4話 茜色の空
(分かっている)
黙々と歩き、薄暗い路地裏を抜け出す鳴海の目は色褪せている。
二人の存在が一番のノイズだった。それが原因で見切る判断力が鈍りかけた。
そのお陰なのか気を許そうとした彼女達の隙を利用して、見事峠を越えることが出来た。杞憂だったが、息災で済んだのは星の巡り合わせが良かったのか。
けれど、今は思案を重ねる場合じゃない。
(俺は相応しくない人間だ)
振り返りもしないで。都会の喧騒から離れていく。
すれ違う人達の顔も知らないまま、茜色の空で眩しそうに手を掲げる。
懐かしくもない。見慣れた帰路をなぞるだけの時間。無頓着な視線が向けるのは自宅付近にある運動公園。
まだ遊び足りないと、子供達の笑い声が遠く聞こえてくる。
鳴海は佇んでいた。懐かしさに感傷に浸る。無邪気な自分もいたんだなと。その代償として時間の残酷さに気付き、思わず白けた顔になる。
理想とは程遠い人生は常に荒んでいて。
歪んだ人生観が邪魔をする。関係のない他人が敵にしか見えない。
憎い。何もかも。
分かっている。悪いのは全部自分だ。
信頼は二度と戻らない。無くした価値観もそうだ。
立花鳴海は失敗した。
浅はかな知恵が招いた不幸。触れた関係者全員が狂気に取り憑かれた。
自分が配慮深い人間になっていれば。回避できた筈なのに。古傷として残る後悔の感情は堂々巡りが続いて、許しを請うと呪いを撒く。
一端の猿には理解出来ないだろう。裏切られた側の光景の先を。
勿論、信じた自身に責がある。
バカが付くほどの超弩級の正義感が仇になる。
ある日濡れ衣を着せられた。無実の罪を晴らす証明があるのに関わらず、彼等は保身の為に耳を塞いだ。その場にいた全員が共謀者だった。
ああ、なんだ。味方は居ないのか。
絶望した。前向き思考を否定する非難轟々の日々。我が身の可愛さで悪魔に魂を売った彼等は鳴海を排除しようと躍起になり、死に物狂いで衝動を動かすのは、己の中にある正義を肯定する為に。声を上げる事ができない、ただ一人の少年を人柱に仕立てようとしたが、とあるキッカケで終息する。
首謀者が死んだ。
丁度、今日と似た茜色の空の頃だったか。
誹謗中傷の日々で完全に精神面が麻痺していた。
ブレインフォグでやられた思考を無理矢理に動かして、出席のノルマを果たした鳴海は普段と変わらない様子で帰宅をしていた最中だった。
何処か遠くで。パトカーと救急車のサイレンが反響している。
最初は交通事故の何かだろう。他人事のやや冷め気味の表情をして、学生バッグ握り直す。
事件の一端で戦友となったクラスメイトと、偶然それを目撃してしまった。
水色のレジャーシートが挟む前に。警戒色のトラテープが伸びる前に。
瞳孔が開いていた。ハッキリと。明確に。焦点の合わない視線と草臥れた様子の横顔。口元から吹いた液体はアスファルトの地面を茜色に染めて。
死んでいる。死体が転がっている。正気に戻る代わりに引いていく血の気。鮮明に映る視界が現実に引き戻されて、危険信号のように心臓の動悸が加速する。
救急車を呼ばないと。
分かっている。今更呼んでも結果は変わらないことを。
なのに。震えた指先を動かそうとしたのは、一種の祈りだったのだろう。
目の前で広がる悲劇を否定したかった。
目に焼き付いた惨劇を心の奥底に隠そうとしたかった。
美徳を騙る自分が嫌いになった。
安全圏にいて。自己保身に走って。ようやく掴み取った景色がこれか。
忘れない。滲んだ世界で残した呪縛を。
猛毒を浴びて。苦しみながら呼吸を繰り返すように。
灯火一つの命を見届けて、自らの手で人生を台無しにさせたあの子の最期は。
(……俺だけが、生き残ってしまった)
包丁を両手で握り締めて。相手の心臓を八つ裂きにした。
鮮血で濡れた刃物を掲げて。腹に突き刺したあの子は無理心中を遂げる。
特に笑顔が素敵なクラスメイトだった。初々しくて、甘さ控えめの彼女の告白は罰ゲームだと気付いていたのに、一ヶ月だけ付き合った偽物の恋愛関係。
嘘だけど、あの頃は本当に楽しくて。
案外、一緒に居ても悪くないかもなって、青い空気に心を許したのに。
彼女の怨嗟の叫びが、消えない。
欠落百合姫のステイルメイト 藤村時雨 @huuren
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