第50話 セッションは怖い①

 大学に入って初めての長めのお休み、ゴールデンウイークが始まる。とはいえ飛び石連休なので、世の中が騒ぐような大型連休とは行かない。休みの間の平日は普通に授業がある。それでも土日と合わせて四連休がある。


 大河たいがは、入学早々、他の大学のジャズ研究会とやらに入り、その研究会自体の活動は週に3日程度らしいが、その他にジャムセッションとやらにも行くようで、連休は実家には帰らず東京にいると言っていた。


「じゃあ、遊びにおいでよ!狭くても良ければ僕のアパートに泊まれば。」

 夏子と一緒に大河に電話をしたら、そんな話になった。


「じゃあ、そこはバイト休むよ。丁度、上野の美術館で観たいものもあったし。」

 夏子はいく気満々だ。私は、銀ちゃんと会えないのが寂しいけど、う~ん、東京には行きたいし、大河にも会いたい。


「私も大丈夫。予定ないから。」

 そう答えた。





 夏子も私も大河はピアニストになりたいのだと勝手に思っていた。しかし、音大の学科は編曲や作曲などを学ぶ学科だそうで、将来はドラマや映画の音楽とかを作りたい、それが無理でも、何か音楽にかかわる仕事がしたいと目を輝かせて話していた。


 夏子は、バイト代を貯めて夏休みには海外の美術館に行く予定を立てている。今、ニューヨークで美術館巡りをするか、パリ、ロンドンでルーブルと大英博物館に行くかで迷っているらしい。将来は美術館で働きたいと言っている。


 私は、歴史を学んで、博物館で働きたい訳でもないし、教師になりたい訳でもない。私が成りたいのは、銀ちゃんの彼女、早くお茶飲み友達を卒業して、一日でも早く彼女になりたい。


 大河だって、気になる先輩がいるからってそのジャズ研とやらに入ったとか言っていた。夏子だって、まだ大河のことが好きなんだと思うし、バイト先の先輩に遊びに行こうと誘われたとか言ってもいた。二人は自分の将来の姿を見据えつつ、恋愛も並行して進めようとしている。


 だが、私は、そんな器用じゃない!学業をそれなりにこなしつつ、銀ちゃんとの仲に毎日悶々と悩み、一喜一憂する、それだけで精一杯だ。

 銀ちゃんが普通の人だったら、二人に私の悩みを相談出来るのに…それが出来ないのが本当に辛い。


 そして、相談できる相手がこの人しかいないと言うのも辛いけど、一人で考えていても進まない。銀ちゃんの彼女になるために私は何をすればいいのだろうか?





「え?どうすれば、銀ちゃんの彼女になれるかって?」


 ジョシュアさんは、こないだバッサリと髪を切ったばかりなのに、何故かまた伸びている。銀ちゃんが仕えている神様に銀ちゃんの状況報告をするため、定期的にエデンとか言う所に行っているみたいで、そこに行くと髪の毛が伸びるらしい…眉毛とか伸びないのに、なんで髪の毛だけ?と思いつつも、そんな無駄話、今はどうでも良い。


「はい、そろそろお茶飲み友だちを卒業して…彼女に…成りたいなって…」


「まあ、彼も、あかりのことは好きだと思うよ。」


「え!銀ちゃんそんなこと言ってたんですか!私のどこが好きとか、どんなふうに好きとか、何か言ってませんでしたか!」

 食い気味に尋ねた。


「いや、具体的には聞いてないけど、明と一緒にいると楽しそうだし…それに、銀ちゃん他に友達いないし。」


「え? 他に友達いない…」

 そうだ、銀ちゃんが見えるのは、私の知る限りではジョシュアさんと私だけだった…もし、銀ちゃんが好みのタイプの女性に会ったとしても、その人からは見えないのだ…


「それで、明は彼女になって、銀ちゃんと何をしたいの?」


 はあ、そんなこと聞いて来るか普通?顔が赤くなる。


「そんな恥ずかしい事、言えませんよ。」

 つい、声を荒げてしまった…


「いや…そんな深いことを聞いたつもりはなくて…例えば、一緒に何処に行きたいとか、何を食べたいとかあるでしょう。神社以外では猫になるって言う縛り抜きで考えてみてよ。」


 そう言う事か…なんか私が勝手に先走ったみたいになってる…恥ずかしい。でも、神使しんしの姿の銀ちゃんと何処に行きたいかな~


「神社の近くのコンビニで一緒にスイーツ選んだり、銀ちゃんが選んだものを一口もらったり…ああ、公園を散歩して、バトミントンして、手作りのお弁当食べて、それから…」

 いや~自分で言っていて、嬉し恥ずかしくなる。


「え~、それから?」

 頬杖ついて、嬉しそうに聞いて来るなぁ、お前は私の女友達か?でも、何か話やすい気がする…


「あと、あれに憧れてたんです、通学の電車の中で、二人並んで一緒に同じ動画を見て楽しそうに話してるの。それとやっぱり、映画館、動物園に水族館、遊園地、それから、ドライブして途中で見つけた素敵なカフェでお茶をして、星空とかを眺めながら…やっぱり、手を繋ぎたい~」

 ああ、夢は広がる。


「ええ~、どれもいいじゃん。」


 って、夢だけ広がってもどうしようもないんですけど。


「でも、結局どれも無理じゃないですか!まあ、猫のギンちゃんとドライブには行きたいなって思ってます、まだ運転免許取れてないけど…」


「え~、それも楽しそう!来海くるみと一緒について行っても良い?Wデートだよ。で、どこにドライブに行く?」


 アホか…こいつ。なんで一緒に行くんだよ。

 でも、一人で運転するのも心配だし、他にもう一人運転できる人がいてくれた方が安心かなあ?


「銀ちゃんに地球の事を教えてあげるって約束したんです。だから、地層がきれいに見えて、化石が取れる場所があるんですけど、最初はそこに行ってみようと思ってます。」


「え…地層…化石?…そんなもの見て楽しい?」


「なにを言ってるんですか!地層の一層一層に特徴があって、どのくらい前にその場所がどんな状況だったかが分かるんですよ。地球のことを知るのに打って付けじゃないですか!」


「反対はしないけど…まあ、そこ見て帰りにどこか楽しい所に寄ればいいしね。」


「なんで4人でデートすることになってるんですか!そっちはそっちで勝手に二人で出掛けて下さい。」


「そんな寂しいこと言わないでよ~、でも、それはまた後で相談するとして」


 本気でこの計画立てるの?


「手は繋げるよね、神社でも。」


 まあ、確かに。


「それはそうですけど、どうやって繋げばいいんですか?」

 大河(たいが)だったら、自分で考えなよって、一刀両断されそうな質問をしてしまった。


「手を繋ぎたいって言えば良いんじゃないの?銀ちゃんならば断わらないと思うよ。」


「まあ、そうかもしれませんけど、こう、何て言うんですか、自然とそう言う流れで繋ぎたいじゃないですか。」


「気持ちはわかるけど、相手は銀ちゃんだよ。自然な流れを期待するのは難しいんじゃない?」


 そうなのだ、相手は銀ちゃんなのだ…普通の感覚を持ち合わせていないのだ…大河が言っていた様な、『意識し合っている同士が同じ部屋にいるんだよ、自然にそうなるよね。』…なんてことは、ほぼ、起こらないのだ。


「そんな~、キスだってしたいのに。手も繋げないなんて…」

 ああ、言ってしまった、奴の前でこんなことを大声で…恥ずかしい。


「キスしたいって言ったらしてくれるよ、きっと。」


 多分、そんな気がする…だって、銀ちゃんにとってキスって、ただの栄養補給のための手段に過ぎないんだと思う。ジョシュアさんからオーラとやらを貰う時に、何の抵抗もなくキスしてた、ものすんご~く長~いキスをしていた。その後、私にも口移しでそのオーラとやらをくれようとしていた…

 銀ちゃんにとってキスなんてその程度…してくれって言ったら、いくらでもしてくれるだろう。


「そんなの、全然、意味が重みが違うじゃないですか」

 ああ、何だか悲しくなってきた。キスは出来るかもしれないけど、私が求めているのはそう言うキスじゃない!


「でも、手を繋ぎたいとか、キスしたいってお願いして、それを聞き入れてくれるってことは、銀ちゃんが明のことを受け入れてくれてるってことなんだから、始めはそのくらいで許してあげたら?」


 受け入れてくれてる…そう言う考え方もあるのか?


「そう言うもんですかね。私は銀ちゃんのことをこんなに好きなのに、銀ちゃんはそんなに思ってくれてないかもしれないって思うと、何だか悲しくなるじゃないですか! そんな気持ちでキスしたくない。」


 何だか困った様な顔してる?こんな話聞かされても困るよね。でも、私は真剣なんだ、何か答えてくれ、46、7回の人生経験から私が納得できる答えを導き出しくれよ!!頼む!


「初めから、自分と同じ温度感を相手に求めると、自分が苦しくなるよ。どうしても足りない所にばかり目が行きやすいけど、相手がしてくれたことに感謝したり、喜びを感じる方が、自分も相手も楽に一緒にいられるんじゃないかな?僕が言えた話じゃないけど。」


「そんな達観した気持ちになんて成れませんよ!」

 泣きそうになる、ダメだ私、泣いたら後で笑いものにされる、冷やかしのネタにされる。耐えろ私。


「っていうか、何もする前から悲観する必要ないでしょう。取り敢えず、手を繋ぎたいならば繋いでみたら。それから考えても良いんじゃない?」


「そんなもんですかね…」


「そんなもんかもよ。」

 確かに手を繋いでみてから考えても遅くはない。でも、『手を繋ぎたいなんて』私、言えるだろうか…ちょっと怖くなった。






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