6. もう二度と、背中なんか向けさせない
「素晴らしいですね。ぜひ貫徹すべだと思います」
どういうことなの。
深く考えないようにしよう。
「グレイモア家の始祖の女性は、ご存知ですか?」
そんなことを考えていたら、ノインがぽつりと呟くように言った。
「リリア・グレイモアのこと? もちろん知ってるわ」
グレイモア家の始祖リリア。
村の公共設備に大きく貢献し、未だに村人たちの間では伝説になっている偉人。
だからグレイモア家の子孫は、自然とその役目を期待されてしまうのよね。
その嫁も例外ではなく。私と名前も似ているから……実は結構重圧になっていたことを、ヴァルディスには言えないままだったな。
「リリアと僕は親友でした。彼女と約束したんです。あなたの子孫は守り続ける、と」
「そうだったの……!」
ノインとあの偉人リリアが知り合いだったなんて。
グレイモア家の執事として私を助けてくれるのは、そういうことだったのね。
納得しかけたところで、ノインはにっこりと片手をふる。
「まあ、あなたはリリアの子孫ではないですし、僕の誓いとは何も関係ないんですがね」
「なんだったのよ、この話」
「ですから、僕はあなたに良く思われたいだけですよ」
「……」
その言葉には少しも揶揄う調子はなく、つい信じてしまいそうになる。
「あれ……」
気まずさから通りの向こうに視線を逃した、その時だった。
様々な音が混じり合う雑踏の中、ふと横切った懐かしい横顔。隣を歩く男性に親密そうに腕にもたれているのは、間違いなく――。
「お知り合いですか?」
「……うん」
元親友の、アリシア。
ヴァルディスとの駆け落ちを猛反対されて大喧嘩した彼女。
名家の子女だった彼女が、けばけばしい服装をして、年上の男性と歩いていた。
胸騒ぎがする。
一体、何があったんだろう?
*
前回と同じ時間に私は立った。
この洋菓子店のある通りを、アリシアは必ず通るはず。
私は建物の影に身を潜め、その時を待った。
心臓の音がうるさい。何度も大きく深呼吸をした。
見つけた!
雑踏の中から、見慣れた金色の髪が姿を現す。隣を歩く男性と親しげに話す横顔は、記憶の中の彼女と少しも変わらない。
「アリシア、あの!」
人混みをかき分け、震える声で呼びかける。私の声に気づいたアリシアが、驚いたようにこちらを振り返った。
目が合う。その緑色の瞳に懐かしさが浮かんだのは一瞬だった。
ふいっと、顔を逸らして、アリシアは私などいなかったかのように前を向くと、そのまま歩き去ってしまった。
「あ……」
呼び止めようと上げた手を、仕方なく下ろす。
前回、お互いに声をかけずに通り過ぎていった彼女。今回もこうなるのではと、どこかで予感はしていたけれど。
それでも、胸がちくりと骨が刺さったように痛む。
「大丈夫ですか? 元奥様」
いつの間にかノインは隣に立っていた。私は小さく微笑んでみせる。
「ふむ、話も聞いてくれなさそうですね」
「アリシアは、本当に私を思って言ってくれてたから、きっと今だに許せないのね」
「まあ、出会いもあれば別れもありますからね」
ノインの淡々とした慰めに、私は首を振った。
「何言ってるの。次よ」
私には、明日という名の次の今日があるのだから。
元親友と仲直りをする。
胸のつかえをなくして、元気を取り戻すこんな最高の機会を、逃すわけにはいかないわ。
「要するに、話を聞いて貰えばいいのよね」
*
そして、次の21日。
私は同じ場所で、息を殺してその瞬間を待った。アリシアが連れの男性と別れ、一人になったその時を。
今だ。
背後から駆けより、ためらわずにその華奢な体に腕を回す。
「アリシア!」
もう二度と、背中なんか向けさせない。
「わあ、な、何!? え、リディア?」
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