第5話 東京での挑戦

 東京。日本の首都で日本一の大都会。人も物もお金も情報も全て東京に集まる。若い女性も然りだ。生まれ育った地方の街から都会へ出て行く。とりわけ高校を卒業して東京にある大学へ進学したり、東京にある会社へ就職するタイミングが多い。東京に行けば便利だとか、勉強になるとか、仕事があるとか、「何とかなる」と考えて東京へ行くが現実は厳しい。行くだけなら何とかなっても居続けることは難しく、お金と能力が必要なのだ。物やサービスは多いが値段は高く、人や物のレベルは高く競争率は高い。

 しかし、それでも若い女性にとって東京は魅力的な街だ。最先端の情報や流行に触れて、美しく着飾り、美味しい物を飲み食いし、きめ細やかなサービスを受ける自分の姿を夢見る。例えそれが自分で稼いだお金ではなく、親が出してくれたお金だとしても「東京にいる」という事は若い女性の間ではステータスなのだ。


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 私が「東京の大学に行きたい」、「東京で芸能人にチャレンジしてみたい」と言うと、父は「心配だから」と反対し、母は「わざわざ東京に行かなくても関西でもいい男はいるよ」と反対した。母は既に私の結婚を視野に入れている。

 父の帰宅が遅い日の私と母の食後ティータイム。母が言うには、自分が簡単な推薦入試で西宮女学院大学へ進学し、高校や大学で最低限の勉強しかしなくても立派な男を捕まえて、優雅な結婚生活を送っていることを引き合いに出して、「せっかく美人に育ったんだから、そんなに頑張らなくても良いじゃない」、「放っておいても男の方から言い寄ってくるんだから、その中でいい男を捕まえれば良いのよ」と笑っていた。

 母は口に出して言わなかったが勝手に行間を読んで想像すると、母にとっては大学時代が黄金期だったようだ。高校時代にモテたのは言うまでもないが、大学時代はさらにモテた。アルバイトを始めるようになってから同じ学生からだけではなく社会人からもアプローチを受け、大学に入ってからはその社会人と堂々と付き合うことが出来たからだ。良識があるほとんどの男性は母を“高嶺の花”扱いで遠くから眺めているだけだったが、勘違い男や馬鹿な男はいつの世でもいたし、中には父のように本物の良い男性もいた。

 めでたく母の彼氏の座を射止めた男性も安泰ではない、より良い男性が現れたら母は容赦なく男を乗り換えたからだ。母はいくら容姿が良くても金が無い大学生などは相手にしなくなり、容姿はもちろん稼ぐ力がある男と付き合うようになった。特に母は顔が良いだけとか、親が金持ちなだけの男性は嫌いだったようで、昔の貴族や教会が騎士を護衛にしたように、母は自分自身に知力や財力がある男性を求めた。母は男にテーマパークや流行りのデートスポットに連れ出されて遊び、百貨店やブランドショップで欲しい物をプレゼントしてもらい、有名レストランで美味しい料理を奢ってもらった。母はお札やクレジットカードを出すことは無く、した事と言えばただ美しい女性として存在し、傍にいてあげただけだ。

 お付き合いしている男女なのだから当然男は女の身体を求める。もちろん簡単には抱かせなかったが、母は合理的な人なので高価なプレゼントを貰った時や満足いくもてなしを受けた時などは身体を許した。ただ単に男に抱かせてあげるだけではなく、母自身も最大限楽しんだ。母のお眼鏡にかかった程の男だ、ほとんどが女性経験も豊富で上手な男が多かったのだろう。まだ成人して間もなかった母に容赦なくチンポを突き立てる残酷さはあるものの、自然なエスコートで高級ホテルに連れ込み、気持ち良い愛撫をし、クンニさえ躊躇せず、事後に女性を労う大人の余裕もあった。母は母で「あまり経験が無いから…」と目を伏せて恥ずかしがり、「教えてください」と頬を赤くして何も知らないふりをし、「私も気持ち良くなってみたい」と耳元で囁いて男性を喜ばせた。高校時代から男性経験はあったものの、大人と付き合うようになってからイクことを覚えたようだ。

 こうして大人の男性を手玉に取って遊び、色々な意味で満足感を得ても年が離れた年上男性達と結婚するつもりは無い。大学を卒業した後は適当に就職をするがなるべく早く結婚をして専業主婦になるつもりだったのだろう。実際、大学の友達といくつかの合コンに顔を出し、真面目で優秀な男性(将来の私の父)を見つけ、付き合い、結婚した。最後は母が“化け物”と呼ぶくらいいくつになっても綺麗な母方のおばあちゃんを引き合いに出して「私がカオルの年齢くらいの時におばあちゃんから言われたんだけど、身綺麗にする事だけは忘れず、自分を安売りしちゃダメよ。」と言って締めくくった。


 それでも私は「神戸や関西だけではなく、東京でも認められたい」、「自分がどこまで通用するのか試してみたい」と両親を説得し、「大学入試に合格して、大学生として東京に行くこと」を条件に二人とも賛成してくれた。私は一夜漬け程度の定期試験の勉強しかしてこず、部活で基礎練習に汗を流すなんて事を経験してこなかったが一応受験勉強を頑張ってみた。春歌さんが言ってくれたように地頭は良かったのだろう、偏差値は自慢できるレベルではないがお嬢様大学の一つ慈母メリー女子大学の入試にパスすることが出来た。両親も「勉強を頑張っていたし、約束どおり合格もしたんだから頑張って来なさい」と快く送り出してくれた。私を溺愛してくれている父が一人暮らしの家さがし、引越の手配、学費の支払、生活費の仕送りまで万全の準備をしてくれて、私は東京で大学生になることができた。


 私は東京に来て大学に通学するのは当然だが、芸能事務所を探した。大手は入るのにもオーディションが必要だったりして時間や手間がかかりそうだったので、中堅レベルのすぐに入れる事務所をあたり、最終的には「あなたを額入りの写真に飾られる大女優、名俳優、トップモデルになれるようプロデュース」してくれるらしい「フレームズ」という事務所に決めた。問い合わせ先に書かれていた番号に電話をかけて面接をしてもらう日時を調整した。

 港区にある事務所の応接に通され、テーブルをはさんで向かい合い、皮張りの椅子に腰かけると雑森さんという温和な男性が面接をしてくれた。

 「五島カオルさん。今日は我々「フレームズ」に足を運んでいただきありがとうございます。五島さんもこの4月から上京されたんですね。」私の履歴書を見ながら雑森さんが話す。

 「はい。」

 「多いんですよね~。東京に出てきて芸能事務所に入ろうっていう子。」

 「そうなんですか。」

 「東西南北いろんな地方から、容姿に自信がある方や明確な夢を持っている方が進学や就職を機に東京に出て来て、我々のような所を訪ねてくれるんです。」

 「じゃあ「フレームズ」さんにもたくさん。」

 「そうなんです。嬉しい悲鳴ですよ。…でもね、2年3年と芸能活動が続けられる子は少ないし、売れて雑誌やテレビなんかの媒体に載るなんてのは稀なんですよ。」

 「そういうものなんですね。」

 「ええ、五島さんはお綺麗だしスタイルも良い。でも、芸能事務所に集まってくる様な人はみんな同じようなレベルです。五島さんは出身が神戸だからまだ良いのですが、田舎から出てきた子なんてのは東京に来て周りを見回すだけで出鼻を挫かれて悲惨ですよ。」

 「じゃあ、どうすれば良いですか?私は不採用なんでしょうか?」

 「いえいえ、五島さんさえ良ければ是非うちでプロデュースさせてください。ただ、五島さんでもいきなり華々しいデビューが出来るとは思わないでくださいね。」

 「わかりました。ありがとうございます。」

 「ところで五島さんはモデルや女優、アイドルや歌手とか、どの方面をご希望ですか?」

 「特に決めていません。何が良いんでしょうね。」

 「う~ん、目指すゴールによって必要なレッスンの内容が違ってくるからな~。じゃあ、始めの数か月共通の基礎レッスンをしてもらう間に決めてもらいましょうか。」

 「はい。よろしくお願いします。」

 こうして私は「フレームズ」という芸能事務所に所属することになった。よもや面接で落とされる事は無いと思っていたが、「いきなり華々しいデビューが出来るとは思わないで」と釘を刺されたのは意外だった。東京でも神戸と同じように通学の電車の中や駅でも男からのくすぐったい視線を感じたし、他大学の男からサークル勧誘や合コンの声をかけられるのは日常茶飯事なので、東京も大したこと無いと思い始めていたからだ。

 私は結局、最初に面接してくれた雑森さんがマネージャーをしてくれることになったのだが、雑森さんの言っていた事は正しかった。私が4月に事務所へ入所した後、手続きやら打合せやらで何度か「フレームズ」に足を運んだが、すれ違う女性達がみんな可愛かったし、レッスンを受けに行ったスタジオで会う女性もみんな綺麗だった。神戸でバイトをしていた「パティスリー久曲」の皆さんも確かに綺麗だったが、県大会ベスト4とインターハイベスト4のレベルが違うように、どちらも文句無しに素晴らしいのだがその差は明らかだ。

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