第7話「生徒会室の鍵が、毎朝開けられています」後編

 翌日、蒼太たちは生徒会メンバーを再度集めた。


「はぁ……またですか?暇じゃないって言いましたよね?」


 湊斗が盛大にため息をつく。今回の事件の被害者はずだが、相変わらず事件には関心がないようだ。


「いやぁ、何度も集まってもらって悪いね~」


「会長! 私が依頼したんだから文句は私に言ってよね。探偵部さんごめんね」


 申し訳なさそうに美琴がフォローする。

 蒼太も美月も湊斗の態度は気にしていなかった。

 それよりも、探偵として事件の真相に辿り着くことを待ち望んでいた。


「有栖川さんも突然呼び出しちゃったけど、来てくれてありがとう」


 蒼太が微笑む。今回は生徒会メンバーに加えて容疑者である『有栖川瑠璃』も呼び出していた。


「私を疑ってるんでしょ? それなら私が犯人だっていう証拠をちゃんと見せてください」


 キッと鋭い目付きを蒼太たちに向ける。湊斗に負けない気の強い性格のようだ。

 今年の一年生は強者揃いだなぁと蒼太は内心笑った。


「君は今回の事件の『協力者』だよね?」


 その言葉に有栖川は目を見開いた。

 強気の態度が一瞬揺らいだようだったが、また鋭い目付きで返した。


「……それは、どういう意味ですか?」


「今回の実行犯は生徒会メンバーの中にいるんだ」


 蒼太の発言で部屋がシーンと静まり返る。


「なんだって……!?」


 渡辺は目を丸くした。


 他のメンバーも動揺しているのか、表情がこわばった。

 しかし、湊斗だけは変わらず無愛想な表情のまま。

 まるで生徒会メンバーに犯人がいることがわかっていたかのようだった。


「生徒会室の鍵を開けるには、生徒会室に気軽に入れる人じゃないと不可能なんだ。隣にある備品室の鍵を見てくれるかな?」


 皆で備品室へと移動し、ワイヤーの跡があることを確認した。


「確かに鍵に跡が残ってるな……」


「備品室のこのドアはほとんど使われていないそうだね。だから犯人は目立たないこのドアに仕掛けをしたんだ」


 蒼太が実際に鍵のつまみにワイヤーをかけて、鍵を開けるトリックを披露してみせた。


「いくら使われていないドアだからってワイヤーが目立つと気付かれてしまう。だからかなり細いタイプのものが使用されているんだ。それを力強く引くと…」


「部長!」


 心配そうに美月が呼び掛ける。


「加減してるから大丈夫だよ、美月ちゃん。細いワイヤーだからかなり力を入れて引く必要がある。だから、ほら」


 蒼太が手のひらに付いたワイヤーの痕を見せた。


「手のひらには『痕』が残ってしまうんだ。最悪、怪我をしてる場合もあるね」


 蒼太のその言葉で皆が理解した。


「犯人には、手のひらに痕があるってことか」


 渡辺がそうつぶやくと、皆が緊張した面持ちになった。


「そういうことだ。みんなの手のひらを確認させてくれないかな?」


 もしここで蒼太の申し出を拒否すれば、それは犯人であることを自白しているようなものだ。

 生徒会メンバーは、それぞれゆっくりと両手の手のひらを差し出した。


 部屋が再び静寂に包まれる。


「えっ……」


 美琴が思わず声を漏らした。


「ぶ、部長……」


「……ありゃ」


 皆が戸惑っていた。

 誰の手ひらにも、ワイヤーの痕なんてなかったのだ。


 そして、一番動揺していたのは美月だった。

 蒼太の推理が外れることなんて、全く考えていなかった。


「はぁ……そりゃあそうでしょう」


 湊斗が大きくため息をついた。


「そんな証拠を犯人が残すと思います? 手袋かタオルを持ってやれば痕なんて残さずできるでしょう。それに、前回俺たちを集めたことで犯人も慎重になってるだろうし、余計に証拠を残すようなことをするとは思えない」


「はは、さすが会長。全くその通りだね。」


 あははといつもと変わらぬ様子で蒼太は笑う。


 美月はそんな蒼太の様子が理解できずにいた。

 昨日感じた不安は、湊斗が言った通りのことだった。


 そのことをが気付かなかった……?


 美月は混乱していた。それが表情に出ていたのだろう。

 気が付くと、蒼太がいつもの余裕のある優しい顔でこちらを見ていた。


「いや~これは失礼。僕の推理は外れてしまったようだ」


「なんなんですかこの茶番は。もう付き合ってられないです」


 湊斗が呆れてその場を立ち去ろうとした。


「ところで」


 それを制止するように蒼太が言った。


「その指に付いているシミはどうしたのかな?川瀬さん」


 蒼太の言葉に全員が川瀬へと視線を向けた。


「こ、これは……!」


 川瀬は言葉を震わせながら答えた。


「あの、自分でも気づかないうちに付いてて……事務作業をしていたので、その時にきっと、汚してしまったんです」


「そっか。まぁ、作業をしていればそういうこともあるよね~」


「は、はい。よくあるんです……」


 思わず視線を逸らす。ぎゅっと胸の前で握られた手がかすかに震えていた。


「実は、さっきワイヤーの痕については会長の言う通りでね。犯人は痕なんて残さないだろうと思ったんだ。」


 蒼太が続ける。


「だから罠を仕掛けておいたんだ。備品室のドアノブに赤いインクをね」


 美月がハッとした。昨日の帰りに言っていた蒼太の「用事」とは、この仕掛けのことだった。


「気付かれないように死角になるドアノブの下の部分に塗っておいたんだ。そして開ける必要もない備品室のドアノブをわざわざ触る必要があるのは、このトリックを仕掛けるため以外にあるかな?」


 蒼太の言葉で、川瀬の顔がどんどん青ざめていく……

 言葉を探すように、口を震わせている。


「川瀬さん……本当なの?」


 美琴が、眉を寄せてそっと尋ねる。


「ご、ごめんなさい……」


 肩を震わせながら、川瀬は深々と頭を下げた。


「どうして君が……」


「川瀬先輩……」


 渡辺と山口の声は、わずかに震えていた。


「理由を聞かせてもらえるかな?」


 蒼太が優しく問いかける。


「私……会長が怖くて」


 湊斗は、川瀬の話を眉一つ動かさずに聞いていた。


「先輩なのに情けない話なんですが、会長の威圧的な態度が苦手で…でも生徒会の仕事は好きだから辞めたくなかったんです」


 川瀬は、絞り出すような声で話を続ける。


「それで次の選挙で会長が不利になるように、評判を落とすような噂を有栖川さんに流してもらいました」


 ごめんなさい。そう再び謝罪の言葉を告げて、頭を下げた。


「川瀬さん、私が気付いてあげられてればこんなことには……ごめんね」


 美琴は優しく川瀬の肩を抱いた。


「俺へのフォローはないんですか? 面と向かって悪口を言われてるんですけど」


「お前の日頃の行いが悪いせいだろ」


 さほど気にしてない様子の湊斗に、渡辺がため息をついた。

 湊斗なりの気遣いなのか、だたの本音なのかはわからない。


 コンコン、

 その時、ドアをノックする音が響いた。


「失礼します……」


 入ってきた人物を見て川瀬は目を見開いた。


「詩乃ちゃん……!」


 入ってきたのは佐倉詩乃だった。


「佐倉先輩!!」


 黙って様子を見ていた有栖川も思わず声をあげる。

 他のメンバーも、思わぬ来客に呆然とした。


「川瀬先輩、佐倉先輩とは幼馴染なんですよね?」


 それは、美月が聞き取り調査で得た情報だった。

 有栖川が慕う人物であり、川瀬の幼馴染。

 事件の容疑者である2人と関係性の高い佐倉を、蒼太たちは呼び出していたのだ。


「そうだけど、それは今関係ないでしょ!」


 それまでの大人しい態度とは一変し、川瀬は声を張り上げた。

 蒼太は、なだめるように優しく問いかける。


「川瀬さん。本当は、佐倉さんを次の選挙で勝たせるためにやったんじゃないのかな」


「違う! 私の個人的な理由です! 詩乃ちゃんは関係ない!」


「澪ちゃん……あなたが自分の都合でこんなことしないってことは、私が一番わかってるわ」


 佐倉は川瀬の肩に優しく手を置いた。


「詩乃ちゃん……ごめんなさい……」


 今にも涙がこぼれそうな顔で、川瀬は俯いた。


「佐倉先輩は来年で3年生だから、次の選挙が最後のチャンスなんです! 氷山はもう会長にやれたんだし、まだチャンスはあるでしょ!」


「勝手なこと言うなよ」


 有栖川の発言に氷山が溜息をつく。


「有栖川さんも、協力したことは認めるのかな?」


「……はい、川瀬先輩に頼まれて噂を流したのは私です……だって、佐倉先輩が生徒会長になった方が学校のためにも絶対良い!!」


 気の強い性格ゆえに、周りと衝突しやすく、輪に馴染むのが苦手な有栖川に、唯一分け隔てなく接していたのが佐倉だった。

 有栖川は、彼女に心からの信頼と憧れを抱いていた。


「瑠璃ちゃん……こんなことをして、私が嬉しいと思う?」


 佐倉は眉をぎゅっと寄せ、小さな子に言い聞かせるように告げる。


「っ……ごめんなさい……」


 有栖川は、飼い主に叱られた子犬のようにしょんぼりとした。


「実は、川瀬先輩と有栖川さんが口論してるのを見たって人がいたんです。川瀬先輩が「やりすぎよ」って珍しく怒っている様子だったって……」


 美月が聞き取り調査で得た情報を話した。

 この情報から、蒼太と美月は今回の犯人が川瀬であり、それに協力したのが有栖川だと推理していた。


「私が有栖川さんに噂を流してもらうように頼んだんです。本当は誰が流したかバレないようにしてほしかったんですが、露骨に流しちゃうから……」


「私が犯人だってバレたら佐倉先輩に迷惑がかかるって怒られたんです。それは反省しました……」


 川瀬と有栖川が俯き気味で話す。


「二人とも、私のことを思ってくれてありがとう。でもこんな方法じゃダメよ。正しいでやり方で頑張りましょう」


 佐倉の言葉に、二人は反省したようにゆっくりと頷いた。


「そして……氷山君、本当にごめんなさい」


 佐倉が深く頭を下げる。


「詩乃ちゃんは何も悪くないんです!私が勝手にやったことです…会長、ごめんなさい……!」


 川瀬も続けて頭を深く下げた。


「……もういいですよ。今回の件は、俺の人望のなさが招いたことでもありますし」


 悪態をついても不思議ではなかったが、氷山の反応は意外にも大人の対応であった。


「自覚あったんだな」


 渡辺が面白そうににやりと笑う。


「俺は、渡辺先輩が犯人だと思ってましたよ」


 二人のやり取りで部屋の空気が和らいだ。


「それで、この件はどうしましょう?」


 美琴が、真剣な表情で話を切り出した。


「川瀬さんは生徒会の役職を辞めるべきなのかしら?」


「それは……」


 佐倉が困った表情を見せた時、氷山が口を開いた。


「辞める必要はないですよ」


「え?」


 全員が氷山に視線を向ける。


「このまま辞める方が無責任です。迷惑かけられたのは事実なんで、俺に気まずい思いをしたまま、最後まで責任を持って働いてください」


 氷山らしい皮肉な言い方ではあるが、彼なりの優しさなのかもしれないし、単にそれが一番合理的だと判断したからなのかもしれない。彼の真意はわからなかった。


「会長……はい、最後までしっかり頑張ります!」


 川瀬は力強く頷いて答えた。


「ただ、条件があります」


 氷山が生意気に笑う。


「次の生徒会長選挙、佐倉先輩も必ず挑戦してください」


「え?」


 佐倉が驚く。


「どうせ勝つのは俺なんで、正々堂々勝負して、また負けるところを見せてくださいよ」


 氷山がにやりと笑って言った。


「ふふ、分かったわ」


 佐倉が微笑む。


「正々堂々、今度こそ勝たせてもらいます」


「せいぜい頑張ってくださいね」


 氷山が満足そうに頷いた。




 事件が解決した数日後、探偵部の部室に美琴がお礼を言いに来た。


「本当にありがとう。おかげで、前より生徒会の雰囲気が良くなったわ」


「それは良かった〜。生徒会の結束が深まったみたいで」


 蒼太が満足そうに言う。


「それにしても、氷山君って意外と大人ですね」


 美月が感想を述べる。


「えぇ。確かに生意気だけど、根は悪くない子だよ」


 美琴がにっこりと笑った。


「佐倉さんと川瀬さんと有栖川さん、あの後も変わらず仲良くしてるみたい」


「やり方は間違ってたけど、二人とも佐倉さんのことを思ってのことだったからね。仲たがいすることなく解決できて良かったよ」


 蒼太の言葉に、美月も頷く。


「佐倉さんと氷山君の次の選挙戦、楽しみね」


「ああ、正々堂々の勝負になるだろうからね」


 美琴が立ち上がる。


「それじゃあ、お礼を言いに来ただけだから、これで失礼するわ」


「お疲れ様でした」




 美琴が帰った後、部室に静寂が戻った。


「今回の事件も無事に解決できて良かったですね」


 美月がしみじみと言うとそうだねえと蒼太が頷いた。


「ところで、部長。どうしてワイヤーの痕が無いと思ってたこと言ってくれなかったんですか?」


「美月ちゃんなら気付くと思ってね。」


 蒼太がにこりと笑う。


「私のこと試したんですか?」


「信じてたんだよ。それに」


 蒼太はよいしょと立ち上がって窓の外を見た。


「僕ももうすぐ卒業だしね。次期部長の美月ちゃんにそろそろ任せる頃かな」


 3年生の蒼太はあと数か月で卒業してしまう。部員2人の探偵部で、次の部長が美月になるのは必然的なことだ。


「……私やっていけるでしょうか。正直自信がないんです」


 事件はいつも蒼太が解決してくれた。自分はサポートしてきただけで、一人で真相にたどり着けたことは一度もなかったのだ。


「どうしてだい?今回だって美月ちゃんの聞き取り調査の情報のおかげで、川瀬さんが犯人だってわかったんだよ。もっと自分を信じて」


 私がいなくてもきっと部長は解決できていたはず。

 なのに、この人はいつも私を信頼する言葉を必ずくれるのだ。


「私、部長が安心して探偵部を任せられるように頑張ります!」


「僕はすでに安心してるよ。楽しみだね、美月ちゃんが部長の探偵部」


 蒼太が優しく笑って言った。


 季節は十月。三月には卒業してしまう蒼太と二人きりの探偵部も、残り少なくなっていることに寂しさを覚えつつも、蒼太の期待に応えられるような探偵になろうと美月は決意を新たにした。



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