた。
「嫌だよ面倒くさい。」
「パパに彼氏の事を言っちゃおうかな~。」
「ずるいわよ。」
私は母が予め話をつけていた「パティスリー久曲」でこの夏休みからバイトを始めることになる。話は単純で、母の友達の友達の洋菓子店がアルバイトを探していると聞いた母が「じゃあうちの子どう?部活もしてなくて暇だし」と薦めると、「五島さんの娘さんならば是非に」と話がまとまり、私は指定された日時にお店に行って「五島カオルです。よろしくお願いします」と履歴書を渡して名乗るだけの面接で採用が決まった。
家から学校とは反対側の阪水電車に乗って、さらに一度乗り換えて洋菓子店まで行く必要がある。お店では水色で袖と襟に白の装飾があるコックシャツに黒のパンツ、白の長いエプロンをつけて頭には白のキャスケットを被って店頭に立つ。制服だ。私は商品の名前や種類やらを覚えるまでイートインのホール係をすることになった。お客様を席に案内し、オーダーを聞いて厨房に伝え、料理を運び、お客様が帰れば席を片付ける。これを時間中にひたすら続けるのだ。クッキーが有名だから1階の焼き菓子売場が混雑していて行列ができているのは知っていたが、2階のケーキのイートインはさほどではないと想像していたら甘かった。平日の夕方もそれなりに混むし、休日はお昼前後から夕方にかけて待機列が消える事がない。
私が実際に働き始めると、私がオーダーを取りに行くと私の顔を見てハッと驚いた表情になるお客様や、私がケーキを運ぶ姿を口をポカンと空けて目で追うお客様。ケーキセットのドリンクがまだ残っているのに水を足してほしいとわざわざ頼んでくるようなお客様もいた。私はそれらのお客様に愛想笑いを返すだけだが、それでも何度もお店に足を運んでくれたし、ありがたい事に友達なのか同僚なのか新規のお客様を連れて来てくれることもあった。パティシエやスタッフにも男性はいるが、店内もお客様も圧倒的に女性が多い。男が来るとすればカップルや夫婦、親子や家族だった。それなのに女性一人と複数男性のグループが押しかけて店の一角を占拠したり、男性2~3人だけが携帯や本を見ながら一切喋らず恥ずかしそうに俯き、静かにケーキを食べていくこともある。
母の友達の友達の女性オーナーは、私がすぐにお店に馴染んで“ファン”と呼んでも良いようなお客さんができて大喜びし、放課後と土曜日に容赦なくどんどんシフトを入れられた。先輩に私がアルバイトを始める事を話すと「夏の大会が終わったらいっぱい一緒に遊べると思っていたのに」と残念そうだった。
母が「同年代だけじゃなくて年上の男まで自分に夢中になるのが面白くて笑っちゃうわよ。」と言っていたとおりになった。何度かお店に来てくれて、私も「見たことがあるかも」程度に顔を覚えたお客様からは「君は高校生?それとも大学生?どこの学校なの?」、「お名前、何て言わはるん?バイトは何時上がり?」等と声をかけてくるようになり、イートインで扱う商品を覚えてレジにも立つようになると、伝票の他に名刺や紙きれに携帯電話の番号を書いてこっそり渡してくるお客様もいた。ちょっかいをかけてくるのは全て高校生の私よりも年上の男性で、ごく稀に「うちの息子とお見合いしてみない?」と言ってくる貴婦人がいるくらいだ。私は「まだ高校生ですから」とか「他のお客様がお待ちですから」と愛想笑いしてその場をやり過ごすのだが、社会に出ると大人の男性が未成年の私を平気で口説いてくるのに驚いた。大人の男性は年下女性を口説くことに心理的抵抗が無いらしい。学校で同年代の男子に恋愛対象としてモテるのは分かる。先輩と私も大学生と高校生の関係になったが、出会いは同じ高校の校舎で、付き合い始めた時は同じ高校生だった。しかし、例えば「企業勤めの社会人と付き合えるか?」と私に聞かれたら「分からない」というのが率直な答えだろう。私に好意を持ってくれるのは嬉しいが、私はどう接したら良いのか、何を話したら良いのか困ってしまう。
お店のアルバイトやスタッフの皆さんも仲良くしてくれた。アルバイトには学年は違うけど同じ高校生もいたし、大学生や社会人の人もいた。オーナーも女性だが、「あそこは顔採用だ」と噂が立つほど見目麗しい女性ばかり揃っていて、可愛い制服も相まって「久曲でアルバイトしている」というのは神戸ではある種のステータスにもなる。私はそこの“末っ子”だ。アルバイトで仲良くなった乾春歌さんは、私のお父さんと同じ甲東学院大学の大学1年生で、頭が良くて綺麗だ。家族と西宮に住んでいて、乾さんのお姉さんも甲東学院大学卒の才色兼備らしい。面倒見が良くて丁寧に仕事を教えてくれたし、私のミスもフォローしてくれた。褒めて伸ばす指導法なのか「カオルちゃんは地頭良いんだから、勉強すればうちの入試もパスできるよ」とか「せっかく美人なんだから背筋を伸ばしてスマイル、スマイル」等と励ましてくれて、一人っ子の私にお姉さんができたみたいな感じだった。
ただ美人揃いの「パティスリー久曲」にも困った問題がある。口コミサイトにケーキや焼き菓子のコメントが載るのは当然だが、
「2階のイートインコーナーにいるxxさんが可愛い。」
「土日シフトのyyさんをお目当てにまた行きます。」
「zzさんが注いでくれたお水は何故か美味しく感じる。」
「焼き菓子と一緒にwwさんも買って帰りたい。」
「vvさんが「私も食べて❤」とか言ってくれないかな~。」
などと、気持ち悪い男達の投稿もあるのだ。当然この中に私の名前もある。オーナーは「うちはメイドカフェじゃないんだけどね。」と困惑しているが、投稿したのが誰か特定することが出来ず“出禁”にすることもできない。1階の焼き菓子売場なら尚更だ。
後に思い知ることになるのだが男達は私達を恋愛対象としてだけではなく、性の対象として見ていたのも多分にあったのだろう。当時はまだモデルではないただの洋菓子店アルバイトの私に「写真を撮らせてよ」と言ってくる馬鹿はさすがにいなかったし、隠し撮りをする奴もいなかったはずだ。しかし、ややファンシーな制服姿で働く私を凝視して、何とか声をかけて私の愛想笑いを引き出し、メニューブックに書いてある事をわざわざ質問して私と会話したがった。彼らは自分の部屋でこれらを思い出して妄想していたのだ。春歌さんは「みんな同じようなことを経験しているけど、きりが無いから気にしないようにしている」、「盛りがついた男ってバカなのよ」、「「慣れろ」とは言えないけど、サービス業だからあまり態度に出さないでね」と言ってくれた。
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