第6話 風下のきみへ

 十五分の劇は澤田先輩の「入部お待ちしております」という無難な言葉で締め括られ、体験入部はあっけなく幕を閉じた。

 始まる前とみんなの顔が違って見える。どんな顔とも形容し難いけれど、やり切ったという充足感は共通しているような気がした。

 一年生に手を振り終えると、澤田先輩がお菓子を配り始めた。

 さっきまで高校生の顔をしていた部員とエキストラがわっと群がって、思わず頬が緩む。

 終わってしまえば二週間は短くて、なんとなく気が急いていた。まだ本番が終わらないような気がしていたのかもしれない。

「お疲れ様。よかったよ」

 目の前に先輩の手がそこにあった。その上の丁寧にお菓子をまとめた小さな袋の中に私の好きなチョコレートがあって、なんかちょっと感動していた。

「確かに君の言うとおり青春はエンタメかもしれないけどさ」

 先輩が口を開いて、あの感動からまだ筆を握れないでいる私を見る。

「でも、青春以外もエンタメだ」

 先輩がニヤリと笑った。



「ねえ、ちょっと寄り道しない?」

 公園を指差すと、亜美はいいね、と快く承諾してくれた。

 背の低い草はらをとおり、奥にあるブランコに二人で腰掛ける。触れるとブランコはからからと揺れて、そして大人しくなった。

「私、演劇またやりたくなった」

 そう切り出す。

 大人はやっぱり都合のいい子供が好きだ。というか、人間は都合のいいものが好きだ。それなら私だって、演劇が好きだった。みんなの役に立ちたいのも本当だった。

 今ならそんな気持ちも認めてあげられた。

「亜美が誘ってくれたおかげで演技のことも好きになれたんだ」

 そんなことないよ、と他人事みたいに亜美が笑った。

「だから亜美に見せたいものがあって」

 カバンから紙束を出す。

 「ラストオーダーの監獄」亜美がパンフレットを見つめる。懐かしい、なんて声が震えている。

「私、この劇が好きだったの」

 私はそう言ってパンフレットを撫でた。

「感動して、こんなのを書く人がいるんだ。それなら私の劇なんか誰も望んじゃ居ないって、気持ちよく筆を折ろうとしたの」

パンフレットの影から「ラストオーダーの鳥籠」と名付けられた一冊の本を取り出す。

 視線がかち合う。そして、うすら笑いの亜美を睨みつけた。

「どうして盗作なんかしたの? 」

 カアンカアンと遠くから踏切の音が届く。滑り台の長い影がまた伸びて、草がさらさらと揺れた。

「いつ気づいたの?」

 入学前の春休み。淡々と聞かれたから、こちらもそう返した。

 一年前か、なんて亜美がまた笑った。

「別に、失敗できなかっただけだよ。次失敗したらみんなに賞を獲らせてあげられないまま卒業しちゃうから」

 だから私も筆を折ろうとしたのだ。痛いほどわかる、なんて言えば嘘だけど、喉に何か張り付いたみたいになる。

「それでも、私はそうは思わない」

 うるせえとかバカヤロウと怒鳴ればよかったのかもしれない。そしたらもっとちゃんと伝えられたかもしれない。でも涙が溢れてきて、もうぐちゃぐちゃと汚く泣くしかできなかった。

 二度も感動を奪われた喪失感も、信用していたライバルに裏切られた絶望も、今まで隠し通してきた気持ちも全部目の前で再演してやりたかった。下手くそなリハーサルのせいで何もかもが言葉にならないで涙に溶けていった。

 だって苦しかったもん、口から溢れるのはそんな幼い台詞で、どうして、という短い問いがほとんど嗚咽みたいに伝わった。

「みんなからあんなふうに期待されたら既成台本でやりたいなんて言えなかったから」

 みんな、亜美のことを天才として扱った。私もそうだ。きっと部員も、先生も、審査員もみんな。

 ぶちまけられた本音に、汚された、なんて瞬間的に思った。亜美のイメージがガラガラと崩れ落ちる。もう一度盗作を見せられたような気がした。

「でも私、歩葉の作品好きだったよ」

 亜美は去り際にそう告げた。咎めたかったわけじゃなくて、ただあなたが私に何をしたのかわかって欲しかったんだ、なんて言えるはずはなかった。

 それ以降、亜美と言葉を交わすことはなかった。

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