第7話 カーテンコールを

 七時二十五分、狭い部屋に朝活の終わりのアラームが鳴る。うるさいそれに手を伸ばして、欠伸を一つ。思い切り体を伸ばす。さて、朝ごはんを食べなくては。

 パソコンの電源を落としてから冷蔵庫から作り置きのポテトサラダときんぴらごぼうを取り出す。食べ合わせは微妙だが、二十代の朝ごはんにしては悪くないだろう。

 くるくる回る電子レンジの中は一定の速さで箱の中の均衡を守っていた。

 こうも私よりもちゃんとしている物に囲まれていると安心を通り越して洗濯物を回していないとか課題が終わっていないとかの失態をしていないか不安になる。

 それでも正しく回っていく日常は心地よい。

 アパート、階段、朝の匂い。窓の隙間も腕時計も物語を持っていた。

 あの日からなんだって舞台にしてきた。目に映るもの全てが愛おしいエンタメだった。私の世界は信じなくても、そこにあった。

 ぽつぽつと書いたものを投稿していたら、ささやかながら数字も取れるようになってきた。苦手だった青春モノも自分がその舞台を降りれば存外筆は進み、数週間後には都内の中学校が私の書いた台本を演じてくれる予定が入っている。

 あれから何度も観劇してきた。青春の苦い劇。初恋の甘酸っぱい劇。評価に囚われた劇、ただ自由な劇――かつて誰かが言ったように、高校生は面白いものを創る。それはまるで彼らの人生のようだった。

 そんなふうに重ねて見てしまうことこそが私が嫌った大人だ。それでも青春の渦中にいながら青春を尊ぶことなんて彼らはできなくて、私たちはその青さをそっと救って口に運ぶことに甘んじている。

 亜美もそうであってくれるだろうか。それとも、今もまだ大人は嫌いだろうか。

 あれから彼女は学校に来なくなってしまった。何があったかも知らない担任の先生からは恨めしそうに事情を聞かれ、私は何も答えなかった。わかりませんと言って、彼女を待っていた。澤田先輩に入部を打診されて、それは気まずいからやめてしまったけれど、罪滅ぼしのような気持ちで脚本を書き始めた。

 私は全てから許されていた。私が彼女を踏み潰したことに変わりはないとみんながわかっていても。進学しても、就職しても、あのとき引き摺り下ろして正気に戻してあげられなかった、なんて傲慢を私は許せないでいる。

 だからせめて今の子供たちは私たちのようになってしまわないで、大人を憎まないでいてほしいと心から思えた。子供達が感動して、その感動を後悔することがないような劇を描きたい。そんな思いはいつしかつまらない原動力に形を変えていた。

 パソコンの電源が完全に落ちたのを確認し、ぱたんと閉める。コンセントをまとめてケースに入れて、傍のリュックに押し込む。

 こんな懺悔も希望も簡単に、手放したら誰の心にも残らない。人の弱さなんて、大方の人にとってはエンタメだ。でも、フィクションに等身大は望んじゃいないから、きっと毎日をありのまま愛したいと思える。

 電子レンジに呼ばれてカタンと開けると、きんぴらごぼうの甘じょっぱい匂いが鼻をつく。なんだかお腹が空いてきて、そっと息を吐きながら目を閉じた。

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風下のきみへ 詠暁 @yoniakewo

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