10. 私が望めば22日になるって言ってたわよね?
まずは何から手をつけようか。
ランプを消した、通りからの光だけの薄暗い店内を見渡す。
私は覚えたての技術を駆使して、アリシアの店の道具を次々修理していく。
最初は不安そうに商品を見ていた彼女の顔が、やがて驚きに変わり、輝いた笑顔へと変わった。
「リディア! すごいじゃない! あんた、修復の技術なんていつつけたの!?」
今日、とは言えず、私は精霊石を持ったまま曖昧に笑ってみせる。
「ほとんど終わってる……明日には店が開けるじゃない……ああっ、リディア、愛してる!」
「あははっ、でも複雑の絵柄がついている高価なラインの商品はちょっと、その……。ごめんね。十年以上のマスター級じゃないと難しいわ」
精霊石の配分が分からないとデザインは再現できない。経験がものをいう世界だ。少し足を踏み入れただけの私では、取り返しがつかないことになるかもしれない。
「全然。店に余裕ができたら工房に頼むわ。ねえ、それより」
私の首に抱きついたまま、やや乱れた金髪がかかった目を細めてアリシアはにっと笑う。相手の全てを見透かしているような妖艶な笑み。きっと、男性にもてるんだろうな。
「離婚したんでしょ。夜は長いわよ。遊びに行こうよ!」
「え……あ、そうね」
私は確かに離婚したし、手に職をつけたし、そもそも成人だし、ちょっと遊んだとしても問題はないわよね。
ぎこちなく笑って小首を傾げてみせる。
もちろん私だってそんな遊びできるわよ。心の準備ができてないだけで……そう、疲れてるし、今こうしてるだけで倒れそうなんだから。本当よ。
でも、少しくらいなら……行ってみてもいいかな?
「元奥様。宿殿をご用意しております」
いつの間にかノインがそばにいた。私は仕方なくアリシアに「また今度」と手を振って店を出る。
心配性の執事がいたんじゃ仕方ないわよね。
「夜のお遊びでしたら、僕も付き合いますよ」
「……そう? じゃあ、今度一緒にきてね」
次の21日。
夕方までかかっていた精霊家具の修復は、繰り返すごとに作業スピードが駆け上がるように速くなっていた。
同じ作業なので、洗練させればいいのだから。
故障箇所も修理方法も、重ねるごとに私の頭や手に刻まれていく。
そのうち宿殿に泊まる時間が惜しくなってきたので、ヴァルディスとの馬車の中を睡眠にあてるようになった。
離婚を言い渡されたばかりの女が、夫の前で堂々と居眠りをするなんて。ヴァルディスは一体どんな顔をして私を見ていたのだろう? 呆れていたかしら。
どうだっていいけどね。ふんだ――。
そうして、すべての作業は午前中に終わらせられるようになった。
午後は自由時間。
アリシアとノインと三人で街を散策したり、一人で買い物を楽しんだり。
この時間のために、馬車での時間を睡眠にあてるようにしたのは正解だったわ。
アリシアは「一緒にこの店をやっていこう」と誘ってくれた。温かく包み込むようなその言葉に、私は心の底から安堵する。
ある日、遊びから帰ってきた時のこと。先に店に入ったアリシアが叫び声をあげた。
「リディア! 難しいって言っていた商品、ちゃんと直ってるじゃない。なによう、謙遜しちゃって」
「え、え?」
驚いて確かめると、確かに完璧に修復されている。
あれ、なにこれ。マスター級の仕事なんて、できるわけないのに……?
なんだか釈然としなかったけれど、アリシアに後ろから抱きつかれて、私はふふっと笑みを返した。
このまま、時間を動かしてもいいのかもしれない。そう思えるほど、私の心は満たされていた。考えてみれば、村の仕事だって、私がいない時でもちゃんと回っていたのだ。
「ノイン。私が望めば22日になるって言ってたわよね?」
いつもの噴水の広場。
昼下がりの太陽が噴水の水しぶきを虹色に輝かせ、小さな鳥たちが二匹、のんびりと水浴びをしている。
最初の「21日」に感じた絶望が、遠い過去のように感じていた。
「はい、もちろんです。元奥様」
「じゃあ、そろそろいいわ。たくさん休んだし」
ノインの口元が一瞬引き結ばれた。ゆっくりと顎をひくと、褐色の額の下に濃い影ができる。艶やかな白銀の髪が光を反射した。
「よろしいのですね?」
「ええ、アリシアのお店、明日になったら開店してお客様が来るのでしょう? ドキドキするわね」
「元奥様が丁寧に作業されているのを僕も確認しています。きっと売れますよ」
「そうかしら。あははっ」
ノインの口元に薄っすらと笑みが浮かんだ。
「では、お望みの通りに」
「ありがとう。ノイン」
喧騒の中で、彼の低い声がやけにはっきり耳に届いた。
「ちょっと待て」
その時、ノインの背後から、見慣れた人影が現れる。
「ヴァルディス?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます