8. 私に精霊家具の修復の技術を教えて
「はぁ!?」
彼女は、手に持っていた木材を床に落としそうになる。驚きと動揺で口を半開きにしたその顔は、工房で黙々と働く者たちのと比べてずいぶんと子供っぽかった。
「元奥様!」
ノインが小声で話しかけてくる。
「まさか浮気を疑っていた彼女とは……夢にも思いませんでしたよ。正気ですか?」
「ええ、こんないい機会ないじゃない。……色々と決着つけるためには、ね」
虫を見つけた時のような顔をしているステファニーに、傲然と胸をはってみせる。
「教えてくれたら、ヴァルディスとはきっちり別れてあげる」
この言葉に、ステファニーの表情が一変した。驚きの表情は消え失せ、代わりに疑念と怒りが宿る。
「……!」
彼女はぎゅっと眉間に皺を寄せ、警戒する獣のように私を睨んだ。
「あんた、頭がイカれたんですか?」
「あら、私の方が才能があるのが怖いの?」
あからさまな挑発に、彼女の顔が一瞬で赤くなる。彼女のプライドを逆撫でする言葉だと分かって言ったとはいえ、緊張する。
「いいでしょう。いっさい手加減しませんからね!」
*
「精霊家具は根本から違います。まず装飾部分は精霊石の変容を利用しています。例えばこの縁の赤い部分は炎の石を使っていて……ああ、これ位は知ってますよね? あの師匠の奥さんですもんね」
「妙な小競り合いをする気はないの。 続きを教えてくれる?」
ふんっと鼻を鳴らすその馬鹿にしきった顔。言い返したくなるけれど我慢する。
彼女との肉弾戦を披露する気なら、とっくにやっているわ。
見返す方法はちゃんと考えてる。だから安易な挑発なんかには絶対にのってなんかあげない。
「修復といっても、基本は精霊石の全取っ替えです。古い精霊石は刺激を与えると変容して剥がれます。ほら」
言いながら石を一つ手にとる。椅子の装飾部に何度か打ち付けるると、次第に白く光り始めた。
「はい、そっち、練習用の椅子でやってみて」
私も彼女と同じように石を一つ手にとり、真似してみる。硬質な音をたてるだけで何も起こらない。
ぷっ、と噴きだす声。
「一体何をしてるんです? これ、風の精霊石でしょう?」
「え、ええ。あなたと同じものよね?」
「はあ? どこに目つけてるんですか。あんたと私のとじゃ、デザインが違うでしょ?」
自分の椅子を片手でひき、私に見せつけるようにして無造作に指をつきつける。
「こっちは雲を模った流線型。そっちは海をイメージした波型。だから水の精霊石を使うに決まってるじゃないですか」
「なるほど……」
同じような形に見えるけど、よく見ると違うような……?
「さっき精霊石の変容を利用してデザインはできてるって言ったばかりでしょ。なに聞いてるんですか? はい、デザインが魚なら?」
「水の精霊石」
当たり前でしょ、とでも言いたげに彼女は口角を歪める。本当に忍耐力を試してくれる子ね。
「砂浜の絵柄だったら?」
「え、えっと、土?」
「はあ? 土と水の混合に決まってるでしょ」
「すみません」
「メモをとらなくていいんです?」
メモをとる暇がないくらい喋るのが早いから、覚えようと必死だったんだけど。
タイミングを教えてくれるならありがたいわね。ふんだ。
ステファニーの教え方は一言で言うと丁寧で、雑。
彼女は必要な知識を半分しか教えず、あとは私が不器用な手つきで失敗するのを見守る作戦にしたようだ。
その後、何度も繊細な精霊石の取り扱いを失敗しては、笑われるのを繰り返した。
終わる頃には「口ほどにもない」という勝ち誇ったステファニーの捨て台詞。
ここまでは予想通り。好きなだけ罵ってもらって構わないわ。
なぜなら私は
器用さと習得の速さには自信あるのよね。
結婚して、村の仕事に関わるようになった時も、村人たちにも彼女と似たような態度をとられたわ。
でも働き手たちへの料理作りを完璧に覚えてみせたら、皆いっせいに態度が変わった。それからは全員分ずっと任せてもらえるようになったの。
レース編みだって誰よりも上手になったわ。売り物になるからと大量にお願いされるようになったしね。
子供たちへの勉強会も、教え方が上手だからと各家庭に頼まれているくらい。
……もしかして私、持ち上げられて、都合よく利用されていただけだった?
いいえ。私はその皮肉な
見てなさいよ。意地悪女!
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