9.大丈夫。任せておいて
覚えたことを確実に自分のものにしてから、次の21日へ。私はステファニーを挑発し、新しい技術を貪欲に盗んでいった。
「左手に古いほうの精霊石、右手に新しい精霊石……」
変容の瞬間を見極めて装飾を椅子から引き剥がす。そして新しい石に装飾の意匠を移して、家具に定着させる。その繰り返し。
彼女の嫌味は気にならなくなった。技術が上がっていく実感の方が嬉しかったし。
そもそも私はヴァルディスの働く姿に惹かれたのだもの。きっと元々この仕事に興味があったのかもしれないわ。
椅子が終わったらランプ、絵画、絨毯。
アリシアの店にある家具の修復手順を、ひとつひとつ確実に覚えていく。
時折、息苦しさを覚えて少しでも手を止めると、見計らっていたかのようにノインに手を引かれた。ステファニーは何か言いたそうだったけれど、ヴァルディスへの告げ口を恐れたのか何も言わずに休ませてくれた。
「ノインって、もしかして彼氏ですか?」
「下品な方ね。不貞なんかするわけないでしょう。犬猫じゃあるまいし」
時おり本気で喧嘩になりそうだったけれど、周りの人がそれとなく間に入ってくれた。私達の殺伐とした関係は注目の的だったらしい。
そうして百回ほど繰り返したある日。
私は彼女の教えを、最初からほぼ完璧に再現してみせた。
「……は?」
水の精霊石を手にとり、古い精霊石を丁寧に一瞬で取り外す。デザインを移すときには集中力が必要。寸分の違いもなく再現するには理解していることも重要だ。模様、装飾パターンは全て記憶している。
ステファニーは最初からわざと難しいデザインの椅子を持ってきていたのよね。でも毎回同じだから隅々まで理解しているわ。
新しい石を定着した後は、塗装に入る。綺麗にむらなく完璧に仕上げる技術の習得には時間がかかった。けれども、今では楽しみにしている作業の一つだ。
だって、自分の手で家具を生き返らせたって思える一瞬が待っているもの。
そうしてできあがった椅子は、あの日ヴァルディスに直してもらった家具のように輝いていた。
ついに、私は自分の手で家具を蘇らせたんだわ。
「なんで……どういうこと」
ステファニーは、信じられないものを見るかのように目を丸くしている。周りにも、いつの間にか人が集まっていた。
「おい、誰だよ、あの修復師。ステファニーが呼んで習ってるのか? え、逆!?」
「あの人がヴァルディスのかみさん? 夫婦揃って天才かよ」
私はふっと笑うと、ステファニーに修復した椅子を向けてみせる。
「ごめんなさい。教えてもらう必要なかったみたい」
ステファニーは何も言い返さない。噛みちぎりそうなほど唇をかんでいる。
かなりすっきりしたわ!
教えてくれと懇願した直後に、完璧にこなしてみせるなんて。ただ喧嘩を売りにきただけの人になってしまったけれど。
散々嫌味を言われて、しかも夫までとった人だもの。足りないくらいだけど、もういいわ。
教えてもらったのには変わりないし、真面目な人だって分かったしね。
「約束ですからね。ヴァルディスとは、勝手に仲良くやってくださいな」
これで全部終わり。
彼との結婚生活にも決着をつけられた。仕事だけでも、ステファニーに勝てて、良かった。
私は微笑んで、彼女に背を向けた。
「ふざけんなっ!」
背後から飛んできた彼女の言葉は、以前のような威勢のいい怒声ではなかった。
「あんた、本当に何しに来たんだよ。『仕事も何もかも、あの人から丁寧に教えてもらってる』ってか?」
「はい?」
その言葉の意味を測りかねて、私は振り返る。
「これからは仕事だけは頑張ろうって、やっと立ち直ったのに。それすら否定してくるとか、どんだけ……」
彼女は悔しそうに下唇を噛み締め、涙を浮かべている。
「さようなら。二度とこないでください」
仕事だけ? どういうこと?
てっきり、ヴァルディスに選ばれたことを勝ち誇ると思ったのに。
私から夫を奪って幸せに笑っているはずの人間が――そんなことを言うのだろうか。
彼女の表情に、そしてその言葉には、強烈な違和感があった。
*
次の21日。
まずは宿殿で眠って休んでから、アリシアと仲直り。
「ごめんね。もうすぐこの店、たたむから……」
「大丈夫。任せておいて!」
「へ?」
その手を両手で握り、呆気にとられてるアリシアににっこり笑ってみせた。
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