6. もう二度と、背中なんか向けさせない

「素晴らしいですね。ぜひ貫徹すべだと思います」


 どういうことなの。  


 深く考えないようにしよう。


「グレイモア家の始祖の女性は、ご存知ですか?」


 そんなことを考えていたら、ノインがぽつりと呟くように言った。


「リリア・グレイモアのこと? もちろん知ってるわ」


 グレイモア家の始祖リリア。

 村の公共設備に大きく貢献し、未だに村人たちの間では伝説になっている偉人。


 だからグレイモア家の子孫は、自然とその役目を期待されてしまうのよね。


 その嫁も例外ではなく。私と名前も似ているから……実は結構重圧になっていたことを、ヴァルディスには言えないままだったな。


「リリアと僕は親友でした。彼女と約束したんです。あなたの子孫は守り続ける、と」


「そうだったの……!」


 ノインとあの偉人リリアが知り合いだったなんて。

 グレイモア家の執事として私を助けてくれるのは、そういうことだったのね。


 納得しかけたところで、ノインはにっこりと片手をふる。


「まあ、あなたはリリアの子孫ではないですし、僕の誓いとは何も関係ないんですがね」


「なんだったのよ、この話」


「ですから、僕はあなたに良く思われたいだけですよ」


「……」


 その言葉には少しも揶揄う調子はなく、つい信じてしまいそうになる。


「あれ……」


 気まずさから通りの向こうに視線を逃した、その時だった。


 様々な音が混じり合う雑踏の中、ふと横切った懐かしい横顔。隣を歩く男性に親密そうに腕にもたれているのは、間違いなく――。


「お知り合いですか?」

「……うん」


 元親友の、アリシア。

 ヴァルディスとの駆け落ちを猛反対されて大喧嘩した彼女。


 名家の子女だった彼女が、けばけばしい服装をして、年上の男性と歩いていた。

 胸騒ぎがする。

 一体、何があったんだろう?



 前回と同じ時間に私は立った。


 この洋菓子店のある通りを、アリシアは必ず通るはず。

 私は建物の影に身を潜め、その時を待った。

 心臓の音がうるさい。何度も大きく深呼吸をした。


 見つけた!


 雑踏の中から、見慣れた金色の髪が姿を現す。隣を歩く男性と親しげに話す横顔は、記憶の中の彼女と少しも変わらない。


「アリシア、あの!」


 人混みをかき分け、震える声で呼びかける。私の声に気づいたアリシアが、驚いたようにこちらを振り返った。


 目が合う。その緑色の瞳に懐かしさが浮かんだのは一瞬だった。


 ふいっと、顔を逸らして、アリシアは私などいなかったかのように前を向くと、そのまま歩き去ってしまった。


「あ……」


 呼び止めようと上げた手を、仕方なく下ろす。


 前回、お互いに声をかけずに通り過ぎていった彼女。今回もこうなるのではと、どこかで予感はしていたけれど。


 それでも、胸がちくりと骨が刺さったように痛む。


「大丈夫ですか? 元奥様」


 いつの間にかノインは隣に立っていた。私は小さく微笑んでみせる。


「ふむ、話も聞いてくれなさそうですね」


「アリシアは、本当に私を思って言ってくれてたから、きっと今だに許せないのね」


「まあ、出会いもあれば別れもありますからね」


 ノインの淡々とした慰めに、私は首を振った。


「何言ってるの。次よ」


 私には、明日という名のがあるのだから。


 元親友と仲直りをする。

 胸のつかえをなくして、元気を取り戻すこんな最高の機会を、逃すわけにはいかないわ。


「要するに、話を聞いて貰えばいいのよね」


 *


 そして、次の21日。


 私は同じ場所で、息を殺してその瞬間を待った。アリシアが連れの男性と別れ、一人になったその時を。


 今だ。


 背後から駆けより、ためらわずにその華奢な体に腕を回す。


「アリシア!」


 もう二度と、背中なんか向けさせない。


「わあ、な、何!? え、リディア?」


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