3.哀れだけども賢いリディア様

 そこにいたのはノインではなかった。


 半透明の丸い生き物が列をなして私の後ろを歩いていた。


 ころころと転がるように跳ねる姿に、思わず口が緩んでしまう。


「ごめんね。私はあなたたちのお母さんじゃないの」


 声をかけると、小さな精霊たちは首を傾げ、それでも嬉しそうにふわふわと散っていった。


 幼い頃、精霊との親和力が強すぎて彼らに懐かれる体質と診断されたことがある。


 恐ろしい精霊に追いかけられて怖い思いをしたこともあるけれど、可愛い精霊なら大歓迎。


 ふと、遠くにノインの姿が見えた。

 やっぱり、ついて来ていたのね。

 ただの執事だと思っていたのに。どうしてこんなに不気味に思えるのかしら。


 できるだけ綺麗そうな宿を見つけて扉を叩いた。

 太った女主人が机に手をばんとつき、上から下までじろじろと見られる。冷や汗をかきながらも背筋を伸ばしてみせる。


「一万ランド」


 た、高い……。

 足元を見られた気がするけれど、そもそも相場がよく分からない。それにこの猛犬のように鼻に皺を寄せている女主人と渡り合う気力もなかった。


「二階の奥だよ。食事は別料金だ。水は自分で井戸から汲みな」


 つっけんどんな物言いに身がすくむ。

 

 とりあえず今夜眠れる場所ができただけでも、良しとするしかないわね。


 明日からどうしよう……。


 ノインがどうしてるのかも少し気になるけど、とにかく、少し休んだら、考え、よう。



* * *



「離婚してくれ。リディア」


「ああ、やっぱり言った」


 両手で顔を覆う。


 目が覚めて、グレイモア家のベッドだった時から、嫌な予感はしていたのだ。


 どうしてまたこの日の朝を迎えてるの!?


 馬車に揺られて、またしても広場に置いていかれる。


 噴水で水を飲む鳥の数も二匹。

 三回目も同じ光景ね。


 もしかして、予知夢じゃなくて、同じ日を繰り返してるだけ?

 

 ……確かめなくては。


 ざっと広場を見渡す。スリらしき少年を発見。まっすぐそっちに向けて足を向けた。


 ぐいっと腕を引かれる。


「何をしてるんです? 奥様」


「ノイン」


 予想通り、やっぱり彼から声をかけられた。


「前回と同じセリフで出てくるのね。でも、前々回は、あなた出てこなかったわね?」


 ノインは黙ったまま私を見つめている。


「一回目の時に、私は強盗に襲われた。だからあなたは助けに入ることにしたんじゃない。――ねえ、もしかして、私とあなたは21日を繰り返してるんじゃないかしら?」


 ノインは一瞬目を細め、次の瞬間、朗らかな笑い声を立てた。


「哀れだけれども、賢いリディア様」


 穏やかだけれどもどこか底冷えするような響き。背筋がぞくりと震える。


 ノインは恭しく腰を折り、おもむろに顔を上げた。

 微光を滲ませた灰色の瞳が、あらぬ方向を見る。 


「僕はグレイモア家に百年仕える時の精霊、ノイン」


「あなた、精霊、だったの?」


 高位の精霊が人間社会に入り込んでいる話は聞いたことがある。

 

 そもそもグレイモア家に執事がいること自体がおかしかったのだ。使用人を雇う余裕すらないのに。


「21日を繰り返してる? その通りですよ」


 胸に手をあて、ノインは不遜な笑みを口元にたたえる。


「あなたの時間を巻き戻してるのは、僕ですからね」


「はあ?」


 どういうこと?


「お嫌でしたら、すぐにでも22日に進めますが?」


「え? 戻してくれるの」


「はい」


 すぐにでも、と答えようとして、はたと気がついた。


 待って。ということは。


「手元にお金があって、今日やるべきことはヴァルディスが何とかしてくれる……」


 口にした瞬間、頭の中でかちりと歯車が噛み合った。


「もし、もしよ? 今回高級な宿殿で寝たとして、次回で泊まらなかったら――お金が、かからないってことよね……?」


「はい?」


「その、今日一日、眠っててもいいってこと?」


「……」


 自分でもあつかましいと思う提案だけど、ふかふかのベッドのイメージが、既にしっかりと頭を占めていた。


「……この一回だけ、駄目かしら?」


 言い訳すると、今日は特に体調がおかしい。

 こうして五分も立っていないのに倒れてしまいそう。


「元奥様」


 ノインは哀れなものを見るような目になる。


「その答えに行きつくまでに、あと数回かかると思っていましたが……なんという柔軟性。図太くおられる神経」


「は?」


「不覚にもこのノイン、驚いてしまいました」


「まさかそれ、褒めてるつもりじゃないわよね?」


 彼はにこやかに笑いながら、私の肩に手をおいた。 


「いいえ、素晴らしい答えに辿りつきましたね」


 *


「うわぁ、気持ちいいっ」


 私は宿殿のふかふかのベッドに身を預ける。

 

 どこまでも沈んでいきそう。


 このベッド、風の精霊の力を借りた新式のベッドだわ。


 実家のベッドも精霊家具だったけれど、旧式だからマットの表面にしか風の力がなかった。

 でもこれは中のコイルにも仕込まれているから、どこを転がっても絶妙な反発を返してくれるのよね。


 ヴァルディスも同じ型式のベッドを修復していたわ。

 ……私を追い出して、今頃工房で仕事でもしてるのかしら。


「はあ、私、こんな明るい時間から眠ってもいいの?」


 白い枕を抱きしめながら転がる。

 うそ、この枕も風精石の枕なの? ああ、助けて、頬が吸い寄せられる。


 私、浮かれてるわね。初めての自由な休暇だから仕方ないわよね?


「まずはとにかく、このすぐ疲れる体をなんとかしなくちゃ」


 この離婚を言い渡されたこの21日を、最高の一日に変えよう。そうしたらきっと、素晴らしい明日が待ってるわよね?


 何も恐れずに笑える明日が、きっと。

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