第32話:私はずっと悪でいよう



 これで自分が死ねばリリィは完全に自身を取り戻すことができるだろう。



 ロサに名前を呼ばれ、自分を思い出し、去っていくリリィ。そんな彼女の行動に神父は心の底から喜んでいた。


 彼女自身の意思で彼女は神様であることをやめた。


 それだけで十分だった。

 自分が彼女にできることはもうわずかなことだけ。


 あとは翼たちが彼女を守ってくれる。

 本来あるべき形に戻るだけ。

 リリィの隣にいるべきは自分ではない。翼たちだ。



 心象操作。

 神父が天使から与えられたもう一つの奇跡の力。相手の無意識的に抱えている他者への心象を意のままに操れること。



 神父は視線を混乱の渦中へと向ける。

 ここにいる盲目的な信徒たちを、反乱を起こした荒くれ者たちを全て、操ってしまおう。

 彼らの、彼女らの、怒りや戸惑い悲しみの根源は、原因は全て自分なのだと思い込ませるのだ。刻みつけるのだ。



「ああ、せっかく村や村の大人たちを燃やしたのに、わざわざ変わった見た目のガキを神に仕立て上げたのに、全部がパァですよ」



 事実が悪い形で伝わるように演じろ。



「本当に愚かですね。今まで、こんな茶番を信じていたなんて」



 どうか、お願いだ。私を憎んでくれ。



「あれはただの人形劇です」



 あの子に向ける怒りも、憎しみも、狂信も、全部、私に向けてくれ。



「神なんているわけないじゃないですか」



 自由に羽ばたくのに、鎖はいらない。あってはならない。



「私の人形劇に振り回される皆さんをみるのは滑稽でしたよ」



 神父は地下の大男たちに抑えつけられ地面に伏した。

 助けてくれる者は誰もいない。



「オマエ、自分を信じた仲間まで侮辱するのか!」



 男の怒声が神父に降りかかる。地下の荒くれ者たちを引き連れてきた中心人物なのだろう。彼の手に握られた大きな斧が震えている。怒りで興奮しているようだ。



 だが、その感情こそが、殺意が、今、神父が一番求めているものだった。



「仲間って……。私は仲間だとは思ったことありませんよ?」



 振りかざされる斧。飛び交う怒声。

 最期の言葉が醜いものでも構わない。





 これで、今度こそ助けられるのなら、私はずっと悪でいよう。





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