第33話:ありがとう。いってきます。




 やっと出会えた。わたしの翼。




 だけど、その両翼で飛び立つ前にわたしはやるべきことがある。

 茶褐色の肌の女性に抱えられ、屋根にたどり着いた私はすぐさま教会の中の方へと振り返った。




『君がリリィなのかい?』




 初めてあなたと出会った時のことを、名前を呼んでくれた時のことを思い出す。



 わたし、本当は気づいていた。あなたがお父さんの大切な家族ってこと。


 だって、わたしの名前を呼んだあの瞬間、あなたの表情は、声色は、あまりにもお父さんとそっくりだったから。


 でも、あの時のわたしは話すことなんてできなくて、自分の想いを伝えることができなかった。



『もし全てを変えるだけの力があったら君はどうする?』



 どんどんおかしくなっていくあなたは、わたしにそう問いかけた。


 ……わたし、そんな力をもってなくて、いい。

 それより、わたしはあなたと家族になりたかった。


 あなたはお父さんの弟であることを隠したかったみたいだけど、隠さないでほしかった。

 本当はちゃんと言葉を話せるようになった時に伝えるべきだったかもしれない。

 けど、わたしはあの時間も、壊してしまうのも怖かった。





 あなたはわたしを守ってくれた。


 あなたはわたしを助けてくれた。


 あなたはわたしに居場所を、生きる理由を与えてくれた。





 神様と神父。家族とはかけ離れたものだけど、わたしは嬉しかった。

 自由なんてなくても、ずっと鳥籠の中でも、十分だった。


 だから、言えなかった。

 言ってしまったら、あなたが本当に壊れてしまいそうで、この歪な、でも温かな時間さえも失ってしまいそうで、できなかった。



 でも、今、伝えないと、また後悔する。後悔はしたくない。





「スカー!」





 わたしはあなたの名前を叫んだ。


 お父さんが何度も口にしていた名前。


 あなたがずっと昔に捨てたと言っていた忘れられた名前。


 でも、あなたが忘れてしまったとしても、お父さんはずっと覚えてた。覚えてて、わたしに教えてくれた。





 大切な家族の名前だと。





 スカー、わたしを守ってくれた人。


 スカー、わたしを助けてくれた人。


 スカー、わたしに居場所を、生きる理由を与えてくれた人。


 ――スカー、わたしの大切な家族。




 そして、さようなら。

 あなたがわたしのためにつくってくれた鳥籠から、わたしは飛び立ちます。

 



 武器をもった人たちに抑えられていたあなたは一瞬わたしの方に目を向け、優しい笑みを浮かべた。

 その後は、手で視界を塞がれたから何が起きたのか分からない。だけど、涙が止まらなかった。








 ありがとう。いってきます。







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