第6話「生徒会室の鍵が、毎朝開けられています」前編

 探偵部の部室に、いつもより早い時間に来客があった。


「失礼します」


 ドアを開けたのは、生徒会副会長の篠原美琴しのはらみことだった。3年生の彼女は面倒見の良い姉御肌で知られており、その凛とした佇まいからも頼りがいのある人物であることが窺える。


「おや、副会長じゃないか。どうしたんだい?」


 蒼太が振り返る。


「実は相談があって来たの。最近、生徒会で妙なことが起きてるのよ」


 美琴はサバサバとした口調で用件を切り出した。


「妙なこと?」


 美月が興味深そうに尋ねる。


「生徒会室の鍵が勝手に開いてしまうの。帰りに必ず施錠して帰るのに、翌朝には鍵が開いてるのよ」


「それは確かに奇妙だね」


 蒼太が椅子に座り直す。


「いつから起きている現象なの?」


「2週間ほど前からかしら。最初はたまたまだと思ったんだけど、毎日続くものだから」


 美琴の表情には困惑の色が浮かんでいた。


「他に鍵を持っている人は?」


「生徒会役員は全員持ってるわ」


 生徒会のメンバーは、会長、副会長、会計、書記、庶務の5名。

 その全員が鍵を持っているらしい。


「実は犯人の目星はついてるのよ……」


「え!どういうことですか?」


 美月が目を丸くする。


有栖川瑠璃ありすがわるりって1年生を疑ってるの」


「有栖川?」


「前回の生徒会長選挙で今の会長の氷山ひやまに負けた佐倉詩乃さくらしのの熱烈なファンらしくてね」


 美琴の説明を聞きながら、蒼太は何かを考えていた。


「その有栖川さんが、なぜ容疑者に?」


 美月が尋ねる。


「彼女が最近、校内で噂を流してるらしいの。『氷山会長は生徒会室の鍵をしょっちゅう閉め忘れる』ってね」


「それは……」


「この鍵の件と時期が重なってるのよ。偶然とは思えないでしょ?」


 美琴の推理は的確だった。


「なるほど。氷山会長の評判を落とすための工作、ということか」


 蒼太が頷く。


「氷山会長というと……」


 美月が記憶を辿る。


「1年生なのに生徒会長に選ばれた、あの天才少年ですよね?」


「そう。頭脳明晰だけど、かなり生意気なのが玉に瑕ね」


 美琴は苦笑いして言った。



「それで、何か対策は取ったのかい?」


「実は、生徒会室前の廊下にカメラを仕掛けたのよ。こっそりとね」


 美琴が鞄から小型のカメラを取り出す。


「誰が鍵を開けているのか、証拠を押さえようと思って」


「それは良いアイデアですね。それで、何か映ったんですか?」


 美月が身を乗り出す。


「それが……何も映ってないのよ」


 美琴の表情が困惑に染まる。


「何も?」


「ええ。夜中から朝まで録画したけど、誰も生徒会室に近づいてない。なのに翌朝には、やっぱり鍵が開いてた」


 美琴の言うように、確かに不可解な現象であった。


「興味深い謎だね〜」


 蒼太が立ち上がる。


「現場を見せてもらえる?」


「もちろんよ。お願いします」


 三人は生徒会室に向かった。


 生徒会室は3階の奥にあり、廊下の突き当たりに位置している。


「ここが生徒会室ね」


 美琴が扉を指差す。


「鍵は一般的なシリンダー錠のようだな」


 蒼太が鍵穴を観察する。


「カメラはどこに設置したんですか?」


 美月が尋ねる。


「廊下の窓のところよ」


 美琴が振り返る。確かにそこからなら生徒会室の扉が見える。


「なるほど。この位置なら誰かが近づけば映るはずだ」


 蒼太が現場の配置を確認する。


「それなのに何も映らなかった、と」


 その時、蒼太の視線が生徒会室の隣の扉に向けられた。


「この隣の部屋は?」


「備品室よ。生徒会室と繋がってるの」


 美琴が説明する。


「繋がっている?」


「内部にドアがあって行き来できるようになってるの」


 蒼太の表情が変わった。


「その備品室、見せてもらえる?」


 3人は備品室へと移動した。


「確かに生徒会室と繋がってるな」


 室内には机や椅子、清掃用具などが雑然と置かれている。そして奥には生徒会室へのドアがあった。


「このドアに鍵は?」


「内部のドアに鍵はないわ。廊下から備品室に入る場合は鍵が必要だけど、その鍵は職員室で管理してるから生徒は開けられないの」


 美琴が説明する。


 蒼太は鍵のついた備品室のドアを詳しく観察し始めた。特にドアノブの鍵の部分を入念に調べている。


「部長、何か見つかりました?」


 美月が尋ねる。


「これを見て」


 蒼太が鍵のつまみ部分を指差す。そこには細い傷のような跡があった。


「これは……」


「ワイヤーの跡だね」


 蒼太の推理が始まる。


「おそらく、このつまみにワイヤーを巻き付けて、外から引っ張って鍵を開けるトリックを使ったんだろう」


「外から?」


 美琴が驚く。


「生徒会室から備品室に入って、鍵のつまみにワイヤーを付けておく。そしてドアの隙間からワイヤーを垂らしておけば、いつでも備品室から生徒会室に入れるようになる」


 蒼太が身振りで説明する。


「なるほど!備品室のドアはカメラの死角になってましたし、備品室から入って内側から生徒会室のドアの鍵を開けたんですね!」


 美月が理解を示す。


「そうだね。そして帰る時も同様に、生徒会室から備品室に戻り、外のドアから出る。その際、再びワイヤーを使って備品室の鍵を閉めたんだろう」


「完全犯罪のつもりだったのね」


 美琴が感心したように頷いた。


「しかし、一つ問題がある」


 蒼太は、このトリックの重要な点を指摘した。


「このトリックを使うには、生徒会室にいつでも入れる必要がある」


「それって……」


「つまり、犯人は生徒会関係者の可能性が高い」


 蒼太の言葉に、美琴と美月は顔をこわばらせた。


「まさか」


「有栖川さんは1年生で、生徒会のメンバーじゃないですよね?」


 美月が確認する。


「ええ。彼女は一般の生徒よ」


 美琴の声には困惑が混じっていた。


「となると……」


 蒼太が考え込む。


「生徒会のメンバーが関与している可能性が高い」


 この推理によって、事件は新たな展開を迎えることになったのだった。



「実際にトリックを試してみよう」


 蒼太が提案する。


「大丈夫ですか?」


 美月が心配そうに言う。


「細いワイヤーを用意して……」


 蒼太が準備を始めた時、美琴が止めた。


「危険じゃない?」


「確認のためには必要だよ〜」


 蒼太は慎重にワイヤーを鍵のつまみに巻き付け、廊下から引っ張ってみた。


「うっ」


 ワイヤーが手に食い込み、蒼太が顔をしかめる。


「部長!」


 美月が慌てて駆け寄る。


「大丈夫。でも、これで一つ重要なことが分かった」


 蒼太が手を見せる。そこにはワイヤーによる赤い線状の跡がついていた。


「このトリックを実行した犯人には、必ず手にワイヤーの痕が残ってるはずだ」


「なるほど。傷跡を確認すれば、犯人を特定できるということね」


 美琴が納得したように小さく頷いた。


「その通りだ。しかし……」


 蒼太が振り返る。


「犯人が生徒会のメンバーの中にいるとすると、この問題は複雑になるね」


 生徒会内部での犯行となれば、単純な嫌がらせ以上の動機があるはずだった。


「副会長、このことは生徒会メンバーには黙っていてくれないか。犯人には自分が疑われていることを悟られたくないんだ」


「え、ええ。わかったわ」


 美琴が少し戸惑った様子で頷いた。





 翌日の放課後、探偵部は生徒会室で生徒会のメンバーを集めて話を聞くことになった。


 生徒会長の一年『氷山湊斗ひやまみなと』、副会長の三年『篠原美琴しのはらみこと』、会計の三年『渡辺樹わたなべいつき』、書記の二年『川瀬澪かわせみお』、庶務の一年『山口咲奈やまぐちさな』が現在の生徒会メンバーだ。


「それで、俺への嫌がらせで生徒会室の鍵を毎朝開けてる奴がいるっていうくだらない悪戯のことですか?」


 生徒会長の氷山湊斗が呆れた様子で言った。一年生とは思えない堂々とした態度で、確かに只者ではない雰囲気を漂わせている。中性的な顔に小柄な体格、幼さが感じられる見た目とは裏腹に、無愛想で毒舌だと生徒の間で有名だった。


「ああ。副会長から相談を受けてね、みんなにも話を聞きたくて集まってもらったんだ」


 湊斗の態度を気にする様子のない蒼太は、にこやかな表情で返した。


「生徒会室の鍵は、いつも会長が閉めてるのかい?」


「いや、鍵は全員が持ってるし、特に誰が閉めるとは決めてない。最後に残った人が閉めてるな」


 会計の渡辺が答えると、周りのメンバーもそれに合わせて頷いた。


「朝に鍵を開けるのも同じ感じね。一番最初に来た人が開けてるわ。最近、鍵が開いていることを確認したのは、私と渡辺くんと川瀬さんね」


 続いて美琴が事情を説明する。


「俺は時間内に仕事を終わらせてるんで、朝早く来る必要も遅く帰る必要もないし、鍵の開け閉めはほとんどしてないですよ」


「おい、それは俺たちの仕事が遅いって言いたいのか?」


 湊斗の発言に対して渡辺が言い返す。


「はあ……そんなこと言ってないじゃないですか。いちいち突っかからないでくださいよ」


「お前が嫌味な言い方するからだろ!」


「はいはい! 喧嘩しないの!」


 言い争いになりそうな二人を美琴が止める。それを書記の川瀬はおろおろと心配そうに見つめ、庶務の山口は「またか」といった呆れ顔で見ていた。

 渡辺は美琴の言葉に口を閉じたが、横目でギロリと湊斗を睨む。湊斗に対して思うところがあるようだ。


「ふむふむ。じゃあ『会長が鍵を閉め忘れてる』って噂はデマなんだね」


 蒼太が頷きながら言った。


「そうです。くだらないことに巻き込まれて迷惑ですよ」


 湊斗がため息をつきながら言った。

 事件についてはあまり関心がないようで、面倒そうにしている。


「噂を流してるかもしれない有栖川さんとは面識ある?」


 同じ一年の美月が湊斗に尋ねる。


「ないね。クラスも違うし、あっちが勝手に恨んでるみたいだけど」


「私、有栖川さんと同じクラスだけど、クラスの子が彼女が噂を流してるのを聞いたって! しかも、何人もそう言ってる子がいたの」


 そう話す庶務の山口は、話したくてたまらないような少々興奮気味の様子だった。


「有栖川さんが噂を流してるのは事実のようですね……」


 美月が確認するように、蒼太の方を向いて言った。


「きっと彼女が犯人ですよ! 自分で鍵を開けて、会長のせいにした噂を流してるんです」


「そう思う理由があるのかい?」


 蒼太が尋ねる。


「私、中学も彼女と一緒で同じテニス部だったんですけど、昔から自分勝手で人をすぐ見下すような言い方する子だったんです。いつも周りを振り回して、迷惑してる子がたくさんいました」


 山口は有栖川と過去に何かあったのかもしれない。言葉に棘が感じられる。


「川瀬先輩も同じテニス部だったので知ってますよね?」


「え、ええ。確かに周りとの衝突は多そうでした」


 書記の川瀬が控えめに答える。大人しそうな印象の女子生徒だ。


「テニス部の部長だった佐倉先輩にその時から憧れてるみたいですけど、佐倉先輩もいい迷惑ですよね」


「私も有栖川さんが噂を流してるって話を後輩から聞いたのよ。でも彼女が鍵を開けてる証拠もないし、どうやって開けてるのかもわからない。それであなたたちに相談させてもらったの」


 美琴が続けた。


「実は有栖川さんにも直接聞いてみたの。あなたが開けてるの?って」


「それで有栖川さんはなんて?」


「『そんなこと知りません』の一点張りだったわ」


 美月の問いに美琴は苦笑いする。


「証拠がない自信があるからこそ、堂々と噂を流して白を切ってるのかもしれないね」


 蒼太が考えるように、そう呟いた。




 蒼太と美月は部室へと戻り、聞いた内容をまとめていた。


「今回の件、有栖川さんが関与してることは確かみたいですけど、誰が協力してるんでしょうか……」


 美月がホワイトボードに生徒会メンバーの相関図を書く。


「聞いた話から色々な可能性が出てきたね〜」


「そうですね……まず会計の渡辺先輩は氷山くんのことをよく思ってないようでしたし、有栖川さんに協力する理由にもなりますね」


 キュッと渡辺と有栖川の間に線を引く。氷山の評判を落とすために有栖川に協力し、生徒会室の鍵を開けることは彼にも可能だろう。


「それと、山口さんは有栖川さんのことをよく思ってないようでしたね」


「そうだね〜。有栖川さんを犯人にするために山口さんがやった可能性もある。それで『有栖川さんが噂を流してる』って噂を彼女が流したのかも」


「ややこしいですね」と美月が苦笑いする。


 先ほどの話から生徒会メンバーが今回の件に関与している可能性はさらに高まった。


「生徒会メンバーの関係性を調べた方が良さそうだね」


「そうですね。明日から聞き込み調査してみます」


 二人は翌日から生徒会メンバーそれぞれの情報収集を行い、その後得た情報を共有し合った。


「部長、聞き取り調査で気になる情報がありました」


「さすが美月ちゃんだね。それでどんな内容だったの?」


「実は……」


 美月が、聞き取り調査で得た情報を蒼太に話す。


「なるほどね。美月ちゃんのおかげで今回の事件の謎が解けそうだ」


「昨日の調査で聞いた『有栖川さんと口論しているのを見かけた』とされるがやはり犯人でしょうか?でも、まだ決定的な証拠はないですよね…」


「そうだね。でも今回使われたトリック、覚えてる?」


「あ!ワイヤーの痕ですね!」


 美月がひらめいたように言った。


「ご名答。犯人の動機もわかったし、明日また生徒会メンバーに集まってもらって証拠を見つけよう」


 蒼太がにこりと笑った。いつもと変わらない余裕のある蒼太の笑顔を美月は心強く感じた。


「いよいよですね……! 今日は暗くなってきましたし、明日に備えてもう帰りませんか?」


 美月が時計を見ながら提案する。既に夕方の時間になっていた。


「そうだね。僕はちょっと用事があるから、美月ちゃん先に帰ってて」


「わかりました。それでは失礼します」


 蒼太に軽く頭を下げて、部室を後にした。


 美月は、事件解決への期待に胸を躍らせていた。

 ようやく真相に辿り着けそうだという達成感が心を満たす。


 しかし、ふと頭の中である考えがよぎった。

今まで気にも留めていなかった、あるに気付いてしまった。


 美月の足が止まる。先ほどまでの高揚感が急に不安へと変わっていく。


「部長を信じよう……」


 胸の奥で芽生えた不安は消えることはなかったが、蒼太なら解決してくれるはずだと強く思った。


 明日、その答えが明らかになることを、美月は半ば恐れながらも待ち望んでいた。

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